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3章
第19話 幽霊も裸足で逃げ出す
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――もっと昔にも、花の洞窟で私を助けたわよね?
――その時一緒にいた女の子は何者なの?
学校に通えるようになったらまずそれをドルガマキアに尋ねる予定だったのだが、復帰して一週間経っても果たせずにいた。
まずドルガマキアことアルガス先生に近づくこと自体が以前に比べてさらに困難になっていた。花の洞窟で私を助けた事件を受け、校内のアルガス先生ファンも急増。美形過ぎて性格悪そう、と忌避していた層のハートまでガッチリつかんだらしい。
それに比例して、助けられた当事者である私への嫉妬も急増。秘密の話ができるようアルガス先生とふたりきりになることを画策しようものなら、死を覚悟する必要がある。
まあそこまでは大袈裟だけど、アルガス先生のまわりを固める視線はそれくらい凄まじいってこと。
それに、問題はアルガス先生周辺のガードの固さばかりではない。もとから私にべったりだったファリスが、あの事件以来さらに私の近くから離れなくなった。
アルガス先生との話を他の人に聞かれたくないのはもちろんだけど――私の記憶によれば、一緒にいた女の子はファリスにそっくりだった。
他人の空似、という可能性だってなくはない。あるいは、なんらかの血縁関係があるとか。
ただそれだけという可能性はある。
頭でそう思ってはいても――私はそのことをいまだにファリスには明かせずにいた。
「――では決定ね。明日は朝から旧校舎前に集合。遅刻したら置いていきますわよ!」
「え?」
マキューシャの高らかな宣言に思わず声を上げると、みんなの視線は私に集中した。
うっかり物思いにふけっていたが、今日は週一回の歴史研究同好会の会合日だ。発起人である私とファリス、それに一学年上の聖女候補であるマキューシャとその騎士であるティボルス王子、それに加えて洞窟実習で知り合ったユロも入部して、現在の同好会メンバーは5人。
ティボルス王子が広告塔になってもう少しメンバーが――特に、隠れた聖女候補が――集まるのではないかと思っていたのだが、ティボルス王子とお近づきにはなりたいがマキューシャに睨まれたくはない、という思いが拮抗しているらしく、部員集めも聖女候補探しもいまいちはかどっていない。
「あ……あ、ごめんなさい、ちょっとぼんやりしていて。どうして旧校舎に行くことになったのでしたかしら?」
私が尋ねると、ファリスとユロが困ったように私とマキューシャを交互に見る。どうやら、私が話を聞いていなかったというより、マキューシャが勝手にそう決めたらしい。
「歴史研究同好会としては行くしかありませんでしょう?!」
わかっていないとは困ったものね、とでも言わんばかりにマキューシャが肩をすくめる。
「行くしかないってどうしてですの?」
「幽霊の噂を聞いて、なんとも思わないの?!」
「幽霊? え、え……ああ」
最近校内を賑わせている噂のことか、と私はようやく合点がいった。
旧校舎、というのは、このミズラル学院の敷地の隅に建つ古い建物のことだ。私が聖女候補だった30年前からそれはそこに存在していて、外壁にはびっしりツタが這い、入り口は固く封鎖されていた。
最近、その旧校舎の中で蠢く人影を見た、という生徒が何人もいて「旧校舎に幽霊が出る」と話題になっていた。
学校内でこういう噂は時々発生するものだ。私としてはまったく気にしていなかったのだが、
「あの噂が出たのは、この同好会が発足したのとちょうど同時期ですわ!」
と、マキューシャが言った。
そうだったかしら……?
