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1章
第6話 今さら照れたりしませんが?
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「できるわけがあるか」
ドルガマキア自身が生贄の聖女の騎士になることはできるのか。
私がそう尋ねた時のドルガマキアの答えは簡潔だった。
まあ、そりゃそうよね。
――1年空組の教室で行われた初めてのホームルームはすごいことになった。
ミズラル学院の生徒の男女比はほぼ同数だが、寮はもちろん、クラスや校舎については完全に男女が分かれている。
私の所属する1年空組は当然女生徒だけのクラスだが、そこにドルガマキアの化身であるアルガス先生が――広い世界を見渡しても二人といないような超絶イケメンが――現れたのだ。
途端に教室内は阿鼻叫喚の嵐。失神する生徒までいた。
周囲がどう騒ごうと知らん顔で淡々と連絡事項を読み上げるアルガス先生を前に、やむなく私が浮き足だった生徒たちに指示を出し、失神者の手当てやらなにやら行った。
その流れで、空組のクラス委員は私、ということになった。
生徒の半分以上が使い物にならないなか「このクラスの代表を務められるのは、ジュリエッタお姉さまをおいて他にありませんわ!」と、知り合ったばかりの天然美少女ファリスによる強烈な推薦があり、断る暇もなかった格好だ。
正直なところあまり目立つ立場にはなりたくなかったのだが、なってしまったものは仕方ない。クラス委員を務めるにあたり先生のお話をお聞きしておきたいので、と、多少強引に理由をつけ、アルガス先生の教官室までついてきた。アルガス先生、いえ、ドルガマキアには、色々と確認しておきたいことがあったのだ。
役職にかこつけてアルガス先生に接近しやがって、という周囲の視線がなかなか痛かったが、聖女候補であるという立場からロミリオ様と急接近した際に一度経験済みの視線ではある。あの頃よりも、ロミリオ様の王子としてのお立場、とか、それでも抑えきれない自分の秘めた恋心、などを一切考慮しなくて良いぶん、話は簡単だ。
……歳をとるとずうずうしくなるっていうのは、こういうことなのかしら。
ドルガマキアに明らかに惹かれている様子だったファリスのことだけが心配だったけれど、ちらりと見た限りは笑顔で送り出してくれた。もし思うところがあっても顔には出さない性格なのだろう。
本当にいい子だ。ああいう子が犠牲になるようなことは、断固として避けなければ。
「ドルガマキア、もう一つ聞きたいことが……むぐ」
ドルガマキアの手が、私の口をふさいだ。
この教官室全体に漂う香りがさらに強くに漂ってくる。
生贄の神殿でもわずかにしたような気がするが、ここではさらに濃厚だ。なにかの花が咲いたような香り。少しいい匂いに感じるのが悔しい。
「ここではアルガスだ。アルガス先生、だろう。我輩の正体がバレて困るのはお前のほうじゃないのか、ジュリエッタ」
「わかってるわよ。ちょっとうっかりしただけ。大体、それがわかっているのなら事前に連絡くらいくれてもいいでしょ。うっかりみんなの前で名前を呼んでしまったらどうするつもりだったのよ」
「お前だってここへ来て何をするつもりなのか我輩に秘密にしているではないか……なんだジュリエッタ、赤くなっているぞ。照れているのか?」
「……あなたが少し強く抑えすぎただけよ、アルガス先生」
私は両手で頬を押さえながら答えた。たしかに少し熱くなっているような気がするが、これも多分強く押さえられたことによる生理反応だ。
ドルガマキアとは精神世界の中で30年もの間ふたりきり。私から「苦痛」を吸収するための肌の接触なんか日常茶飯事だった。今さら緊張するようなことなんてないはずなんだけど。
「それより、よ。ファリスって聖女候補なの?」
「さあな」
「それくらい教えてくれたっていいでしょ。あなたが隠してたってファリスから聞けばわかることなんだし」
「そう言うならその娘に訊けばいいだろう。我輩は知らん」
「知らないの? 教師なのに?」
