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02 リサーチ2
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「そんな風にさあ、美蘭ちゃんらしさを全力で押し出していけばよかったのに」
「仕方ないじゃん! 私の顔が好きってタイプは、みんな、清楚で従順な女性が好きなんだもん」
研ちゃんがやっぱり渋い顔をするので、少し話を変える。
「大体、お見合い中もずっと『緑川さん』って名字で呼ばれてたから、これはあかんなとは思ってて……」
「美蘭ちゃんの方は、なんて呼んでたの?」
「三浦先生」
「……え」
「だって! 向こうが名字で呼んでくるのに! 名前では呼べないじゃん!」
私は阿呆だけども、それくらいの空気は読める。ばっきり線を引かれてるのに、踏み越える勇気はさすがに出ない。
研ちゃんはしばらく黙っていた。いつも打てば響くように返してくれるのに、珍しいな。
なんだか持て余して枝豆を食べる。おいしい。枝豆はいつでも裏切らない。こういう安定した味わいの人間になりたい。そんなことを思っていたら、ぼそりと訊ねられた。
「美蘭ちゃんが、好きなタイプは?」
「……は?」
「美蘭ちゃんの方が好きなのは、どんな?」
研ちゃんの眼鏡に光が反射したように見えた。やめろ、私を追いつめるな。
「それは……」
「口ごもるなんて、美蘭ちゃんらしくない」
「……好きなタイプからは、好かれないから、言っても意味ない」
「言うだけはタダじゃん」
そうだけど。
タダっていうのは、お金では買えないってことなんだよ。いっそお金を払って手に入るならよかったのに。手に入るなら、喜んで課金するのに。
「……話してて楽しくて、目標に向かって一生懸命打ち込んでる人」
少しごまかしてしまったけれど、嘘じゃない。私には生涯かけて打ちこんでいるものなんてないから、研究者の父と兄がいつもまぶしかった。私には何もないけど、せめてがんばってる人をサポートできたらと思ったんだ。
「だから見合い相手、研究者がよかったんだ?」
「……うん」
「俺じゃ駄目?」
「……え」
耳を疑う。研ちゃん、今なんて言った?
「俺は、美蘭ちゃんが、いいんだけど」
「なんで……」
なんで! 私が死ぬほど欲しかった言葉を! ついでみたいに!
「死ぬほど?」
研ちゃんがすごくびっくりした顔をする。
「え。研ちゃん、なんで私の心の声が聞こえてるの? まさかサトリ?」
「美蘭ちゃん、心の声が漏れ出てる、というか、口に出してるから」
「しまった!」
私はもともとうっかりな人間だけど、研ちゃんと一緒の時は、ほんとにガードがゆるゆるになってしまう。駄目だ。
「まさか、そこまで欲しがられていたとは思わなかった」
「だって……好きじゃなかったら、こんなに誘う訳ない……」
私の言葉を聞いて、研ちゃんはぼそりと言う。
「昔、言ってたじゃん。緑川美蘭で名字も名前も『み』なのが嫌だって」
「え……」
「美蘭ちゃんが今言った条件、俺もあてはまるし、見合い相手が三浦なら、俺でもいいかと思って」
研ちゃんの名字は……三上。確かに「み」から逃れられないけど。私自身も忘れてたことを、よく覚えてるな……。
「え、え、まさか……そんなしょぼい理由で……」
「あと……これまで常勤職じゃなかったから」
「そ、そんなん、私が働いて食わせる!」
研ちゃんが吹き出す。笑うな。
「美蘭ちゃんはそう言うよな。でも、五つも年上なのに、それはちょっと情けないなと思ってた。だから」
「だから?」
「常勤職が見つかるまで、言えなかった」
「見つかるまで?」
「決まった。来年度から大学の講師」
ずっと探してた安定した仕事が見つかったんだ。思わず笑みが漏れる。
「やったあ! 研ちゃんがんばってたもんね! おめでとう!」
私がお祝いを言うと、ありがとうと言って研ちゃんも嬉しそうに笑った。
「俺は、澄ました表情じゃなくて、全開で笑ってる美蘭ちゃんが、いい」
「私は、研ちゃんでもいいんじゃなくて、研ちゃんがよかったんだからね! 最初から!」
「最初?」
「初めて会った時から!」
「初めてって……美蘭ちゃん中学生じゃなかった?」
初めて会って、好きになった日に、失恋した。
その日、お兄ちゃんが連れてきたのは、親友とその彼女。
研ちゃんが当時付き合っていた女性は、頭がよくて大人で。お似合いだった。
家に遊びに来るたびに、研ちゃんは私を可愛がってくれたけど、妹みたいな存在に過ぎないってわかってたから、最初から諦めていた。
好きだと想いを告げて、居酒屋の飲みに付き合ってくれる研ちゃんを失うのが、怖くて。
「もっと早く想いを告げるべきだったか」
「なにそれ」
「振られたら美蘭ちゃんの兄みたいな立場まで失うから、足踏みしてた」
「もう……頭いいのに! バカなの?!」
「恋する男は臆病なんだよ」
「私も、何度も諦めようとしたけど、諦められなかったよ」
「さすがにそこまで前から好かれていたとは思ってなかったけど」
俺も結構長いこと、片想いしてたよ。そう耳元で囁かれた。
うまくいくか、いかないか。結果はいつでも二つに一つ。
