13 / 21
1章
第11話 魔物は白昼夢? だけど捜していたものは
しおりを挟む
魔物が追ってこないかを気にしながらも、振り返る余裕もなく全力疾走で入り口のほうへ戻ると、ティボルス王子がマキューシャに壁ドンされているところだった。
言い間違いではないことを示すためにもう一度言うと、ティボルス王子がマキューシャに壁ドンされていた、だ。ちなみに両手壁ドンだった。
「マキューシャ、ほら、戻ってきたようだよ」
ほっとした表情でこちらを指差すティボルス王子。もちろんマキューシャは苦虫を噛み潰したような顔で私を睨む。
体勢からしてキスでも迫っていたのかしら?
しかしこっちはそれどころではない。
「ティボルス様、魔物が……」
「魔物?」
「魔物が現れたんです……!」
「え」
「小部屋の天井まで届くほどの、大きく凶暴な魔物です! すぐにここから出ましょう! とりあえず地下書庫の出入り口を厳重に封鎖して、魔物退治の要請を……」
「ま、待って、待ってくれ、ジュリエッタ。ミズラル学院には強力な退魔の結界が張ってある。邪悪なものは入れないよ」
「それを突破するほど強力な魔物だったということです!」
「そんな強い魔物が結界を通過すれば防げないまでもすぐにわかる。ましてこの地下書庫は、出入りする者を厳重に管理している。魔物なんか入る隙もないはずだ」
「ですが……」
退魔の結界、も正直怪しいものだ。現に、この国の最大の災いであるドルガマキアが今や学院の教師として入りこんでいるというのに、私以外誰も気づいた様子がない。
「ティボルスの気を引くための嘘なのじゃありませんこと?」
マキューシャが言った。
……は?
「まったく、姑息な手を使うわねえ。伝説の聖女様にあやかっているのはどうやら名前だけのようね、ジュリエッタ。人に偉そうにお門違いのアドバイスなんかしておいて、結局自分がティボルスに近づきたいだけじゃない」
……あのね……
いくらティボルス王子が好きだからって、言っていいことと悪いことがあるのよ。
わかってる? わかってないわよね。わからせてやろうか。
「………………それか、夢でも見た、とか? ほら、この中って薄暗いもの。一瞬寝ちゃったのじゃないのかしら。そういうことも、うん、あるわよ、ね」
私と目が合ったマキューシャが、急に気まずそうな表情でモゴモゴと付け加えた。どうも、口よりも顔で物を言ってしまうようだ、私は。両手を頬にあて表情筋をほぐし、ティボルス王子の方を向く。
「夢などではありません、本当に……」
「とりあえず、その、魔物が出たというところはどこ? 僕も行ってみるよ」
「危険です!」
私としてはとにかく全員安全なところまで逃したかったのだが、ティボルス王子は様子を見に行くと言って聞かない。
結局、道案内と称して私とファリスもティボルス王子に同行し、あの小部屋へ戻ることにした。もちろんマキューシャも一緒だ。
そして戻ったあの隠し小部屋には――魔物はいなかった。
それどころか、ビリビリに破かれた無数の本もなかった。何冊もの本が床に乱雑に積まれているが、それは先ほどと同じまま。魔物の気配も、わたしたちが応戦した痕跡も、なにもない。落っことしたままだったはずのランプも消えていた。
「こんなところにこんな部屋があったんだね。随分散らかっているな。番人め、奥の方の管理をさぼっているな」
ティボルス王子が、私が気にしているのとは別のところに眉をひそめる。
「ほーらほら、わたくしが言った通りだったでしょう? 夢よ、夢。もしくは妄想よ!」
マキューシャは浮かれている。私はそれを横目で睨んだが、マキューシャはあさっての方向を向いて、私と目を合わせないようにしている。
「古い本の表紙や紙には、今は禁止されている魔法や薬剤が使われていることがあるから……幻覚作用のある本でも開いてしまったんだと思うよ。読んだ相手を呪殺するような魔法がかけられた本もあるというし、なんにしてもふたりが無事でよかったよ」
ティボルス王子が私とファリスに向かって、フォローするようにそう言った。
気持ちは嬉しいが、違う。
魔物は本当にいた。
