上 下
219 / 352
第八章 人の数だけ気持ちがある

218 さらばセンメルヴェイス ⑨

しおりを挟む
 家に着く。ドアを開けると、ちょうど弟が二階から降りてきたところだった。

「あ……おかえりなさい……」
「ただいま」
「夕飯、ちらし寿司だって」
「そう」

 得意ではないメニューだ。でも、祖母の料理の腕は確かだし、俺が苦手なものをなるべく避けられるように献立を考えてくれるので、比較的食べられる。
 そんなことを思っていると、弟が俺の様子をうかがっていることに気づいた。

「何か言いたいことでもあるのか」

 弟はびくりと体を震わせる。その姿がなんだか、別れる間際の若葉と重なって見えて。渋沢の「君と同じ過ちは犯さない」という言葉が脳裏をよぎった。

「怒ってるんじゃない。何かあるならきちんと言葉にしてもらわないと、他人にはわからない」

 弟はしばらく黙っていたが、覚悟を決めたように口を開いた。

「兄さん……結構、偏食だよね」

 自分でも恥ずかしいと思っていることを指摘されたため、ちょっとイラッとする。ずっと努力しているのに、どうしても克服できなくて、とても悔しい。最終的には食べずに避ける。大人にはその手がある。むしろこどもの方が逃げ場はない。

「それがどうかしたか」
「そ、その……僕、兄さんのは、好き嫌いの問題とは違うんじゃないかと、ずっと思っていて……」
「は……?」

 予想外のことを言われ、なんだか間抜けな声になってしまった。それが吉と出たようで、弟はほっとした様子で続ける。

「その、もしかして、アレルギーなんじゃないかって」
「俺はお前と違って、アレルギーなんか持ってない」

 弟は蕎麦アレルギーだ。下手をすれば死に至る。弟が小学生の頃、飲食店でうどんを頼み、大変なことになった。頼んだうどんと同じ釜で蕎麦がゆでられていたからだ。自衛しようとがんばっていても、直球でくるとは限らない。

「……最後に調べたの、いつ?」

 自発的に調べたことなんかないから、わからない。季節の変わり目に風邪様の症状が出るが、なんとかやり過ごしていた。若干ひどい時も市販の鼻炎薬を飲めばなんとか治まるので、それでいいと思っていた。
 病院は、怪我をしたり、大きな症状が出たら行くところ。幸いそこまでひどい状態になったことはなかったから、これまでの人生で数えるほどしかかかったことがない。

 正直、検査なんて馬鹿らしいと思う。どこも悪くないのに。でも、弟の目はあまりにも真剣だし、血液検査ぐらいならそんなに時間も取られない。必要経費だと割り切って、検査してもらうことにした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...