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08 クロス cross ①
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ソフトフォーカス。
リセットを繰り返すたびに、なんだか風景に紗が掛かっているような、焦点が曖昧でぼんやりしたものになっていくように感じている。気のせいなんだろうけど。
将来のことを考え直してみている。
本が好きだから図書館司書。安易にそう考えていたけれど、正規雇用の採用枠がとても少ない。本気で目指すならば、教員資格も一緒に取って学校図書館に関わるパターンや、公務員試験の行政職で採用された後に図書館への配置転換を狙うという手もあると知った。
本に携わるのは司書だけじゃない。書店員、出版社勤務、編集者、ライター、作家、等々。
あるいは、何の職業であれ本は読めるのだから、趣味として楽しんであえて職業にはしない、という選択肢もある。
どうするのか、まだ決めきれていない。図書館司書と決めていた時より後退しているようだけど、なんとなくで資格取得しようとしていたこれまでよりも、目線はシビアになっている。
これしかないというのは思い込みで、実はいろんな可能性が秘められていたことに気づく。可能性は何かを選んだ後に消えていくのだ。
私は今、自分が図書館司書に本気でなりたいのかを確認するために、図書館でバイトをしている。簡単な作業ができる学生を募集していたから。簡単なことでも実務を経験したら、向いているかどうかも、少しは見えてくる気がするし。
今日もバイトの日。図書館へ向かっていると、声を掛けられた。
「有紗ちゃん!」
「彩ちゃん!」
「今日、暇? 語学の授業で一緒の子達とごはん食べに行くんだけど、どうかなと思って」
「ごめん、図書館のバイトがあるんだ」
「そっか、残念。また別の日に誘うね!」
「うん! 私からも誘うから!」
「うん! 楽しみにしてる!」
彩ちゃんはとても嬉しそうな笑顔で応じてくれる。
彼女は忙しいし、素敵な人だから、こちらが合わせないといけないと思っていた。誘うなんておこがましい、どこかにそんな気持ちもあった。
でも、対等に接している今の方が、素敵な笑顔をたくさん見せてもらえている気がするし、たくさん話せている。
四回目までは、見えなかったこと。
彩ちゃんと笑顔で別れた後、再び図書館へ向かう。カウンターで受け付けの女性に声を掛けると、今日の作業は地下書庫で行うと言われた。台帳に氏名と入室時刻を記入し、利用者用ロッカーに荷物を入れ、地下書庫へと向かう。
「ラベル貼り、ですか」
「そう。新規登録された書籍のバーコードラベルを貼ってもらいたいの。結構な量があるから、人の出入りが少ない地下書庫で作業してもらおうと思って」
「わかりました」
「もうすぐ、もう一人のバイトの子も来るから」
「もう一人?」
「単純作業とはいえ、山内さん一人だとちょっと大変かなと思って。よく図書館に来る子をもう一人スカウトしといたの」
その時、キイとドアが開く音がした。振り向いて、思わず、あ、と声を上げてしまう。
「あら、知り合い? それならちょうどよかった」
現れたのは、横井くんだった。
不意打ちだったから、何を言えばいいのかわからない。どうしていいかわからない、とも思ったけど、バイトで来たんだから任された作業をすべきだ。
私は無言でひたすらラベルを貼り続けた。横井くんも。まあ、横井くんは口数の多い人ではないから、通常運転か。
その日の内に作業は終わり、図書館の人には感謝されたけれど、午後九時の閉館時間ぎりぎりになってしまった。
しまった。今日はほどほどのところで終わらせて、別日に続けた方がよかったのでは。今日で作業を終わらせちゃったから、もう、横井くんと接触する機会はない。
図書館の出入口を通り抜け、軒下から外に出る。ぽつりと音がして頬が濡れる。
「雨……」
これは恵みの雨かもしれない。しばらく軒下で雨宿りしようって言える。
「あの」
「よかったら、入って」
声が重なる。横井くんの方を見ると、紺色の折りたたみ傘を広げていた。
一緒に夜道を歩くのは五度目。今回は横井くんが傘を差してくれているのもあって、手を握ってはいない。足元が悪い分、今までで一番ゆっくり歩いている。ぱしゃっぱしゃっという水音が、なんだか心地よい。
最初はさああと降っていた雨も、歩いていくうちにぽつぽつとなり、やがて音がしなくなった。傘の外に右手を出し、横井くんはぼそりと言う。
「止んだ」
横井くんはおもむろに立ち止まり、傘を下ろした。傘を数回開閉し、水気を切り、畳む。
私はその間、空を見ていた。雲が切れ、やわらかい金色をした月が姿を見せる。上弦の月ほどはっきりしていない、少しだけ曲線を帯びた、これから満ちていく月。
「山内さん」
「な、何……?」
「一緒にいてほしい」
