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第八章 人の数だけ気持ちがある
218 さらばセンメルヴェイス ⑨
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家に着く。ドアを開けると、ちょうど弟が二階から降りてきたところだった。
「あ……おかえりなさい……」
「ただいま」
「夕飯、ちらし寿司だって」
「そう」
得意ではないメニューだ。でも、祖母の料理の腕は確かだし、俺が苦手なものをなるべく避けられるように献立を考えてくれるので、比較的食べられる。
そんなことを思っていると、弟が俺の様子をうかがっていることに気づいた。
「何か言いたいことでもあるのか」
弟はびくりと体を震わせる。その姿がなんだか、別れる間際の若葉と重なって見えて。渋沢の「君と同じ過ちは犯さない」という言葉が脳裏をよぎった。
「怒ってるんじゃない。何かあるならきちんと言葉にしてもらわないと、他人にはわからない」
弟はしばらく黙っていたが、覚悟を決めたように口を開いた。
「兄さん……結構、偏食だよね」
自分でも恥ずかしいと思っていることを指摘されたため、ちょっとイラッとする。ずっと努力しているのに、どうしても克服できなくて、とても悔しい。最終的には食べずに避ける。大人にはその手がある。むしろこどもの方が逃げ場はない。
「それがどうかしたか」
「そ、その……僕、兄さんのは、好き嫌いの問題とは違うんじゃないかと、ずっと思っていて……」
「は……?」
予想外のことを言われ、なんだか間抜けな声になってしまった。それが吉と出たようで、弟はほっとした様子で続ける。
「その、もしかして、アレルギーなんじゃないかって」
「俺はお前と違って、アレルギーなんか持ってない」
弟は蕎麦アレルギーだ。下手をすれば死に至る。弟が小学生の頃、飲食店でうどんを頼み、大変なことになった。頼んだうどんと同じ釜で蕎麦がゆでられていたからだ。自衛しようとがんばっていても、直球でくるとは限らない。
「……最後に調べたの、いつ?」
自発的に調べたことなんかないから、わからない。季節の変わり目に風邪様の症状が出るが、なんとかやり過ごしていた。若干ひどい時も市販の鼻炎薬を飲めばなんとか治まるので、それでいいと思っていた。
病院は、怪我をしたり、大きな症状が出たら行くところ。幸いそこまでひどい状態になったことはなかったから、これまでの人生で数えるほどしかかかったことがない。
正直、検査なんて馬鹿らしいと思う。どこも悪くないのに。でも、弟の目はあまりにも真剣だし、血液検査ぐらいならそんなに時間も取られない。必要経費だと割り切って、検査してもらうことにした。
「あ……おかえりなさい……」
「ただいま」
「夕飯、ちらし寿司だって」
「そう」
得意ではないメニューだ。でも、祖母の料理の腕は確かだし、俺が苦手なものをなるべく避けられるように献立を考えてくれるので、比較的食べられる。
そんなことを思っていると、弟が俺の様子をうかがっていることに気づいた。
「何か言いたいことでもあるのか」
弟はびくりと体を震わせる。その姿がなんだか、別れる間際の若葉と重なって見えて。渋沢の「君と同じ過ちは犯さない」という言葉が脳裏をよぎった。
「怒ってるんじゃない。何かあるならきちんと言葉にしてもらわないと、他人にはわからない」
弟はしばらく黙っていたが、覚悟を決めたように口を開いた。
「兄さん……結構、偏食だよね」
自分でも恥ずかしいと思っていることを指摘されたため、ちょっとイラッとする。ずっと努力しているのに、どうしても克服できなくて、とても悔しい。最終的には食べずに避ける。大人にはその手がある。むしろこどもの方が逃げ場はない。
「それがどうかしたか」
「そ、その……僕、兄さんのは、好き嫌いの問題とは違うんじゃないかと、ずっと思っていて……」
「は……?」
予想外のことを言われ、なんだか間抜けな声になってしまった。それが吉と出たようで、弟はほっとした様子で続ける。
「その、もしかして、アレルギーなんじゃないかって」
「俺はお前と違って、アレルギーなんか持ってない」
弟は蕎麦アレルギーだ。下手をすれば死に至る。弟が小学生の頃、飲食店でうどんを頼み、大変なことになった。頼んだうどんと同じ釜で蕎麦がゆでられていたからだ。自衛しようとがんばっていても、直球でくるとは限らない。
「……最後に調べたの、いつ?」
自発的に調べたことなんかないから、わからない。季節の変わり目に風邪様の症状が出るが、なんとかやり過ごしていた。若干ひどい時も市販の鼻炎薬を飲めばなんとか治まるので、それでいいと思っていた。
病院は、怪我をしたり、大きな症状が出たら行くところ。幸いそこまでひどい状態になったことはなかったから、これまでの人生で数えるほどしかかかったことがない。
正直、検査なんて馬鹿らしいと思う。どこも悪くないのに。でも、弟の目はあまりにも真剣だし、血液検査ぐらいならそんなに時間も取られない。必要経費だと割り切って、検査してもらうことにした。
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