この小部屋の中で、床に積まれた本の山は確かに相変わらずだ。しかし積んである本が私の記憶とは少し違う。それになにより――そこにあったはずの白い花が、どこにも見当たらなくなっている。
こんな短時間で、私たち以外には誰もいないはずなのにどうして片付いているのか、全然意味がわからない。
だけど。
「そう……ですわね。薄暗くて怖くてとても不安になっていましたし……そういうときにはありもしないものをあたかもあったかのように思い込んでしまうって言いますものね。あれは幻覚だったのですね、お姉さま」
ファリスは相変わらずの素直さで、ティボルス王子の言ったことをすっかり受け入れているようだ。
こうなると、私一人で魔物は本当にいた、と、いくら言い張っても無駄だろう。
「……そうですわね。お騒がせしてごめんなさいティボルス様、マキューシャ様」
私は肩を落とし、そう言った。
「いいよ、急に幻覚を見るなんて、よくあることさ」
ないわよ。
「このあたりは危ないようだから、あまり奥まで行かないほうがいいかもしれないね。次から気をつけよう。じゃあ、そろそろ出ようか」
ティボルス王子のその一言で、これ以上ここに留まる理由はなくなった。
怖いから、と懇願してくるファリスと手を繋ぎ、ティボルス王子とマキューシャの後を歩きながら、私は制服のお腹の辺りを軽く撫でる。
そこには先ほど逃げる時に小部屋から持ち出した小さな本が、制服のウェストを止めるベルトと服の隙間に挟まれている。
これこそが――ドルガマキア討伐のための重要なヒントが書かれている本だ。
私が聖女候補だった時、ドルガマキアを討伐することを目標としていたロミリオ様と私には有形無形の妨害があった。それが私たち個人への私怨によるものなのか、王国内に一定数いるというドルガマキアの狂信者たちによるものなのかは結局最後までわからなかったが――目立つ目印、わかりやすすぎるヒントではその妨害者たちの手により破壊されてしまう懸念があった。
だから、ロミリオ様にだけ伝わるようにと遠回りな目印を置いた。
白い花は正義を示す。大きくなくても――大義でなく、小さくても、本当に正しいことを。誰もが見向きもしないような片隅でも主張し続ける自分でいたいと。王位継承者とも思えぬロミリオ様の若くロマンティックな正義感に、目を潤ませた。ロミリオ様が思う正義と同じように、重要なヒントも片隅の小さな本にある――そういう意味を込めた白い花だった。
ロミリオ様になら、きっとわかってもらえる。
そう思った。
その時は。
はあ。
わかってもらえるかもらえないか、を心配する前に、ロミリオ様の性格をもっと考慮にいれておくべきだった。
どうせ、地下書庫は私との思い出がありすぎて、つらいから近づけない、とかだったんでしょうね。
――――ヘタレめ!
言い間違いではないことを示すためにもう一度言うと、ティボルス王子がマキューシャに壁ドンされていた、だ。ちなみに両手壁ドンだった。
「マキューシャ、ほら、戻ってきたようだよ」
ほっとした表情でこちらを指差すティボルス王子。もちろんマキューシャは苦虫を噛み潰したような顔で私を睨む。
体勢からしてキスでも迫っていたのかしら?
しかしこっちはそれどころではない。
「ティボルス様、魔物が……」
「魔物?」
「魔物が現れたんです……!」
「え」
「小部屋の天井まで届くほどの、大きく凶暴な魔物です! すぐにここから出ましょう! とりあえず地下書庫の出入り口を厳重に封鎖して、魔物退治の要請を……」
「ま、待って、待ってくれ、ジュリエッタ。ミズラル学院には強力な退魔の結界が張ってある。邪悪なものは入れないよ」
「それを突破するほど強力な魔物だったということです!」
「そんな強い魔物が結界を通過すれば防げないまでもすぐにわかる。ましてこの地下書庫は、出入りする者を厳重に管理している。魔物なんか入る隙もないはずだ」
「ですが……」
退魔の結界、も正直怪しいものだ。現に、この国の最大の災いであるドルガマキアが今や学院の教師として入りこんでいるというのに、私以外誰も気づいた様子がない。
「ティボルスの気を引くための嘘なのじゃありませんこと?」
マキューシャが言った。
……は?