論理的に考える研ちゃんが、失うことを恐れて足踏みしていたなんて。思ってもなかった。
「仕方ないじゃん! 私の顔が好きってタイプは、みんな、清楚で従順な女性が好きなんだもん」
研ちゃんがやっぱり渋い顔をするので、少し話を変える。
「大体、お見合い中もずっと『緑川さん』って名字で呼ばれてたから、これはあかんなとは思ってて……」
「美蘭ちゃんの方は、なんて呼んでたの?」
「三浦先生」
「……え」
「だって! 向こうが名字で呼んでくるのに! 名前では呼べないじゃん!」
私は阿呆だけども、それくらいの空気は読める。ばっきり線を引かれてるのに、踏み越える勇気はさすがに出ない。
研ちゃんはしばらく黙っていた。いつも打てば響くように返してくれるのに、珍しいな。
なんだか持て余して枝豆を食べる。おいしい。枝豆はいつでも裏切らない。こういう安定した味わいの人間になりたい。そんなことを思っていたら、ぼそりと訊ねられた。
「美蘭ちゃんが、好きなタイプは?」
「……は?」
「美蘭ちゃんの方が好きなのは、どんな?」
研ちゃんの眼鏡に光が反射したように見えた。やめろ、私を追いつめるな。
「それは……」
「口ごもるなんて、美蘭ちゃんらしくない」
「……好きなタイプからは、好かれないから、言っても意味ない」
「言うだけはタダじゃん」
そうだけど。
タダっていうのは、お金では買えないってことなんだよ。いっそお金を払って手に入るならよかったのに。手に入るなら、喜んで課金するのに。
「……話してて楽しくて、目標に向かって一生懸命打ち込んでる人」
少しごまかしてしまったけれど、嘘じゃない。私には生涯かけて打ちこんでいるものなんてないから、研究者の父と兄がいつもまぶしかった。私には何もないけど、せめてがんばってる人をサポートできたらと思ったんだ。
「だから見合い相手、研究者がよかったんだ?」
「……うん」
「俺じゃ駄目?」
「……え」
耳を疑う。研ちゃん、今なんて言った?
「俺は、美蘭ちゃんが、いいんだけど」
「なんで……」
なんで! 私が死ぬほど欲しかった言葉を! ついでみたいに!
「死ぬほど?」
研ちゃんがすごくびっくりした顔をする。
「え。研ちゃん、なんで私の心の声が聞こえてるの? まさかサトリ?」
「美蘭ちゃん、心の声が漏れ出てる、というか、口に出してるから」
「しまった!」
私はもともとうっかりな人間だけど、研ちゃんと一緒の時は、ほんとにガードがゆるゆるになってしまう。駄目だ。
「まさか、そこまで欲しがられていたとは思わなかった」
「だって……好きじゃなかったら、こんなに誘う訳ない……」
私の言葉を聞いて、研ちゃんはぼそりと言う。
「昔、言ってたじゃん。緑川美蘭で名字も名前も『み』なのが嫌だって」
「え……」
「美蘭ちゃんが今言った条件、俺もあてはまるし、見合い相手が三浦なら、俺でもいいかと思って」
研ちゃんの名字は……三上。確かに「み」から逃れられないけど。私自身も忘れてたことを、よく覚えてるな……。
「え、え、まさか……そんなしょぼい理由で……」
「あと……これまで常勤職じゃなかったから」
「そ、そんなん、私が働いて食わせる!」
研ちゃんが吹き出す。笑うな。
「美蘭ちゃんはそう言うよな。でも、五つも年上なのに、それはちょっと情けないなと思ってた。だから」
「だから?」
「常勤職が見つかるまで、言えなかった」
「見つかるまで?」
「決まった。来年度から大学の講師」
ずっと探してた安定した仕事が見つかったんだ。思わず笑みが漏れる。
「やったあ! 研ちゃんがんばってたもんね! おめでとう!」
私がお祝いを言うと、ありがとうと言って研ちゃんも嬉しそうに笑った。
「俺は、澄ました表情じゃなくて、全開で笑ってる美蘭ちゃんが、いい」
「私は、研ちゃんでもいいんじゃなくて、研ちゃんがよかったんだからね! 最初から!」
「最初?」
「初めて会った時から!」
「初めてって……美蘭ちゃん中学生じゃなかった?」
初めて会って、好きになった日に、失恋した。
その日、お兄ちゃんが連れてきたのは、親友とその彼女。
研ちゃんが当時付き合っていた女性は、頭がよくて大人で。お似合いだった。
家に遊びに来るたびに、研ちゃんは私を可愛がってくれたけど、妹みたいな存在に過ぎないってわかってたから、最初から諦めていた。
好きだと想いを告げて、居酒屋の飲みに付き合ってくれる研ちゃんを失うのが、怖くて。
「もっと早く想いを告げるべきだったか」
「なにそれ」
「振られたら美蘭ちゃんの兄みたいな立場まで失うから、足踏みしてた」
「もう……頭いいのに! バカなの?!」
「恋する男は臆病なんだよ」
「私も、何度も諦めようとしたけど、諦められなかったよ」
「さすがにそこまで前から好かれていたとは思ってなかったけど」
俺も結構長いこと、片想いしてたよ。そう耳元で囁かれた。
うまくいくか、いかないか。結果はいつでも二つに一つ。
論理的に考える研ちゃんが、失うことを恐れて足踏みしていたなんて。思ってもなかった。
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