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第八章 人の数だけ気持ちがある

180 神に愛されぬ者の遁走曲 ⑥

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「よく覚えてましたね」
「可愛い子は覚えるよ」
「いえ、下の名前」
「名前? 玲美ちゃん、土屋さんでドレミちゃんだなーと思ったから。語呂がよかったり、キャッチーだと、やっぱり覚えるよね。名前」
「ああ、土がド……」

 そういう語呂合わせを考えたことがない訳ではなかったけれど。

「若葉も『玲美ちゃんが』『玲美ちゃんが』って嬉しそうに話すし」

 若葉とは入学してすぐのオリエンテーションで出会った。造作は美人だけど、雰囲気は可愛らしい、いかにも女の子らしい子だなと思っていた。マイペースで、何をするにもワンテンポずれてて。見てられなくて少しだけ手助けしたら、なんだか懐かれた。

「でも俺、若葉が家に連れてくる前から、玲美ちゃんのこと知ってたんだよ」
「え?」
「映画研究部。俺、OBだから。新歓もちょうど時間があったから手伝いに行ってて」
「はあ」
「うちのサークル、毎年結構人気あるから、本当に映画好きかをふるいにかけるために、新歓では若干苦痛な要素がある映画をかけるんだよね。『アマデウス』はすごく面白いけど、やっぱり長いでしょう。玲美ちゃん、一番真剣に見てたから、すごく印象的で」

 一番真剣に見てた……?

「あの暗い中でわかったんですか?」
「俺、夜目が利く方だから!」

 左様で。

「現実の世界ではサリエリの方が有名で、モーツァルトなんかほとんど相手にされてなかったんだよなって、思ってただけです」
「そうなんだ?」

 実際に華々しい生涯を送ったのはサリエリの方。モーツァルトは今でこそ天才として認められているけれど、才能に対して生きている間のリターンは少なかった。フィクションはいくらでも作れる。むしろそちらの方が皮肉で残酷かもしれない。

「これはこの子きっと入部してくれるなあ! って期待したんだけど、玲美ちゃん来なくて。がっかりしてたら家に遊びに来てくれたから、ちょっとびっくりしたよね!」
「はあ……」

 必修科目と趣味で受講したい科目と学芸員の資格科目を合わせたら結構な単位数になってしまったし、バイトをすることも考えたら、サークルどころではないという結論に至ったのだ。幸い友人は無事できたから、もういいと割り切った。

 北村さんから帰りがけに連絡先を聞かれ、断る理由がないから教えた。連絡がすぐに来て、何回かごはんを食べに行った。「就職活動の合間だから、夜しか時間がない」って言われて、本当にごはんを食べるだけ。餌づけされた感。丼物とか定食屋とか、おいしいけどおっさんくさい感じのお店ばかりだったから、気楽だったのもある。

 だから、前期試験終了後にいつもと違う誘いを受けた時、ちょっとだけびっくりしたのだ。
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