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第5話 カイルの願い

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 城下町を抜け三十分ほど経った頃、俺達は森の前に辿り着いた。
 すると、カイルはそのまま森の中を進み始める。

『お、おい! さすがに中へ入るのは辞めたほうが良いんじゃないか?』
「ん、どうしたのアイズ? あっ、君とはここで出会ったから、懐かしさでも感じてるのかな」

 違うわ!
 やっぱり通じないか。
 
 ――待てよ、ここで俺と出会ったということは、あの野犬も居るはずだ!

『カイル、ここは危ない! すぐに出ないと!』
「アイズ。懐かしいのは分かったけど、少しだけ静かにしてて。魔物が集まってきちゃうから」

 何だ、あの野犬のことも知ってたのか。
 それを承知の上で森の中に入ってるんだから、心配はいらないよなきっと。

 何か策があるのだとほっとしていたところ、前方から草をかき分けるような音が聞こえてきた。
 カイルは木の陰に身を隠して、その音がする方向をジッと見ている。

 俺もカイルと同じように茂みを観察していると、そこから現れたのは緑色の肌を持った人型の化け物。
 およそ百センチ程度の大きさで、左手にはナイフのような物を握っている。

「ふぅ、何だゴブリンか。よし、丁度良さそうだね」

 へぇー、あれがゲームでお馴染みのゴブリンか。
 ――って、カイル!? 一体何を!?

 カイルはゴブリンの前へ飛び出し、俺を肩から地面に降ろした後、一歩後ろへ下がった。
 ゴブリンは突然の出来事に驚いているのか、その場で立ちすくんでいる。

「さあ、アイズ! 頑張って!」

 頑張ってって……。
 ――おい、もしかして俺に戦えって言うんじゃないだろうな。

「ん? どうしたの、アイズ? 炎を吐くんだ!」

 いやいや、ちょっと待て!
 炎って言われても、そんなもん吐けないぞ!?
 確かにドラゴンと言えば炎を吐くイメージはあるけど、俺は炎なんて!

『無理無理! そんなこと出来る訳ないだろ!』

 俺は振り返って、後ろに居るカイルにそう言いながら両手を横に振った。言葉が通じなくても、この手振りで伝われば!

「さあ、アイズ! ゴブリンに炎の息を!」

 そこまで言うってことは、もしかすると俺が知らないだけで実は炎を吐けるのか?
 そう感じて息をフーっと吐いてみるものの、炎なんて出やしない。

『やっぱり! カイル、俺は炎なんて吐けない! だからここは逃げよう!』

 必死に伝えようとしたものの、カイルは意味が分からないようで小首をかしげている。
 くそっ、一体どうすれば伝わるんだ!
 カイルのボケっとした顔を見ながら頭を悩ませていると、カイルの顔が急に険しい顔に変わった。

「アイズっ! 後ろっ!」

 カイルが発した突然の大声に反応して振り返ると、ゴブリンが俺目掛けて走り出してきている。
 伸ばされた左手には刃こぼれしたナイフが握られていて、今にも俺を突き刺そうとしているようだった。


 ――あっ、俺死ぬんだ。


 直感的に死を覚悟した俺は、思わず目を瞑ってしまう。

 せっかくカイルの相棒になれたのに、ここでお別れか。
 黒岩翔としての人生は二十八年と短かったけど、まさかアイズとしての竜生がそれ以下のたった二日だけとは。
 俺は若くして死ぬことが宿命づけられているのだろうか。

 まあ、これで勇斗と会えるのなら俺はそれでいいけど、残されたカイルが心配だな。
 俺をテイムした時、あんなに喜んでいたのに、また一からやり直しで可哀想だ。


 ……にしても、いつまで経っても痛みを感じないぞ。一体、どうなってるんだ?


 恐る恐る目を開くと、目の前にカイルが立っていた。

『カイル?』
「アイズ、大丈夫……?」

 そう言いながらカイルがこちらに振り返ると、腹部に短剣が突き刺さっており、服が真っ赤に染められていた。

『か、カイル!』

 急いで駆け寄ると、カイルは俺の前で倒れ込んでしまった。

 ――俺のせいだ。
 俺が戦おうとしないばかりにカイルが……。くそっ!

 ……いや、今は自分を責めている場合じゃない!
 先にゴブリンをどうにかしないと!

 辺りを見渡すと、先ほどのゴブリンの姿はどこにもなかった。
 どうやら武器を失ったことで逃げていったみたいだ。

 よし、とりあえずは安全そうだな。
 そうと分かれば、次はナイフを固定しないと! 何か布みたいな物は……。

 カイルが持っていたバッグを漁ると、厚手のタオルを見つけた。
 そのタオルを腹部に刺さっている短剣の周りに置き、動いてしまわないようにしっかりと固定した。
 昔見た映画の真似だけど、多分これで応急処置は出来ているはず。


 それで次はどうしよう。
 助けを呼びに行くにしても、この状態のカイルを放置するのは危険すぎる。
 そもそも人間には俺の言葉が通じないじゃないか!

 なら引きずっていくか?
 いや、人間だった頃の俺ならまだしも、今の小さな身体じゃとても無理だ……。

 一体どうすれば――

「んんっ……」
『カイル!?』

 良かった! 目を覚ましてくれた!

「アイズ……。良かった無事で。それでもしかして、これは君が?」

 俺はカイルの問いかけに対し、頭を上下に振って答える。

「そっか、君は優しくて賢いんだね。ありがとう。――痛っ!」
『ダメだ、まだ傷が塞がっていないのに動いたら!』
「いたたたた……。ごめん、アイズ。僕のバッグの中から薬を取ってくれる?」

 言われた通り大急ぎでバッグの中を漁ると、底のほうに瓶があった。
 多分、これのことだろう。

 瓶を手渡すとカイルは「ありがとう」と口にしつつ、蓋を開けた。
 そしてジェル状の薬らしきものを取り出し、傷に直接塗りたくっている。

 その直後、あろうことか腹部に刺さっているナイフを勢いよく引き抜いてしまった。

『ちょっ、抜いたら血がっ――て、あれ?』

 想像とは裏腹に、血は全く噴き出さなかった。
 不思議に思って傷口を見てみると、まるで何事もなかったかのように綺麗に塞がっている。

 ……凄いなこの薬。
 一瞬で傷が治るなんて、まさに魔法みたいだ。
 まあ、その魔法が存在するみたいだし、そういう薬があってもおかしくはないんだろうけど。

「……アイズ、いきなり戦えなんて言ってごめん。まだ小さいし、炎が吐けないってことも冷静に考えたら想像出来たのに。なんだか、焦っちゃってたみたい。本当にごめんね」

 俺を庇ってあんな目に遭ったのにも関わらず、カイルは俺のことを気遣ってくれた。

『いや、謝らなきゃならないのは俺のせいだ。俺が戦えないせいでこんなにも危険な目に遭わせて……本当にごめん』

 伝わったのかそうでないかは分からないけど、俺の言葉に対してカイルはいつもの優しい笑顔を見せてくれた。
 そしてしばらく俺の頭を撫でた後、ゆっくりと口を開いた。

「トーナメントで優勝するとね、僕の両手では抱えられないほど多くの賞金を手に入れられるんだ。それだけ多くのお金があれば、父さんと母さんに楽をさせてあげられる。貧乏なのに無理をして、僕をテイマー養成学院に通わせてくれた恩返しとして、僕は絶対トーナメントに優勝したいんだ」

 カイルは俺の目を真っ直ぐに見つめながら、真剣な表情で俺に語り掛けてくる。
 その後、ひと呼吸置いてから再び言葉を口にした。

「だからお願い。アイズが大きくなって戦えるようになったら、トーナメントに出てくれないかな。今回のエントリーはキャンセルしておくから」

 涙混じりに懇願してくるカイルを見て、俺にある決意が芽生えた。
 俺は強くなって、カイルのためにトーナメントで優勝すると。

 それも大きくなってからなんて悠長なことは言わない。
 俺は必ず次のトーナメントで優勝して、この健気で優しい少年の願いを叶えてみせる!

 そのことを伝えるために俺はカイルの前に立ち、虚空に向かって短い腕でパンチを連打した。

「その動き……もしかして僕のお願いを聞いてくれるの?」

 俺は大きく首を縦に振って意思を示す。
 すると、カイルの顔がぱぁっと明るくなり、笑顔を取り戻してくれた。

「ありがとう! 来年でも再来年でもいつでも大丈夫だから――」

 カイルは「無理をしないでね」とでも続けようとしたんだろう。
 俺はその言葉をカイルの口を両手で塞ぐことで遮った。
 そして手を放して、再びシャドーボクシングを始める。

「えっと、そのやる気を見るに、もしかして次のトーナメントに出てくれるとか……?」

 よっしゃ! 伝わったぞ!
 俺は『おう!』と口にしながら、大きく頷いた。

「アイズ……本当にありがとう。君みたいな従魔が出来て、僕は本当に幸せだよ」
『俺もだカイル。テイムしてくれたのがカイルで本当に良かった』
「でも、炎が吐けないってなると戦うのは難しいかな……。身体も小さいし、まだ爪も短いし――あっ、鉤爪を装備したら戦えるかも! どうかな?」

 確かに戦うって言ったのはいいものの、今の俺じゃゴブリンや野犬にも勝てない……。
 でも武器さえあれば、まだ何とか戦えるはず!
 その案に賛成だ!

『よし、それでいこう!』
「良かった! それじゃあ明日は父さん達の手伝いもないし、買い物に行こう。それといきなり実戦はやっぱり焦りすぎたから、まずは道場でトレーニングしてもらおっか。次のトーナメントまで後二ヶ月以上も時間があるし」

 へぇ、そんなものがあるんだな。一から鍛えてくれるなら、それも悪くないかも。

『分かった!』

 そう返すとカイルはニッコリと微笑んだ後、俺に背を向けてバッグの中を漁り始めた。
 何をしているのかが気になり、後ろからこっそりと覗いてみると、カイルはコインが入った小さな巾着袋を開いてジッと眺めている。

 あれはこの世界のお金か? そういえば武器を買うのも道場に通うのもお金が掛かるよな……。
 それでカイルは貧乏だって言ってたし、出来れば負担はないけどこればかりはどうしようもなさそうだ。

「よし、もう痛みもなくなってきたし、そろそろ帰ろうか。日も落ちてきたし」
『そうだな』

 カイルは俺を肩に乗せて、帰路へと就いた。
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