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2章

第15話 生真面目な子には苦労する

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 ミドリナ先生に言われた通り、その後の道のりはなるべくグラシアに無理をさせないよう私が先頭で進んだ。

 危険そうな魔物は先手必勝で片付けていくが、グラシアはライラのお世話役ということもあって責任感が強すぎるのか、守られるばかりを良しとしない性格のようで、少し手こずるとすぐに助っ人に入ってくる。

 まともに戦えるのが私とグラシアしかいないという状況で、グラシアがいればそれだけ戦闘は楽にはなる。しかしグラシアはその分どんどん消耗していく。限界が来たら脱出させればいいだけといえばそうなのだが、ここまで来たら全員一緒に「奇跡の泉」まで辿り着きたい。

 地下書庫で見た通りファリスの防御魔法はかなり強力だが、その分攻撃魔法はほぼ使えない状態らしい。ユロのほうは、学校で習った程度の魔法が使えるようだが発動が遅い上にあらぬ方向へ飛んでいくので、安全のために封印し、主に敵の探索だけを行なってもらうことにしたがその精度もなかなかポンコツで、しまいには応援するのがユロの役目、という状態になった。

 ユロが殊更できないというわけではなく、国立魔法学院の生徒といえどもこの時期の実力はせいぜいこの程度。聖女である私や別のところで魔法を習得しているらしいグラシア、それに防御魔法だけならかなり使えるファリスのほうがむしろ特殊。その特殊なメンバーのなかに混ざって実力不足にも関わらずどうにかここまでついてこられているユロが、ある意味一番すごいと言えるのかもしれない。

 ともあれ、グラシアに無理をさせまいと魔物たちを一撃で葬れるような攻撃魔法を使っていくと、当然ながら魔力効率は悪い。グラシアだけでなく、私まで徐々に魔力の枯渇が心配になってきたころ、グラシアがついに倒れた。

「グラシア!」

 群れで襲ってきた魔物の最後の一匹を倒し、ファリスが作る防御壁のなかで横たわるグラシアに駆け寄る。

 倒れるほどに消耗しているのに強制転移が発動しないのを不思議に思ったのだが、見れば首にしているはずの金の輪がなくなっている。

「グラシア、脱出の首輪はどうしたの?!」
「……捨てました」

 グラシアが掠れるような声で言った。

「捨てた?!」

 首輪はなにもなければ簡単にはずれるようなつくりではないが、金属のひっかけを指ではずせばすぐにとれる。

 安全のためにつけているものである。行動中にうっかりはずれてしまうような事態に対する防御策はしっかりしているが、自分で外すような生徒がいることは想定されていない。

「どうしてそんな……」
「私がグループの最後のひとりです。脱落するわけにはいきません」

 グラシアがそう顔を背ける。

「ライラのため、ライラのためってことでしょっ! でも無理はよくない、よくないよっ!」
「ライラのため……?」

 ユロの言葉に、私ははっとした。

 この実習は基本的にグループ単位で行う。当然、評価もグループ単位だ。グループ内の誰かが3つのアイテムを揃え切れば、そのグループの成果となる。

 聖女候補だと公言している生徒は、大抵の場合、聖女になる意欲が高い。聖女候補であるライラのお世話役であるグラシアとしては、ライラの評価を上げることに協力するのも役目のうち、ということなのだろう。

 聖女なんて――ただの生贄だ。将来有望な女生徒たちがこうして無理をしてまで目指すようなものじゃない。

 それを知っていれば――今ここで言えれば――しかしそれを知っている私は、ただただ歯噛みした。今ここでそれを言うわけにはいかない。そんなことを言った生徒がいるのだと広まれば、私が生贄の水晶から抜け出したことがばれるかもしれない。そうなったらなにもできなくなる。

「緊急脱出魔法の基準が甘すぎるんです」

 グラシアが言った。

「脱出するほどの疲れではありません。少し休めば回復します。皆さんは先に行っていてください」
「そういうわけにはいかないわよ……とりあえずここで少し休憩をとりましょう。グラシア、首輪はどこに捨ててきたの?」

 グラシアがそっぽを向く。

「さきほど曲がり角に差し掛かった時にはまだつけていた気がしますわ」

 と、ファリス。

「その直後に背後に魔物の気配ありってことで立ち止まったんでしたっけ。結局魔物ではなくただの怯えたネズミかなにかだったみたいだけど」

 気配あり、と言い出したのはもちろんユロだ。

「その時にも確かまだ首につけていた気がするわね」
「……場所を聞いて、どうするつもりですか?」
「もちろん取りにいくのよ。このまま最深部まで行ったって、そこから戻れなかったら大変でしょう」
「最深部にはそこ担当の先生が待機しているはずです。奇跡の水をとった後地上に戻してくれるよう頼めばいいかと……」
「自力で戻ることまで含めて実習なのよ、グラシア。大事な脱出の首輪を途中で失くしたということが、最深部まで辿り着いたのと相殺するくらいの減点要素だったらどうするの?」
「…………」

 グラシアの視線が揺らぐ。そこまでは考えていなかったらしい。

「私も無茶はできないけれど、どうにか探してくるわ。どこでどう捨ててきたのか、なるべく詳しく教えてちょうだい」
「…………見つけたとして……私を脱出させたりはしませんか」
「しないわよ。嫌なんでしょう? それに、グラシアがいてくれると私も心強いもの」

 私の言葉に、グラシアはしばらく悩んでいたようだが、やがて口を開いた。

「捨てては……いません」
「え」
「ここに……」

 グラシアは服の下に手を入れ、どうやらウェストベルトに挟んでいたらしい脱出の首輪を取り出した。

「あると言ったら……強引につけられるかと」
「倒れてすぐならそうしていたかもしれないけど……理由があるなら応援するわ。無理のない範囲でね」
「ありがとうございます」
「これ、これ、もう捨てないよう、ユロが預かっておくねっ。ねっ!」

 グラシアの手から、ユロが強引に脱出の首輪を奪い取った。

 それを自分と同じように服の中にしまうユロを見て、グラシアは安堵した様子で息をついた。
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