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1章
第4話 伝説より美少女
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驚いたことに、三十年経ってもミズラル学院の校長はマケイア・マッカラン先生のままだった。
記憶のなかのマッカラン先生もすでに十分おじいちゃんだったけれど、壇上で話をしているマッカラン先生はさらにおじいちゃんだ。
今にも倒れるんじゃないか、とはらはらしながら見ていたけれど、
「……あなたたちを心から歓迎します。このミズラル学院で有意義な日々を過ごされますよう、心からお祈り申し上げます」
と、深々と一礼し壇上から降りる様子は矍鑠としていた。
満場の拍手はただの儀礼的なそれを超えている。
他国にも名の響いた偉大な魔法使いであり、この国最高の魔法教師でありながら、マッカラン先生には偉ぶったところがない。誰に対しても丁寧な態度で、決まりごとには厳しいけれど、生徒の話にはよく耳を傾けてくれる。そんなマッカラン先生は昔から生徒たちの尊敬を集めていた。どうやら三十年経ってもそれは変わらないらしい。
…………。
……ドルガマキアからの情報によれば、隠れた趣味はマニアックなエロ本の蒐集家らしいけど……
……………………。
…………どういう方向にマニアックなのかしら…………。
今となっては皺だらけだけど、著作についている肖像画を信じるのならば若いころはかなりのイケメンだったはず。歳をとってもその面影は残っており、少し歳の行ったロマンスグレーというところ。一部の女生徒にはただの尊敬以上の人気があった。本気のラブレターを渡した同級生もひとりやふたりではない。
それなのにずっと独身だったのは、教育に生涯を捧げたから、とか、大恋愛をした相手と死に別れをして二度と恋はしないと誓った、とか、色々な噂が流れていたけれど。
もしかしてマニアックさが原因で……?
……いえ、いやね。そういうことを追求するのはやめましょ。
誰にだって隠れた趣味くらいあるわ、うんうん。
「あの……」
「えっ? はい」
横から声をかけられて、慌ててそちらを見た。
私と同じくらいだが少し背の低い女生徒が、おどおどした様子で私を見上げている。
それがまあ――見たこともないような美少女だった。
白くてきめ細かい肌はまるでそれ自体が発光しているようで、肩よりも少し長い亜麻色の髪は毛先がくるんとまるまっている。
はしばみ色の瞳はきらきらと輝いていて、見ているだけで吸い込まれそうだ。
これは――――さては――――
「一年空組の教室にはどうやって行けば……」
「えっ? えっ?」
「す、すみません、私、トロくさくて……気がついたらまわりに人がいなくて……」
言われて周囲を見回してみれば、入学式をやっていた講堂のなかはすでにがらんとしている。出口の向こうに新入生たちの後ろ姿が見えたが、それもすぐに行ってしまった。
「すみません……入学初日からこんなダメな生徒なんか、ミズラル学院にはいないですよね……」
美少女が涙ぐむ。
こんなことで?! と思ってしまうが、同性であっても美しい物には弱いというのが人の常。そしてそれ以上に、若い子を泣かせてしまったという罪悪感で、私は慌ててフォローする。
「だ、大丈夫、全然大丈夫よ! 取り残されちゃったのは私も同じだし」
「え?」
美少女がきょとんとした表情になる。そういう顔まで可愛らしい。
「先輩……じゃないんですか?」
「えっ」
ドキッとした。
「違う違う、私も新入生よ。あなたと同じ」
「! すみません! 大人っぽい雰囲気だったのでてっきり……!」
美少女が大慌てで頭を下げてきた。
しかし。
するどい。
私が聖女になったのミズラル学院高等部2年になってすぐのことだったので、肉体的にも実際の新入生より一年年上だ。
その上、生きてきた年数となると三倍近い。
三倍……
その言葉の重みに思わず落ち込んだ。
「あ、あの……?」
美少女が申し訳なさそうな顔で私を覗き込んでくる。
「すみません、私……」
どうやら、自分が言ったことで私を傷つけてしまったのではないかと心配しているらしい。
なんていい子なのかしら……
「大丈夫、なんでもないわ。新入生同士よろしくね。私はジュリエッタ。ジュリエッタ・リースよ。あなたは?」
「わ、私はファリスです。ファリス・ハリスと言います。これからよろしくお願いします、ジュリエッタさん」
「呼び捨てでいいわよ。私もファリスって呼んでいい?」
「もちろんです! ジュリエッタ……素敵な名前。伝説の聖女と同じですね」
まあ本人なんですけどね。
「王都じゃ石を投げれば当たる名前だけどね」
「でもこれまで会ってきた誰よりも似合ってます! 伝説の聖女も美しい人だったと言いますけど、きっとジュリエッタさんみたいな方だったんでしょうね」
いやまあそりゃあ本人ですからね。
「あなたほどじゃないわよ、ファリス。美少女すぎて見た時びっくりしちゃったもの」
軽い気持ちでそう返すと、ファリスは首まで真っ赤になってうつむいた。
美少女にそういう反応をされて、私のほうまでつい赤くなってしまった。
……一体なにがはじまろうとしているの、コレ。
「おいそこ、いつまでおしゃべりしている?」
背後から男の声がした。