「聖女候補を把握している教師は一握りだ。全員が聖女候補であると思って指導しろ、というのがこいつらのルールのようだな」
「うーん、そういえば私のときもそうだったかも。私のときは途中からほとんどバレてたから……じゃあ、ドルガマ……じゃない、アルガス先生から見てどう?」
「どう、とは?」
「彼女が聖女だったらどう、ってこと。嬉しいんじゃない?」
「なぜそう思う?」
「だってすごい美少女じゃない。性格も良さそうだし、根性もありそう。好みのタイプじゃない?」
「なんだ、嫉妬しているのか、ジュリエッ……いや、なんでもない」
私が何か言う前に、アルガス先生が発言を取り消してきた。言われた瞬間顔が引き攣った気がするが、よほどすごい表情になっていたのかもしれない。
表情筋をもみほぐしながら、私は次の手はずについて考える。
余計なオマケはついてきたけど、とにかくミズラル学院に入り込むことには成功した。一つ上の学年の聖女であるマキューシャと、ロミリオ様の息子のティボルス王子も確認できたし、同学年の聖女候補と思われるファリスとも仲良くなった。
しかし、まだまだ情報は足りない。私の時も聖女候補は学年に複数名いた。聖女として選ばれるのは大抵2学年の聖女候補だった。もっとも、他にふさわしいものがいない場合、緊急避難的に3年生や卒業生、あるいは聖女としての教育を終える前の1年生から選ばれることもある。私がそうだった。
新たな聖女を選ぶという話が出たのはつい最近のことだと聞く。となるとおそらくそれまでの聖女教育は、多少なりとも形式的なおざなりなものになっていたはず。つまり、今現在ミズラル学院に在籍している聖女候補のなかに、本命がいる。
最終的な聖女の選抜に公式の選抜会のようなものはない。学院での成績、それに城の神官たちによる内偵の結果などから選んでいるようだ。私の時にも、内偵の神官と思われる不審者が周囲をウロウロしていた。
まずは聖女候補を、特に本命の聖女候補を見つけて接近する。その彼女の周囲には神官たちが勝手に群がってくるはずだ。そこからなにか内情が探れるかもしれない。
しかし――聖女候補であることを隠す女生徒も多いなか、いったいどうすれば?
ドルガマキア自身が生贄の聖女の騎士になることはできるのか。
私がそう尋ねた時のドルガマキアの答えは簡潔だった。
まあ、そりゃそうよね。
――1年空組の教室で行われた初めてのホームルームはすごいことになった。
ミズラル学院の生徒の男女比はほぼ同数だが、寮はもちろん、クラスや校舎については完全に男女が分かれている。
私の所属する1年空組は当然女生徒だけのクラスだが、そこにドルガマキアの化身であるアルガス先生が――広い世界を見渡しても二人といないような超絶イケメンが――現れたのだ。
途端に教室内は阿鼻叫喚の嵐。失神する生徒までいた。
周囲がどう騒ごうと知らん顔で淡々と連絡事項を読み上げるアルガス先生を前に、やむなく私が浮き足だった生徒たちに指示を出し、失神者の手当てやらなにやら行った。
その流れで、空組のクラス委員は私、ということになった。
生徒の半分以上が使い物にならないなか「このクラスの代表を務められるのは、ジュリエッタお姉さまをおいて他にありませんわ!」と、知り合ったばかりの天然美少女ファリスによる強烈な推薦があり、断る暇もなかった格好だ。
正直なところあまり目立つ立場にはなりたくなかったのだが、なってしまったものは仕方ない。クラス委員を務めるにあたり先生のお話をお聞きしておきたいので、と、多少強引に理由をつけ、アルガス先生の教官室までついてきた。アルガス先生、いえ、ドルガマキアには、色々と確認しておきたいことがあったのだ。
役職にかこつけてアルガス先生に接近しやがって、という周囲の視線がなかなか痛かったが、聖女候補であるという立場からロミリオ様と急接近した際に一度経験済みの視線ではある。あの頃よりも、ロミリオ様の王子としてのお立場、とか、それでも抑えきれない自分の秘めた恋心、などを一切考慮しなくて良いぶん、話は簡単だ。
……歳をとるとずうずうしくなるっていうのは、こういうことなのかしら。
