141 / 352
第六章 まだ願いごとが叶った頃
140 気配り下手と干天の慈雨 ④
しおりを挟む
「新くん!」
旅行初日の五月四日、アパートの前へ迎えに行くと、嬉しそうに駆け寄ってきた若葉ちゃんから声を掛けられた。
「荷物たくさんあるね。後部座席に乗せる? トランクに積む?」
「えっとね、後部座席がいい!」
若葉ちゃんはバッグを二つ後部座席に置くと、助手席に座り、シートベルトを締めた。
今日も若葉ちゃんはとても可愛い。菫色のワンピースに白いカーディガンがよく似合っている。初めて見る服。新しい感じがするし、買ったのかもしれない。
「ラジオつける? それとも何も流さない?」
「じゃあ、今日はラジオつけて!」
「わかった」
二人ともそこまで音楽を聴かないので、大抵この二択になる。
僕はラジオをつけ、ピーターラビット号を軽快に走らせた。
《……ところによっては交通情報をお送りします》
ラジオから交通情報が流れる。30キロの渋滞。事故があったらしく、速度規制がかけられているらしい。ああ。
ゴールデンウィークを舐めていた。ここまで渋滞するとは思ってなかった。考えてみると、四日は移動が多い日かもしれない。今年はゴールデンウィークが五日までだし。
《十三時です》
アナウンサーが時刻を告げ、ラジオは新しい番組に切り替わる。十三時?
「あ、お昼……」
ちょうどいい頃合いに目に入ったお店で食べようと思っていたけど。高速で渋滞に入ってしまったから、お店がない。高速を降りて、近くにあるお店を調べて行くだけでも、時間がかかるだろう。そして、すごく渋滞しているから、一度ここを出たら再び流れに入るのは至難の業のような気がする。というか、出るだけでも一苦労なのでは。でも食べずに目的地までもつとは、到底思えないし。どうすればいいんだろう。
「新くん」
若葉ちゃんがにこにこ笑って僕に声を掛ける。
「何?」
「あのね、私、おやつたくさん買ってきたの!」
「え?」
若葉ちゃんは助手席の背もたれを倒し、後部座席に手を伸ばしてバッグを取った。
「玲美ちゃんにも『修学旅行じゃないんだから』って笑われたんだけど、つい、買いたくなっちゃって! 最初に食べちゃうとお昼入らなくなっちゃうかなって思ったんだけど、渋滞まだしばらく続きそうだし、食べよう!」
「若葉ちゃん……」
烏龍茶のペットボトルを手渡される。お礼を言って口に含んだ。思っていたよりも喉が渇いていたことに気づく。僕にとって烏龍茶はやっぱり、干天の慈雨。
「何がいいかなあ? 一口で食べられるものならチョコとキャラメルがあるし、お腹にたまるパウンドケーキとマドレーヌもあるし、おせんべいやポテトチップスみたいにからいものもあるよ!」
バッグの中を見せてもらうと、確かにたくさんある。迷っていると、後ろから軽くクラクションを鳴らされ、前の車が進んでいることに気づく。あわててピーターラビット号を進めた。
「じゃあ、おせんべい」
「新くん、あーんして」
反射的に口を開くと、若葉ちゃんはそっとおせんべいを入れてくれる。おいしい。
「せっかくの長距離ドライブだし、こういうの、やってみたかったの!」
若葉ちゃんはそう言うと、少し照れたように笑った。
旅行初日の五月四日、アパートの前へ迎えに行くと、嬉しそうに駆け寄ってきた若葉ちゃんから声を掛けられた。
「荷物たくさんあるね。後部座席に乗せる? トランクに積む?」
「えっとね、後部座席がいい!」
若葉ちゃんはバッグを二つ後部座席に置くと、助手席に座り、シートベルトを締めた。
今日も若葉ちゃんはとても可愛い。菫色のワンピースに白いカーディガンがよく似合っている。初めて見る服。新しい感じがするし、買ったのかもしれない。
「ラジオつける? それとも何も流さない?」
「じゃあ、今日はラジオつけて!」
「わかった」
二人ともそこまで音楽を聴かないので、大抵この二択になる。
僕はラジオをつけ、ピーターラビット号を軽快に走らせた。
《……ところによっては交通情報をお送りします》
ラジオから交通情報が流れる。30キロの渋滞。事故があったらしく、速度規制がかけられているらしい。ああ。
ゴールデンウィークを舐めていた。ここまで渋滞するとは思ってなかった。考えてみると、四日は移動が多い日かもしれない。今年はゴールデンウィークが五日までだし。
《十三時です》
アナウンサーが時刻を告げ、ラジオは新しい番組に切り替わる。十三時?
「あ、お昼……」
ちょうどいい頃合いに目に入ったお店で食べようと思っていたけど。高速で渋滞に入ってしまったから、お店がない。高速を降りて、近くにあるお店を調べて行くだけでも、時間がかかるだろう。そして、すごく渋滞しているから、一度ここを出たら再び流れに入るのは至難の業のような気がする。というか、出るだけでも一苦労なのでは。でも食べずに目的地までもつとは、到底思えないし。どうすればいいんだろう。
「新くん」
若葉ちゃんがにこにこ笑って僕に声を掛ける。
「何?」
「あのね、私、おやつたくさん買ってきたの!」
「え?」
若葉ちゃんは助手席の背もたれを倒し、後部座席に手を伸ばしてバッグを取った。
「玲美ちゃんにも『修学旅行じゃないんだから』って笑われたんだけど、つい、買いたくなっちゃって! 最初に食べちゃうとお昼入らなくなっちゃうかなって思ったんだけど、渋滞まだしばらく続きそうだし、食べよう!」
「若葉ちゃん……」
烏龍茶のペットボトルを手渡される。お礼を言って口に含んだ。思っていたよりも喉が渇いていたことに気づく。僕にとって烏龍茶はやっぱり、干天の慈雨。
「何がいいかなあ? 一口で食べられるものならチョコとキャラメルがあるし、お腹にたまるパウンドケーキとマドレーヌもあるし、おせんべいやポテトチップスみたいにからいものもあるよ!」
バッグの中を見せてもらうと、確かにたくさんある。迷っていると、後ろから軽くクラクションを鳴らされ、前の車が進んでいることに気づく。あわててピーターラビット号を進めた。
「じゃあ、おせんべい」
「新くん、あーんして」
反射的に口を開くと、若葉ちゃんはそっとおせんべいを入れてくれる。おいしい。
「せっかくの長距離ドライブだし、こういうの、やってみたかったの!」
若葉ちゃんはそう言うと、少し照れたように笑った。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる