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第八章 人の数だけ気持ちがある

196 ブーディカは自殺しない ①

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「椿が生まれた時、それはもう、みんな大喜びだった」

 両親はそんな風に言う。記憶力はいい方だから、否定しない。両家の初孫だったのもあって、蝶よ花よと扱われた覚えがある。写真を見ても、確かにその通り。
 天上天下唯我独尊。私より尊い存在はない。

 私の天下は三年しか続かなかった。弟の新が生まれたからだ。
 一世を風靡したアイドルだったのに、みんなが「新くん」「新くん」になったら、それは面白くない。

 新が言葉を解するようになってから、私のいらだちは増した。
 新はしつこく言われないと、何もしようとしない。
 なんだ、この受け身。
 そして、嫌なことがあったら、手近にあるものを投げて抗議する。
 なんだ、この凶暴さ。
 可愛がられてきてるから、ゴネれば自分の要求が通ると、既に学習してるんだ。
 直感した。こいつはこのままだと駄目になる。命令してでもいろいろやらせるべきだ。

 私は新を鍛えることにした。
 今思うと、先輩アイドルの矜持もあったかもしれない。お前のような者に栄光の座は渡せない。そんな資格はない。

 遊んだおもちゃを片づけるとか、脱いだ服を洗濯籠に入れるとか、そういうやるべきことをしていなければ、しつこくしつこく言い続け、それでもしなかったら、取っ組み合いになってでもやらせた。絶対に勝つ必要があった。わかってきたのだ。こいつは自分より上だと認めた人間の言うことしか聞かない。下だと判断したら舐めてかかってくる。
 天上天下唯我独尊。人はみな尊いって解釈もある。

 新がものを投げたらひたすら叱った。人に当たったら怪我をさせてしまうから危ないし、作ってくださった人にも失礼だと懇々と伝えた。睨んできたから、睨み返してやったら、怯んだ。愚か者め。胆力で私に勝てると思うなよ。

 ある程度大きくなってからは料理もさせた。簡単なものなら一通り作れるようになったと思う。悔しいけど、炒飯は私より上手い。あれは中華鍋を操る腕力が重要なんだ。
 新は小さい頃、好き嫌いが多かったと思う。けれども、今では全くない。さんざん「文句言わずに食え」って言ったことよりも、料理をさせたことが効いたと思う。

 どれも、私が面倒だったからやらせてたんじゃない。むしろ人に何かをやらせるのは大変だ。自分でやる方が早いに決まっている。
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