「まったく、姑息な手を使うわねえ。伝説の聖女様にあやかっているのはどうやら名前だけのようね、ジュリエッタ。人に偉そうにお門違いのアドバイスなんかしておいて、結局自分がティボルスに近づきたいだけじゃない」
……あのね……
いくらティボルス王子が好きだからって、言っていいことと悪いことがあるのよ。
わかってる? わかってないわよね。わからせてやろうか。
「………………それか、夢でも見た、とか? ほら、この中って薄暗いもの。一瞬寝ちゃったのじゃないのかしら。そういうことも、うん、あるわよ、ね」
私と目が合ったマキューシャが、急に気まずそうな表情でモゴモゴと付け加えた。どうも、口よりも顔で物を言ってしまうようだ、私は。両手を頬にあて表情筋をほぐし、ティボルス王子の方を向く。
「夢などではありません、本当に……」
「とりあえず、その、魔物が出たというところはどこ? 僕も行ってみるよ」
「危険です!」
私としてはとにかく全員安全なところまで逃したかったのだが、ティボルス王子は様子を見に行くと言って聞かない。
結局、道案内と称して私とファリスもティボルス王子に同行し、あの小部屋へ戻ることにした。もちろんマキューシャも一緒だ。
そして戻ったあの隠し小部屋には――魔物はいなかった。
それどころか、ビリビリに破かれた無数の本もなかった。何冊もの本が床に乱雑に積まれているが、それは先ほどと同じまま。魔物の気配も、わたしたちが応戦した痕跡も、なにもない。落っことしたままだったはずのランプも消えていた。
「こんなところにこんな部屋があったんだね。随分散らかっているな。番人め、奥の方の管理をさぼっているな」
ティボルス王子が、私が気にしているのとは別のところに眉をひそめる。
「ほーらほら、わたくしが言った通りだったでしょう? 夢よ、夢。もしくは妄想よ!」
マキューシャは浮かれている。私はそれを横目で睨んだが、マキューシャはあさっての方向を向いて、私と目を合わせないようにしている。
「古い本の表紙や紙には、今は禁止されている魔法や薬剤が使われていることがあるから……幻覚作用のある本でも開いてしまったんだと思うよ。読んだ相手を呪殺するような魔法がかけられた本もあるというし、なんにしてもふたりが無事でよかったよ」
ティボルス王子が私とファリスに向かって、フォローするようにそう言った。
気持ちは嬉しいが、違う。
魔物は本当にいた。
この小部屋の中で、床に積まれた本の山は確かに相変わらずだ。しかし積んである本が私の記憶とは少し違う。それになにより――そこにあったはずの白い花が、どこにも見当たらなくなっている。
こんな短時間で、私たち以外には誰もいないはずなのにどうして片付いているのか、全然意味がわからない。
だけど。
「そう……ですわね。薄暗くて怖くてとても不安になっていましたし……そういうときにはありもしないものをあたかもあったかのように思い込んでしまうって言いますものね。あれは幻覚だったのですね、お姉さま」
ファリスは相変わらずの素直さで、ティボルス王子の言ったことをすっかり受け入れているようだ。
こうなると、私一人で魔物は本当にいた、と、いくら言い張っても無駄だろう。
「……そうですわね。お騒がせしてごめんなさいティボルス様、マキューシャ様」
私は肩を落とし、そう言った。
「いいよ、急に幻覚を見るなんて、よくあることさ」
ないわよ。
「このあたりは危ないようだから、あまり奥まで行かないほうがいいかもしれないね。次から気をつけよう。じゃあ、そろそろ出ようか」
ティボルス王子のその一言で、これ以上ここに留まる理由はなくなった。
怖いから、と懇願してくるファリスと手を繋ぎ、ティボルス王子とマキューシャの後を歩きながら、私は制服のお腹の辺りを軽く撫でる。
そこには先ほど逃げる時に小部屋から持ち出した小さな本が、制服のウェストを止めるベルトと服の隙間に挟まれている。
これこそが――ドルガマキア討伐のための重要なヒントが書かれている本だ。
私が聖女候補だった時、ドルガマキアを討伐することを目標としていたロミリオ様と私には有形無形の妨害があった。それが私たち個人への私怨によるものなのか、王国内に一定数いるというドルガマキアの狂信者たちによるものなのかは結局最後までわからなかったが――目立つ目印、わかりやすすぎるヒントではその妨害者たちの手により破壊されてしまう懸念があった。
だから、ロミリオ様にだけ伝わるようにと遠回りな目印を置いた。
白い花は正義を示す。大きくなくても――大義でなく、小さくても、本当に正しいことを。誰もが見向きもしないような片隅でも主張し続ける自分でいたいと。王位継承者とも思えぬロミリオ様の若くロマンティックな正義感に、目を潤ませた。ロミリオ様が思う正義と同じように、重要なヒントも片隅の小さな本にある――そういう意味を込めた白い花だった。
ロミリオ様になら、きっとわかってもらえる。
そう思った。
その時は。
はあ。
わかってもらえるかもらえないか、を心配する前に、ロミリオ様の性格をもっと考慮にいれておくべきだった。
どうせ、地下書庫は私との思い出がありすぎて、つらいから近づけない、とかだったんでしょうね。
――――ヘタレめ!