横井くんの目があまりにも真剣で。月の光に照らされた横井くんが、なんだか消えてしまいそうで。
私は、拒みたくない。
リセットを繰り返すたびに、なんだか風景に紗が掛かっているような、焦点が曖昧でぼんやりしたものになっていくように感じている。気のせいなんだろうけど。
将来のことを考え直してみている。
本が好きだから図書館司書。安易にそう考えていたけれど、正規雇用の採用枠がとても少ない。本気で目指すならば、教員資格も一緒に取って学校図書館に関わるパターンや、公務員試験の行政職で採用された後に図書館への配置転換を狙うという手もあると知った。
本に携わるのは司書だけじゃない。書店員、出版社勤務、編集者、ライター、作家、等々。
あるいは、何の職業であれ本は読めるのだから、趣味として楽しんであえて職業にはしない、という選択肢もある。
どうするのか、まだ決めきれていない。図書館司書と決めていた時より後退しているようだけど、なんとなくで資格取得しようとしていたこれまでよりも、目線はシビアになっている。
これしかないというのは思い込みで、実はいろんな可能性が秘められていたことに気づく。可能性は何かを選んだ後に消えていくのだ。
私は今、自分が図書館司書に本気でなりたいのかを確認するために、図書館でバイトをしている。簡単な作業ができる学生を募集していたから。簡単なことでも実務を経験したら、向いているかどうかも、少しは見えてくる気がするし。
今日もバイトの日。図書館へ向かっていると、声を掛けられた。
「有紗ちゃん!」
「彩ちゃん!」
「今日、暇? 語学の授業で一緒の子達とごはん食べに行くんだけど、どうかなと思って」
「ごめん、図書館のバイトがあるんだ」
「そっか、残念。また別の日に誘うね!」
「うん! 私からも誘うから!」
「うん! 楽しみにしてる!」
彩ちゃんはとても嬉しそうな笑顔で応じてくれる。
彼女は忙しいし、素敵な人だから、こちらが合わせないといけないと思っていた。誘うなんておこがましい、どこかにそんな気持ちもあった。
でも、対等に接している今の方が、素敵な笑顔をたくさん見せてもらえている気がするし、たくさん話せている。
四回目までは、見えなかったこと。
彩ちゃんと笑顔で別れた後、再び図書館へ向かう。カウンターで受け付けの女性に声を掛けると、今日の作業は地下書庫で行うと言われた。台帳に氏名と入室時刻を記入し、利用者用ロッカーに荷物を入れ、地下書庫へと向かう。
「ラベル貼り、ですか」
「そう。新規登録された書籍のバーコードラベルを貼ってもらいたいの。結構な量があるから、人の出入りが少ない地下書庫で作業してもらおうと思って」
「わかりました」
「もうすぐ、もう一人のバイトの子も来るから」
「もう一人?」
「単純作業とはいえ、山内さん一人だとちょっと大変かなと思って。よく図書館に来る子をもう一人スカウトしといたの」
その時、キイとドアが開く音がした。振り向いて、思わず、あ、と声を上げてしまう。
「あら、知り合い? それならちょうどよかった」
現れたのは、横井くんだった。
不意打ちだったから、何を言えばいいのかわからない。どうしていいかわからない、とも思ったけど、バイトで来たんだから任された作業をすべきだ。
私は無言でひたすらラベルを貼り続けた。横井くんも。まあ、横井くんは口数の多い人ではないから、通常運転か。
その日の内に作業は終わり、図書館の人には感謝されたけれど、午後九時の閉館時間ぎりぎりになってしまった。
しまった。今日はほどほどのところで終わらせて、別日に続けた方がよかったのでは。今日で作業を終わらせちゃったから、もう、横井くんと接触する機会はない。
図書館の出入口を通り抜け、軒下から外に出る。ぽつりと音がして頬が濡れる。
「雨……」
これは恵みの雨かもしれない。しばらく軒下で雨宿りしようって言える。
「あの」
「よかったら、入って」
声が重なる。横井くんの方を見ると、紺色の折りたたみ傘を広げていた。
一緒に夜道を歩くのは五度目。今回は横井くんが傘を差してくれているのもあって、手を握ってはいない。足元が悪い分、今までで一番ゆっくり歩いている。ぱしゃっぱしゃっという水音が、なんだか心地よい。
最初はさああと降っていた雨も、歩いていくうちにぽつぽつとなり、やがて音がしなくなった。傘の外に右手を出し、横井くんはぼそりと言う。
「止んだ」
横井くんはおもむろに立ち止まり、傘を下ろした。傘を数回開閉し、水気を切り、畳む。
私はその間、空を見ていた。雲が切れ、やわらかい金色をした月が姿を見せる。上弦の月ほどはっきりしていない、少しだけ曲線を帯びた、これから満ちていく月。
「山内さん」
「な、何……?」
「一緒にいてほしい」
横井くんの目があまりにも真剣で。月の光に照らされた横井くんが、なんだか消えてしまいそうで。
私は、拒みたくない。
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