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第十章 扉が閉じて別の扉が開く
301 カルネアデスの板は一枚 ⑥
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片岡に連れ込まれたのは、大学近くのファストフード店だった。
片岡はダブルチーズバーガーセットを頼んだ。ピクルス抜きで。飲み物はバニラのシェイク。
僕は月見バーガーセットを頼んだ。限定メニューだったので。飲み物は烏龍茶。
片岡は意外と勝手だし強引だ。僕は好きでもない人間と一緒に食事をとりたくなんかない。でもこの牽引力が、教職の授業ではリーダーシップとして上手く働いていた。
気まずい。黙々と食べる。食べる。食べる。うっかり早々に全て食べ終えてしまった。沈黙に耐え切れなくなって、僕は口を開く。
「片岡は、どうして授業に?」
「ゼミ生が、交代で手伝いに入ってる」
確かに、片岡の言う通り、先週は違う学生がカードを配っていたな、と思い出す。
「どうして『The three cornered world』って」
「『草枕』の英題だろう」
「専門外なのに、よく知ってるね」
「先生が読んでいたんだ。『草枕』なのに不思議な英題だと思ったから、覚えていた」
「確かに『草枕』にはオフィーリアが出てくるけど……。どうしてわざわざ英訳で」
せっかく日本語で書かれているんだから、原文を読めばいいのに。英文学の先生だから、英語で読む方が楽、なんていう、特殊なパターンだろうか。
「英語が母国語じゃないから。あえて少し遠くから眺めることで見えてくるものもあるとおっしゃっていた。また、先生のお好きなピアニストの愛読書なんだそうだ」
「三浦先生もお好きなピアニストかな」
「たぶんそうだ。お互いクラシック好きで、人気のない分野を研究しているから、三浦先生とは仲がいいと笑っておられた。だから書籍整理のバイトを頼まれた」
なぜあの日片岡がバイトに来たのか、謎が解けた。今となっては、本当にどうでもいいことだけれど。
「片岡はシェイクスピアを研究しているのか?」
「ああ。祖母が読むといいと勧めてくれたから。温故知新」
「温故知新」
故きを温ねて新しきを知る。
「渋沢の名前は、温故知新から取ったのか?」
「いや、二〇〇一年一月一日生まれだから」
「そうか、新世紀。新しい世界だ。ああ、素晴らしい新世界」
「『テンペスト』のミランダ」
「……知っているのか?」
「以前、少し話題になったことがあって」
「そうか」
片岡はダブルチーズバーガーセットを頼んだ。ピクルス抜きで。飲み物はバニラのシェイク。
僕は月見バーガーセットを頼んだ。限定メニューだったので。飲み物は烏龍茶。
片岡は意外と勝手だし強引だ。僕は好きでもない人間と一緒に食事をとりたくなんかない。でもこの牽引力が、教職の授業ではリーダーシップとして上手く働いていた。
気まずい。黙々と食べる。食べる。食べる。うっかり早々に全て食べ終えてしまった。沈黙に耐え切れなくなって、僕は口を開く。
「片岡は、どうして授業に?」
「ゼミ生が、交代で手伝いに入ってる」
確かに、片岡の言う通り、先週は違う学生がカードを配っていたな、と思い出す。
「どうして『The three cornered world』って」
「『草枕』の英題だろう」
「専門外なのに、よく知ってるね」
「先生が読んでいたんだ。『草枕』なのに不思議な英題だと思ったから、覚えていた」
「確かに『草枕』にはオフィーリアが出てくるけど……。どうしてわざわざ英訳で」
せっかく日本語で書かれているんだから、原文を読めばいいのに。英文学の先生だから、英語で読む方が楽、なんていう、特殊なパターンだろうか。
「英語が母国語じゃないから。あえて少し遠くから眺めることで見えてくるものもあるとおっしゃっていた。また、先生のお好きなピアニストの愛読書なんだそうだ」
「三浦先生もお好きなピアニストかな」
「たぶんそうだ。お互いクラシック好きで、人気のない分野を研究しているから、三浦先生とは仲がいいと笑っておられた。だから書籍整理のバイトを頼まれた」
なぜあの日片岡がバイトに来たのか、謎が解けた。今となっては、本当にどうでもいいことだけれど。
「片岡はシェイクスピアを研究しているのか?」
「ああ。祖母が読むといいと勧めてくれたから。温故知新」
「温故知新」
故きを温ねて新しきを知る。
「渋沢の名前は、温故知新から取ったのか?」
「いや、二〇〇一年一月一日生まれだから」
「そうか、新世紀。新しい世界だ。ああ、素晴らしい新世界」
「『テンペスト』のミランダ」
「……知っているのか?」
「以前、少し話題になったことがあって」
「そうか」
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