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最終章 ジャックにはジルがいる

313 四角な世界の一角を磨く ③

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「若葉、行きなさい。せっかくのチャンスなんだから」
「行くって、どこへ」
「イギリス」

 僕の言葉に、若葉ちゃんはかなり長い間黙っていた。僕から目をそらし、小さく口を開いて、つぶやくように言う。

「……明確な理由もないのに留学なんて……できないよ。修士号を取っても、なんにもならないかもしれないし、お金ばかりかけさせて、両親にも申し訳ない……」
「ご両親に相談した?」
「……ううん。相談してない」
「反対されると思う?」
「……ううん。むしろ応援してくれると思う……」
「才能と環境とタイミングが揃うことはめったにないんだよ。今の若葉ちゃんには、全部揃ってる」

 若葉ちゃんの顔が少しずつ傾き、すっかり下を向いてしまう。

「若葉ちゃんは、僕のためにチャンスを捨てようとしてる。僕に縛られて、本当は捨てなくてもいいチャンスを」
「そんなこと……ないよ」

 若葉ちゃんがそっと顔を上げたので、目が合った。若葉ちゃんの瞳を見つめたまま、僕は静かに首を横に振る。

「若葉ちゃんは、自分で思っているよりも、人のことを考えて動いているよ。僕のことは特に。僕は若葉ちゃんに依存している。若葉ちゃんは優しいから、僕のために自分を犠牲にしてしまう」
「犠牲なんかじゃ……」
「僕は、僕が一番後悔しない選択肢を取りたいんだ」

 しばらく静寂が場を支配する。若葉ちゃんは諦めたように、ゆっくり口を開いた。

「……だって……駄目だったんだもの……」

 若葉ちゃんの言葉の意味がよくわからない。

「何が、駄目だったの?」
「私は離れるのが怖い……。片岡くんから『少し距離を置こう』って言われて、最後の方は会わなかったの。会えない間、自分の駄目なところと、どうしたら少しでもよくなるかをたくさん考えて、次に会う時は『もっとがんばるから、もう少し見守っていてほしい』って伝えようと思ってた。でも、私がその言葉を伝える前に、『お互いのために、やっぱり別々の道を歩いた方がいい』って言われて……」

 若葉ちゃんの瞳から涙がこぼれる。
 片岡の話を若葉ちゃんが口にするのは、素面では初めてだ。

「好きだって言われて付き合ったのに、結局、半年も持たなかった……。距離ができると、心も離れちゃって、駄目なの……。新くんとも、上手くいっているのは近くにいるからで、離れて続けられる自信なんて……ない……」
「そんなこと」
「新くんには、片岡くんみたいに負担をかけたくなかったのに……一緒にいるために、普通の、きちんとした生活を……自力で送れるようになりたかったのに……全然駄目で……やっと内定した会社も……ほんとは自信ない……」
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