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
転生悪役令嬢は、どうやら世界を救うために立ち上がるようです
戸影絵麻
ファンタジー
高校1年生の私、相良葵は、ある日、異世界に転生した。待っていたのは、婚約破棄という厳しい現実。ところが、王宮を追放されかけた私に、世界を救えという極秘任務が与えられ…。
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
あまたある産声の中で‼~『氏名・使命』を奪われた最凶の男は、過去を追い求めない~
最十 レイ
ファンタジー
「お前の『氏名・使命』を貰う」
力を得た代償に己の名前とすべき事を奪われ、転生を果たした名も無き男。
自分は誰なのか? 自分のすべき事は何だったのか? 苦悩する……なんて事はなく、忘れているのをいいことに持前のポジティブさと破天荒さと卑怯さで、時に楽しく、時に女の子にちょっかいをだしながら、思いのまま生きようとする。
そんな性格だから、ちょっと女の子に騙されたり、ちょっと監獄に送られたり、脱獄しようとしてまた捕まったり、挙句の果てに死刑にされそうになったり⁈
身体は変形と再生を繰り返し、死さえも失った男は、生まれ持った拳でシリアスをぶっ飛ばし、己が信念のもとにキメるところはきっちりキメて突き進む。
そんな『自由』でなければ勝ち取れない、名も無き男の生き様が今始まる!
※この作品はカクヨムでも投稿中です。
戦国陰陽師2 〜自称・安倍晴明の子孫は、ぶっちゃけ長生きするよりまず美味しいご飯が食べたいんですが〜
水城真以
ファンタジー
「神様って、割とひどい。」
第六天魔王・織田信長の専属陰陽師として仕えることになった明晴。毎日美味しいご飯を屋根の下で食べられることに幸せを感じていた明晴だったが、ある日信長から「蓮見家の一の姫のもとに行け」と出張命令が下る。
蓮見家の一の姫──初音の異母姉・菫姫が何者かに狙われていると知った明晴と初音は、紅葉とともに彼女の警護につくことに。
菫姫が狙われる理由は、どうやら菫姫の母・長瀬の方の実家にあるようで……。
はたして明晴は菫姫を守ることができるのか!?
冷遇されている令嬢に転生したけど図太く生きていたら聖女に成り上がりました
富士山のぼり
恋愛
何処にでもいる普通のOLである私は事故にあって異世界に転生した。
転生先は入り婿の駄目な父親と後妻である母とその娘にいびられている令嬢だった。
でも現代日本育ちの図太い神経で平然と生きていたらいつの間にか聖女と呼ばれるようになっていた。
別にそんな事望んでなかったんだけど……。
「そんな口の利き方を私にしていいと思っている訳? 後悔するわよ。」
「下らない事はいい加減にしなさい。後悔する事になるのはあなたよ。」
強気で物事にあまり動じない系女子の異世界転生話。
※小説家になろうの方にも掲載しています。あちらが修正版です。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。
SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない?
その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。
ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。
せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。
こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる