【R18】人の好みは説明できない

第一章 人の好みは説明できない

033 僕の彼女は素直で可愛い ⑦

　若葉ちゃんは優しくてとても思いやりのある女の子だ。ちょっとうっかりしているところを本人は気にしているようだけど、そんなのは瑣末なことだ。

　眼鏡も服も、僕に似合うものを、僕に負担がかからないように選んでくれたのが、とても嬉しかった。自分の理想や都合を押しつけるのではなく、あくまでも僕のために。

　眼鏡を選び終えた時、しまったなと思った。先に洋服を選んでもらって、眼鏡を後にすればよかった。そうすれば「待ってる間にお茶でも」なんて誘えたのに。
　僕は面倒じゃない手段をとるのが習慣になりすぎて、せっかくの楽しみを逃してしまっている。

　彼女の周りの時間はゆったり流れている。そして、とても美しいものが丁寧に育まれている。手段のために目的を選ぶ。若葉ちゃんと過ごす時間はなんだかそんな感じで、すごく楽しい。圧倒的な生産性のなさが、とても豊かだ。空虚な生産性なんてくそ食らえ。



　僕は面倒なことが嫌いだ。面倒を避けるためならばどんな面倒もいとわない、と言うと語弊があるけど。これはおそらく血筋だ。名字も本来は「澁澤」だったそうだけど、曾祖父が「渋沢」に変えたと聞いた。気持ちが大変よくわかる。書くのが面倒だからだ。実家に残っている曾祖父の若い頃の写真は僕にそっくりだとよく言われるし、勝手にシンパシーを覚えている。

　余談だが、氏名の漢字を説明するのがとても楽になったので、新一万円札に採用された渋沢栄一氏には大変感謝している。「渋」の字は地味に説明が面倒なのだ。さんずいに止めるに……ちょんちょんちょんちょん。「新しい一万円札の渋沢」で氏名とも覚えてもらえるのは非常にありがたい。

　誤解を解くのは大変時間と手間がかかる。そうならないように、初めから手を打っておく方が、後々のことを考えると面倒じゃなくていい。

　若葉ちゃんを口説いた時も、要所は押さえた。つまり「好きだと伝える」「付き合いたいと伝える」「セックスしていいかの確認」。
　これはきちんと言葉にしておかないと、そして言質を取っておかないと、後からすごく面倒になるやつだからだ。遊びではなく本気なので、絶対言った方がいい。遊びでそういうことするほど、余力ないけど。

　本当は、あと何回かデートに誘おうと思ってたんだ。急に距離を縮めて引かれたら嫌だったから。でも、若葉ちゃんのあの目を見たら、僕のことを好きとしか思えなくて。それがデート中、一度も変わらなくて。一刻も早く僕の想いを告げたい、付き合いたい、彼女を抱きたい、もう他の男に取られたくない。そんな気持ちが消せなくなった。