「なにか関係しているに違いありませんわ! わたくしたちが調べに行かず、誰がやるというのよ。ねえ、ティボルス!」
「うん、まあ、そうだね」
ティボルス王子はあまり乗り気ではないようだが、マキューシャが行くというのなら断るほどの理由はない、といった様子だ。
ファリスもユロもあまり納得がいっていない様子のなか、
「まあ、あなたがたが来ないというのなら別によくってよ。わたくしとティボルスだけでも十分。あなたがたが来るとお荷物になるかもしれないもの。自信がないなら欠席してちょうだい。あ、そうそう、昼を超えるかもしれないから軽食は各自で持参よ。ああ、ティボルスの分だけはわたくしが用意するから心配しないでちょうだい」
と、マキューシャだけが妙に強気にはしゃいでいる。
私はピンときた。
明日は休校日。普通なら、別々の寮にいる男女が顔を合わせるチャンスはない。
つまりは――マキューシャの、ティボルス王子に対する下手すぎるデートの誘いに私たちは巻き込まれているようだ、と。
欠席してもいいというのがなにより本心だろう。私たちが調べに行くべき理由なんて完全にこじづけ。封鎖されていて人気のない旧校舎の周辺へ、なんなら二人きりで行きたいところだが、初めからそれを言うと下心を見透かされそうで恥ずかしい、といったところか。
可愛いところがあるじゃないの、マキューシャ。
「なるほど、そういうことだったんですね。わかりましたわ、マキューシャ様。ええ、是非、私たちも参加致します。ねぇファリス、ユロ」
「もちろんですわ、ジュリエッタお姉さま!」
「みんなみんな参加するっていうなら……行くよ、行く」
私が賛同すると、ファリスは揺るぎない眼で。ユロはさすがにひとりだけ欠席は気まずい、という表情で、頷いた。
「そ、そう……。まあ、今夜ゆっくり考えて無理だと思ったら当日欠席もOKよ! それに、少しでも遅刻したら置いて行きますわよ!」
ウキウキの旧校舎デートから私たちをどうにか排除したいらしいマキューシャが、心が広いんだか狭いんだかよくわからないことを言う。
悪いわね、マキューシャ。ティボルス王子と当日二人きりになれるように私も協力するからそんなに睨まないでよ。
それに――これは、私にとってもいいチャンス。
「ですけど、旧校舎って、生徒だけで入ってはいけないのではありません? 先生の許可を取りませんと……」
そう思っていたら、なんとファリスがキラーパス。助かるわ。
「顧問のアルガス先生についてきていただくのはどうかしら」
と、私。
「えっえっ?! この同好会の、この同好会の顧問てアルガス先生なの?!」
「そうよ、ユロ」
「うんうん、いいと思う! そのほうが安心安心!」
「さすがはジュリエッタお姉さま、私も賛成ですわ」
アルガス先生の隠れファンらしいユロの表情が輝き、ファリスも賛成する。そしてマキューシャも、
「あらいいわね。先生がいらっしゃるなら、二手に分かれて探索するっていうのもできるかもしれないわね」
と、急にニコニコ。
私たちをアルガス先生に押し付ければ、自分はティボルス王子を独占できる、という計算なのだろう。
私も私で、同好会活動にかこつけ女生徒の監視の目が薄い休日にアルガス先生を呼び出し、どうにか二人きりで話をするチャンスを手に入れる、という作戦だ。
明日の旧校舎では、死者の残留思念なんかより生者の欲望のほうがドロドロと渦巻いていそうね、と私は思った。
――その時一緒にいた女の子は何者なの?
学校に通えるようになったらまずそれをドルガマキアに尋ねる予定だったのだが、復帰して一週間経っても果たせずにいた。
まずドルガマキアことアルガス先生に近づくこと自体が以前に比べてさらに困難になっていた。花の洞窟で私を助けた事件を受け、校内のアルガス先生ファンも急増。美形過ぎて性格悪そう、と忌避していた層のハートまでガッチリつかんだらしい。
それに比例して、助けられた当事者である私への嫉妬も急増。秘密の話ができるようアルガス先生とふたりきりになることを画策しようものなら、死を覚悟する必要がある。
まあそこまでは大袈裟だけど、アルガス先生のまわりを固める視線はそれくらい凄まじいってこと。
それに、問題はアルガス先生周辺のガードの固さばかりではない。もとから私にべったりだったファリスが、あの事件以来さらに私の近くから離れなくなった。
アルガス先生との話を他の人に聞かれたくないのはもちろんだけど――私の記憶によれば、一緒にいた女の子はファリスにそっくりだった。
他人の空似、という可能性だってなくはない。あるいは、なんらかの血縁関係があるとか。
ただそれだけという可能性はある。
頭でそう思ってはいても――私はそのことをいまだにファリスには明かせずにいた。
「――では決定ね。明日は朝から旧校舎前に集合。遅刻したら置いていきますわよ!」
「え?」
マキューシャの高らかな宣言に思わず声を上げると、みんなの視線は私に集中した。
うっかり物思いにふけっていたが、今日は週一回の歴史研究同好会の会合日だ。発起人である私とファリス、それに一学年上の聖女候補であるマキューシャとその騎士であるティボルス王子、それに加えて洞窟実習で知り合ったユロも入部して、現在の同好会メンバーは5人。
ティボルス王子が広告塔になってもう少しメンバーが――特に、隠れた聖女候補が――集まるのではないかと思っていたのだが、ティボルス王子とお近づきにはなりたいがマキューシャに睨まれたくはない、という思いが拮抗しているらしく、部員集めも聖女候補探しもいまいちはかどっていない。
「あ……あ、ごめんなさい、ちょっとぼんやりしていて。どうして旧校舎に行くことになったのでしたかしら?」
私が尋ねると、ファリスとユロが困ったように私とマキューシャを交互に見る。どうやら、私が話を聞いていなかったというより、マキューシャが勝手にそう決めたらしい。
「歴史研究同好会としては行くしかありませんでしょう?!」
わかっていないとは困ったものね、とでも言わんばかりにマキューシャが肩をすくめる。
「行くしかないってどうしてですの?」
「幽霊の噂を聞いて、なんとも思わないの?!」
「幽霊? え、え……ああ」
最近校内を賑わせている噂のことか、と私はようやく合点がいった。
旧校舎、というのは、このミズラル学院の敷地の隅に建つ古い建物のことだ。私が聖女候補だった30年前からそれはそこに存在していて、外壁にはびっしりツタが這い、入り口は固く封鎖されていた。
最近、その旧校舎の中で蠢く人影を見た、という生徒が何人もいて「旧校舎に幽霊が出る」と話題になっていた。
学校内でこういう噂は時々発生するものだ。私としてはまったく気にしていなかったのだが、
「あの噂が出たのは、この同好会が発足したのとちょうど同時期ですわ!」
と、マキューシャが言った。
そうだったかしら……?
