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第九章 青天にいかずちが落ちる

230 ああ、素晴らしい新世界 ⑤

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 空くんの結果は二位だった。玲美ちゃんの表情が渋い。優勝じゃないと駄目なのかな。

「空のところに行っていい? 見に行くって返事したらぜひ会いたいって言われてて」
「もちろん! 姉弟水入らずがいい?」
「いや……。みんな一緒にいてくれた方が助かる」

 玲美ちゃんは空くんに電話を掛ける。空くんの方が来てくれるそうで、会場の外で待つことになった。

「姉さん!」

 空くんが嬉しそうに駆け寄ってくる。

「二位、おめでとう」
「ありがとう!」

 全員初対面なので、玲美ちゃんがごく簡単に私達を紹介してくれた。お兄ちゃんが「彼氏」と紹介されて、すっごく嬉しそうに小さくガッツポーズをしたのを私は見逃さなかった。
 その後、玲美ちゃんが黙っているので、少し気まずい空気が流れる。せっかくお会いできたんだし、私が話し掛けてもいいかもしれない。

「すごく素敵な演奏でした! 特に『テンペスト』がとてもよかったと思います!」
「本当ですか? とても苦戦したので嬉しいです! コンクール向きな曲でもないと思うし」

 空くんの顔がぱああと明るくなった。やっぱりまだ高校生の、あどけない笑顔。

「へえ……。空でも苦戦すること、あるんだ」

 玲美ちゃんが意外そうに言う。確かに、私もそんな苦悩の痕は感じなかったけど。

「そりゃ、たくさんあるよ! 僕が苦手なところ、姉さんは全部得意そうに見えて、うらやましかった」
「私が、全部得意……?」
「感情を抑えてきっちり弾く部分が活きてないと駄目な曲ってあると思うし。僕の中でリストの『タランテラ』はそういう曲だったから、リクエストされた時、震えた……」

 玲美ちゃんが不可解な表情を浮かべているのが少し気になるけれど、空くんから玲美ちゃんへの強い尊敬の念が感じられて、とても嬉しくなった。以前、空くんの話になった時に、玲美ちゃんの様子がなんだかおかしかった気がしたから。

「僕は抑えた表現が上手くないから、『テンペスト』はとても難しかったです。つい、ロマンティックな甘さを入れたくなってしまうけど、そうしたらこの曲はたぶん、死んでしまう」
「ドラマティックな情熱は感じたけど」
「そこは得意だし。今回僕は自分の苦手なところに挑戦する選曲をしました。勝ちに行くのではなく、経験を積む気で」
「勝てる時に勝ちに行かないでどうするの」

 玲美ちゃんが少し冷ややかな声で言うので、なんだか私がどきりとする。

「それは先生にも言われた。でも、長い人生だから、僕は失敗しても挑戦する経験の方が大切だと思ったんだ」

 きっぱりと答える空くんがまぶしい。そして、二位は立派な成績だと思う。
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