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09 クロス cross ②

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 五回目の横井くんの部屋。
 横井くんは何もしようとしない。口も開かない。ただ、ぼんやりと立ちつくしている。
 だから、私からそっと近づいて、抱きしめた。
 彼の右半身が湿っているのに気づく。ああ、横井くんは、そういう人だ。

 愛おしさが込み上げてきて、ふれるだけのキスをした。
 目を開けると、横井くんはすごく驚いたような顔をしている。
 もう一度唇を奪うと、そのままぎゅっと抱きしめられた。私の反応を探るように、そっと舌が差し入れられる。私も舌を絡めて応える。
 キスを終えると、横井くんは少し困ったように笑んだ。

 これまでは顔が好みだから思わずふらっときていた気がする。
 でも、今の私は、横井くんの内面を知っている。ほんの少しに過ぎないけど。
 横井くんのことをもっと知りたいし、私を知ってほしいし、横井くんの想いを受け取りたいし、私の想いも受け取ってほしい。
 キスをして、頬をなでて、髪にふれて、もっと深いところでつながりたい。
 そうするためには、服が邪魔だ。

「勇登……ゆう……!」

 五回目の「初めて」だ。どうしても、こうなってしまう。
 でも、今回はこれまでとは決定的に違う。私自身がこの展開を望んだ。

 横井くんはそっと私の頬をなで、慈愛を込めた瞳で見つめ、優しいキスをくれた。どうしようもなく胸が高鳴る。
 私の中に横井くんを受け入れていることが自然で、気づけば涙があふれていた。

「ごめん。痛いよね」
「ううん、そうじゃない。すごく、すごく嬉しくて」

 横井くんの背にそっと腕を回し、耳元で囁く。

「大好き」

 その言葉に横井くんは何も答えない。そのかわり、今度は激しくくちづけて動き始めた。
 まるで私の気持ちいいところを全部知っているみたい。横井くんが動くたびに、私の中の熱が高まり、快感が走る。
 身体は処女なのに、簡単に何度もイカされてしまう。

「あぁんっ……きもちい……そこ、きもちいいよう……! ゆう……ゆうも……きもちよくなって……」
「気持ちよすぎて……!」

 最奥を突かれて一緒に達した。圧倒的な幸福感。私は横井くんを好きで、横井くんの身体も心も求めている。
 ずっと一緒にいたい。そう思いながら眠りに就いた。



 朝起きると横井くんからぎゅうぎゅう抱きしめられていた。
 この横井くんは、本当に私のことを好きなんだなあ。好きだと、大事にすると、言葉にされなくても伝わってくる。

「苦しいよ」

 思わずそうつぶやいてしまうけど、頬が上がっているのが自分でもわかる。苦しいのが嬉しい。
 横井くんは目を覚ますと、安心したような表情を浮かべた。

「……おはよう」
「おはよう、横井くん……」
「勇登」
「ゆ、ゆう……」

 くちづけられ、もう一度抱かれた。言葉にされなくてもわかる。昨夜じゃ足りなかった、私がもっと欲しかったんだって。だって、私も同じ気持ちだったから。

 この行為は、単に快楽を貪るためではなく、相互理解を深めるためのものである気がする。彼のことをもっと知りたい。



「送っていかなくて、ほんとにいいの?」
「そんなに遠くないし、明るいし、大丈夫」

 玄関でくちづけを交わして、私は家に帰ることにした。昨日、身体は一気に近づいたけど、実はまだ私の心の中で彼は「横井くん」だ。「勇登くん」も「勇登」もなんだかしっくりこなくて。これからゆっくり付き合って、しっくりくる呼び名を探していけばいい。時間はたっぷりある。

 家に着き、バッグから鍵を取り出そうとして気づいた。ロッカーの鍵。図書館に荷物を忘れている。
 昨日は荷物が多くて、図書館のロッカーは狭いから、一つでは入れ切れず、二つ使ったのだ。横井くんが来た動揺で、もう一つの荷物のことが頭から吹っ飛んでいた。

 あわてて大学に戻り、図書館のロッカーから荷物を取り出し、もう一度帰ろうと踵を返した途端。ハウリングのような、キィンという音がした。

《リセットしますか?》

 今までこの声が聞こえてきたのは、私が横井くんのことをあきらめかけていた時だ。
 無意識に、リセットしなければもっとつらくなるのだと、思い込んでいた。
 私は今、幸せの絶頂にいる。
 それでもこの声が聞こえるというのは、どういうことなのだろう。
 リセットした方がいいという警告なのだろうか。
 それとも。

 不意に、猫の鳴き声が聞こえた気がした。

「ボンジュール……? ボンジュールなの?」

 呼びかけても姿は見えない。そもそも本当に声はしたのだろうか。
 黒猫は、生きているのか、死んでいるのか。確実なものは何もない。
 今、幸せだからって、これからもそうだとは限らない。

「有紗……っ!」

 すごく必死な、ほとんど叫んでいるような声。思わず振り向く。

「横井くん……」
「おね……お願いだから、もう、リセットしないでくれよぉ……」

 ぼろぼろと流れる大粒の涙にぎょっとする。
 そして、リセット。

「なんで、なんで知って」
「俺は……俺はこの世界を、続けたいんだよ……!」

 今まで、自分以外は全てリセットされているものだと思い込んでいた。
 でも、横井くんはパラレルじゃなくクロスしていて、連続してつながっていて。
 彼がこんなに感情を揺らしているところを初めて見た。

 私は彼の何を見てきたんだろう。信じられないことは目に入らない。

 私は今まですごく簡単にリセットしてきたけど、本当にどん底の状態だった?
 自分で状況をよくする努力をした?
 横井くんに求めるばかりで、自分ではなんにもしてこなかったのでは?

 もう一度横井くんの顔を見る。

 私は横井くんが望んでいることを聞こうとしていた? 横井くんの行動からきちんと汲み取ろうとしていた?
 彼は口下手で不器用だ。求めているものが言葉通りだったとは限らない。
 受け入れるのは得意だと思っていたけど、私は横井くんのことを受け入れていた?
 考えれば考えるほど、状況に流されていただけとしか思えない。

 私が横井くんをどう思っているのか。私が未来をどうしたいのか。
 今度こそ流されるんじゃなくて、自分の意思で選ぶべきだ。

《リセットしますか?》

「いいえ。私はリセットしない」

 最近なんだか紗が掛かっているように見えていた世界。ここで一気に焦点が合って、鮮明になった気がした。
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