聞き慣れた声に、私は一瞬で青ざめて背後を振り向く。
「ドル……!」
ドルガマキアの化身である男の姿が、そこにあった。
記憶のなかのマッカラン先生もすでに十分おじいちゃんだったけれど、壇上で話をしているマッカラン先生はさらにおじいちゃんだ。
今にも倒れるんじゃないか、とはらはらしながら見ていたけれど、
「……あなたたちを心から歓迎します。このミズラル学院で有意義な日々を過ごされますよう、心からお祈り申し上げます」
と、深々と一礼し壇上から降りる様子は矍鑠としていた。
満場の拍手はただの儀礼的なそれを超えている。
他国にも名の響いた偉大な魔法使いであり、この国最高の魔法教師でありながら、マッカラン先生には偉ぶったところがない。誰に対しても丁寧な態度で、決まりごとには厳しいけれど、生徒の話にはよく耳を傾けてくれる。そんなマッカラン先生は昔から生徒たちの尊敬を集めていた。どうやら三十年経ってもそれは変わらないらしい。
…………。
……ドルガマキアからの情報によれば、隠れた趣味はマニアックなエロ本の蒐集家らしいけど……
……………………。
…………どういう方向にマニアックなのかしら…………。
今となっては皺だらけだけど、著作についている肖像画を信じるのならば若いころはかなりのイケメンだったはず。歳をとってもその面影は残っており、少し歳の行ったロマンスグレーというところ。一部の女生徒にはただの尊敬以上の人気があった。本気のラブレターを渡した同級生もひとりやふたりではない。
それなのにずっと独身だったのは、教育に生涯を捧げたから、とか、大恋愛をした相手と死に別れをして二度と恋はしないと誓った、とか、色々な噂が流れていたけれど。
もしかしてマニアックさが原因で……?
……いえ、いやね。そういうことを追求するのはやめましょ。
誰にだって隠れた趣味くらいあるわ、うんうん。
「あの……」
「えっ? はい」
横から声をかけられて、慌ててそちらを見た。
私と同じくらいだが少し背の低い女生徒が、おどおどした様子で私を見上げている。
それがまあ――見たこともないような美少女だった。
白くてきめ細かい肌はまるでそれ自体が発光しているようで、肩よりも少し長い亜麻色の髪は毛先がくるんとまるまっている。
はしばみ色の瞳はきらきらと輝いていて、見ているだけで吸い込まれそうだ。
これは――――さては――――
「一年空組の教室にはどうやって行けば……」
「えっ? えっ?」
「す、すみません、私、トロくさくて……気がついたらまわりに人がいなくて……」
言われて周囲を見回してみれば、入学式をやっていた講堂のなかはすでにがらんとしている。出口の向こうに新入生たちの後ろ姿が見えたが、それもすぐに行ってしまった。
「すみません……入学初日からこんなダメな生徒なんか、ミズラル学院にはいないですよね……」
美少女が涙ぐむ。
こんなことで?! と思ってしまうが、同性であっても美しい物には弱いというのが人の常。そしてそれ以上に、若い子を泣かせてしまったという罪悪感で、私は慌ててフォローする。
「だ、大丈夫、全然大丈夫よ! 取り残されちゃったのは私も同じだし」
「え?」
美少女がきょとんとした表情になる。そういう顔まで可愛らしい。
「先輩……じゃないんですか?」
「えっ」
ドキッとした。
「違う違う、私も新入生よ。あなたと同じ」
「! すみません! 大人っぽい雰囲気だったのでてっきり……!」
美少女が大慌てで頭を下げてきた。
しかし。
するどい。
私が聖女になったのミズラル学院高等部2年になってすぐのことだったので、肉体的にも実際の新入生より一年年上だ。
その上、生きてきた年数となると三倍近い。
三倍……
その言葉の重みに思わず落ち込んだ。
「あ、あの……?」
美少女が申し訳なさそうな顔で私を覗き込んでくる。
「すみません、私……」
どうやら、自分が言ったことで私を傷つけてしまったのではないかと心配しているらしい。
なんていい子なのかしら……
「大丈夫、なんでもないわ。新入生同士よろしくね。私はジュリエッタ。ジュリエッタ・リースよ。あなたは?」
「わ、私はファリスです。ファリス・ハリスと言います。これからよろしくお願いします、ジュリエッタさん」
「呼び捨てでいいわよ。私もファリスって呼んでいい?」
「もちろんです! ジュリエッタ……素敵な名前。伝説の聖女と同じですね」
まあ本人なんですけどね。
「王都じゃ石を投げれば当たる名前だけどね」
「でもこれまで会ってきた誰よりも似合ってます! 伝説の聖女も美しい人だったと言いますけど、きっとジュリエッタさんみたいな方だったんでしょうね」
いやまあそりゃあ本人ですからね。
「あなたほどじゃないわよ、ファリス。美少女すぎて見た時びっくりしちゃったもの」
軽い気持ちでそう返すと、ファリスは首まで真っ赤になってうつむいた。
美少女にそういう反応をされて、私のほうまでつい赤くなってしまった。
……一体なにがはじまろうとしているの、コレ。
「おいそこ、いつまでおしゃべりしている?」
背後から男の声がした。
聞き慣れた声に、私は一瞬で青ざめて背後を振り向く。
「ドル……!」
ドルガマキアの化身である男の姿が、そこにあった。
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