ドルガマキアに明らかに惹かれている様子だったファリスのことだけが心配だったけれど、ちらりと見た限りは笑顔で送り出してくれた。もし思うところがあっても顔には出さない性格なのだろう。
本当にいい子だ。ああいう子が犠牲になるようなことは、断固として避けなければ。
「ドルガマキア、もう一つ聞きたいことが……むぐ」
ドルガマキアの手が、私の口をふさいだ。
この教官室全体に漂う香りがさらに強くに漂ってくる。
生贄の神殿でもわずかにしたような気がするが、ここではさらに濃厚だ。なにかの花が咲いたような香り。少しいい匂いに感じるのが悔しい。
「ここではアルガスだ。アルガス先生、だろう。我輩の正体がバレて困るのはお前のほうじゃないのか、ジュリエッタ」
「わかってるわよ。ちょっとうっかりしただけ。大体、それがわかっているのなら事前に連絡くらいくれてもいいでしょ。うっかりみんなの前で名前を呼んでしまったらどうするつもりだったのよ」
「お前だってここへ来て何をするつもりなのか我輩に秘密にしているではないか……なんだジュリエッタ、赤くなっているぞ。照れているのか?」
「……あなたが少し強く抑えすぎただけよ、アルガス先生」
私は両手で頬を押さえながら答えた。たしかに少し熱くなっているような気がするが、これも多分強く押さえられたことによる生理反応だ。
ドルガマキアとは精神世界の中で30年もの間ふたりきり。私から「苦痛」を吸収するための肌の接触なんか日常茶飯事だった。今さら緊張するようなことなんてないはずなんだけど。
「それより、よ。ファリスって聖女候補なの?」
「さあな」
「それくらい教えてくれたっていいでしょ。あなたが隠してたってファリスから聞けばわかることなんだし」
「そう言うならその娘に訊けばいいだろう。我輩は知らん」
「知らないの? 教師なのに?」
「聖女候補を把握している教師は一握りだ。全員が聖女候補であると思って指導しろ、というのがこいつらのルールのようだな」
「うーん、そういえば私のときもそうだったかも。私のときは途中からほとんどバレてたから……じゃあ、ドルガマ……じゃない、アルガス先生から見てどう?」
「どう、とは?」
「彼女が聖女だったらどう、ってこと。嬉しいんじゃない?」
「なぜそう思う?」
「だってすごい美少女じゃない。性格も良さそうだし、根性もありそう。好みのタイプじゃない?」
「なんだ、嫉妬しているのか、ジュリエッ……いや、なんでもない」
私が何か言う前に、アルガス先生が発言を取り消してきた。言われた瞬間顔が引き攣った気がするが、よほどすごい表情になっていたのかもしれない。
表情筋をもみほぐしながら、私は次の手はずについて考える。
余計なオマケはついてきたけど、とにかくミズラル学院に入り込むことには成功した。一つ上の学年の聖女であるマキューシャと、ロミリオ様の息子のティボルス王子も確認できたし、同学年の聖女候補と思われるファリスとも仲良くなった。
しかし、まだまだ情報は足りない。私の時も聖女候補は学年に複数名いた。聖女として選ばれるのは大抵2学年の聖女候補だった。もっとも、他にふさわしいものがいない場合、緊急避難的に3年生や卒業生、あるいは聖女としての教育を終える前の1年生から選ばれることもある。私がそうだった。
新たな聖女を選ぶという話が出たのはつい最近のことだと聞く。となるとおそらくそれまでの聖女教育は、多少なりとも形式的なおざなりなものになっていたはず。つまり、今現在ミズラル学院に在籍している聖女候補のなかに、本命がいる。
最終的な聖女の選抜に公式の選抜会のようなものはない。学院での成績、それに城の神官たちによる内偵の結果などから選んでいるようだ。私の時にも、内偵の神官と思われる不審者が周囲をウロウロしていた。
まずは聖女候補を、特に本命の聖女候補を見つけて接近する。その彼女の周囲には神官たちが勝手に群がってくるはずだ。そこからなにか内情が探れるかもしれない。
しかし――聖女候補であることを隠す女生徒も多いなか、いったいどうすれば?
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