「なにか関係しているに違いありませんわ! わたくしたちが調べに行かず、誰がやるというのよ。ねえ、ティボルス!」
「うん、まあ、そうだね」
ティボルス王子はあまり乗り気ではないようだが、マキューシャが行くというのなら断るほどの理由はない、といった様子だ。
ファリスもユロもあまり納得がいっていない様子のなか、
「まあ、あなたがたが来ないというのなら別によくってよ。わたくしとティボルスだけでも十分。あなたがたが来るとお荷物になるかもしれないもの。自信がないなら欠席してちょうだい。あ、そうそう、昼を超えるかもしれないから軽食は各自で持参よ。ああ、ティボルスの分だけはわたくしが用意するから心配しないでちょうだい」
と、マキューシャだけが妙に強気にはしゃいでいる。
私はピンときた。
明日は休校日。普通なら、別々の寮にいる男女が顔を合わせるチャンスはない。
つまりは――マキューシャの、ティボルス王子に対する下手すぎるデートの誘いに私たちは巻き込まれているようだ、と。
欠席してもいいというのがなにより本心だろう。私たちが調べに行くべき理由なんて完全にこじづけ。封鎖されていて人気のない旧校舎の周辺へ、なんなら二人きりで行きたいところだが、初めからそれを言うと下心を見透かされそうで恥ずかしい、といったところか。
可愛いところがあるじゃないの、マキューシャ。
「なるほど、そういうことだったんですね。わかりましたわ、マキューシャ様。ええ、是非、私たちも参加致します。ねぇファリス、ユロ」
「もちろんですわ、ジュリエッタお姉さま!」
「みんなみんな参加するっていうなら……行くよ、行く」
私が賛同すると、ファリスは揺るぎない眼で。ユロはさすがにひとりだけ欠席は気まずい、という表情で、頷いた。
「そ、そう……。まあ、今夜ゆっくり考えて無理だと思ったら当日欠席もOKよ! それに、少しでも遅刻したら置いて行きますわよ!」
ウキウキの旧校舎デートから私たちをどうにか排除したいらしいマキューシャが、心が広いんだか狭いんだかよくわからないことを言う。
悪いわね、マキューシャ。ティボルス王子と当日二人きりになれるように私も協力するからそんなに睨まないでよ。
それに――これは、私にとってもいいチャンス。
「ですけど、旧校舎って、生徒だけで入ってはいけないのではありません? 先生の許可を取りませんと……」
そう思っていたら、なんとファリスがキラーパス。助かるわ。
「顧問のアルガス先生についてきていただくのはどうかしら」
と、私。
「えっえっ?! この同好会の、この同好会の顧問てアルガス先生なの?!」
「そうよ、ユロ」
「うんうん、いいと思う! そのほうが安心安心!」
「さすがはジュリエッタお姉さま、私も賛成ですわ」
アルガス先生の隠れファンらしいユロの表情が輝き、ファリスも賛成する。そしてマキューシャも、
「あらいいわね。先生がいらっしゃるなら、二手に分かれて探索するっていうのもできるかもしれないわね」
と、急にニコニコ。
私たちをアルガス先生に押し付ければ、自分はティボルス王子を独占できる、という計算なのだろう。
私も私で、同好会活動にかこつけ女生徒の監視の目が薄い休日にアルガス先生を呼び出し、どうにか二人きりで話をするチャンスを手に入れる、という作戦だ。
明日の旧校舎では、死者の残留思念なんかより生者の欲望のほうがドロドロと渦巻いていそうね、と私は思った。
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