【R18】ハシビロコウによろしく

本編

24 ニセモノのホントウか、ホントウのニセモノか ①

『俺、思うんだ。セックスは恋人としないと駄目だって』

　宮西みやにしさんの言う通りなんだろう。
　でも、その相手がいないんだ。
　一人で、できなかった。今、切実に、心も身体も埋めてくれる恋人が欲しい。

　でもその前に、宮西さんへの想いをきちんと葬ろうと思った。

　確かに宮西さんは爽やかな好青年だ。端整な顔立ちでもある。
　でも、好みのタイプかというと、違う。私は本来、ニヒルな文化系が好きだ。
　むしろ好みのタイプは、同期の松本まつもとくんだった。

『渡辺わたなべ。これ、旨いらしいから、やるよ』

　入社してすぐの頃、松本くんがお菓子をくれた。クールで少しぶっきらぼうな彼の気遣いがすごく嬉しくて、正直、ちょっと好きになりかけていたと思う。
　私にくれたお菓子が、彼の嫌いなものだと知るまでは。

　営業部へお使いに行った時、ちょうどお土産のお菓子が配られていた。松本くんはそれを拒否したのだ。申し訳ないのですが、昔からこのお菓子苦手なので、他の人にあげてください。

　私へのプレゼントだと思って喜んでいたのに、相手にとってはただのゴミ。
　私が悲しく感じるのは、そういうこと。

　それからも松本くんは、結構、私個人にお土産のお菓子をくれたり、さりげなく声を掛けてくれたと思う。でも、物も言葉も、素直に受け取れなくなってしまった。笑顔で接しはするけれど。同期なんだし、仕事上話すことも多いんだから、関係は悪くない方がいい。

　そういう経験は、たぶん多い方なんだと思う。

　中学生の頃、好きな人から年賀状をもらってすごく喜んでいたら、印刷に失敗したものを送ってこられただけだったとか。「新しい葉書に交換するのは手数料がかかる」と言っていたのを聞いてしまった。私にばれたことに気づくと、相手は「渡辺さんなら優しいから気にしないでくれると思って」と言った。家に帰って、年賀状は破って捨てた。

　大学生の頃、ちょっといい雰囲気になった同じサークルの男子がいた。ハンバーガー屋さんに誘われただけでどきどきした。でもいい雰囲気と感じていたのは私だけだったみたいで。「安い店でも大丈夫か試した方がいいってよく聞くし、割と胸もデカいし、別に好みじゃないけど、脈ありそうだからいっとこうかな」と話しているのを聞いてしまった。そのままサークルを辞めたから、付き合っていないし、もちろん仕事で再会もしていない。そんな映画みたいな話にはならない。

　相手は「言わない方が喜ばれると思って」と、よりよいコミュニケーションを目指したかのように言う。それはそうなんだろう。
　でも、私は、そんなものいらない。
　いただいたものに文句をつけるなんて、とても失礼。その通りだ。
　けれど、本当はゴミだと思っているものを、さも素敵なものであるかのように演出してきた相手は、失礼じゃないの？

　両親から「いつでも笑っていなさい」と言われて育った。「笑顔の人は愛されるから」と。でも実際は、「渡辺さんなら笑顔で許してくれるでしょ？」という扱い方しかされなかった。「渡辺さんならこの程度でいいや」、そういう態度を取られるのが、すごく嫌で。

　結局、人によるのだ。
　欲しいものを無邪気に口にして可愛いと思われる人もいれば、生意気で強欲だとみなされる人もいる。
　いつも笑顔でいて、感じがいいと思われる人もいれば、舐められる人もいる。
　私は愛される側じゃなかったってだけ。私の希望は、分不相応なんだろう。
　黙っていても尊重される人がうらやましかったけど、期待するからうらやましさがやまない。

　人から愛されなくてもいいと思うようになったら、生きるのが楽になった。
　期待していたのだ。いつか努力が報われることを。その気持ちを捨てた。愛される努力をしなければ愛されなくてもあたりまえだし、諦めもつく。
　最初からニセモノだってわかっていれば、割り切れる。