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44話 ドリアスとロディオの戦い

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「――ドリアス、その子を離せッ!」

 噴火口から離れたところで、マンダを引きずりながら、イフリートが起こした噴火ショーに高みの見物を鬼面混んでいたドリアスは、そこにロディオがいることに驚いた。

 ロディオがラドフェルドのできそこないと呼ばれる所以は、幻獣の気配を察する力は他の一族と同等かそれ以上にあり、幻獣語や術式の勉強なども人一番熱心に取り組んでいるというのに、幻獣とコミュニケーションをとることはできても使役契約を結ぶことができないからだ。その才だけが、ロディオには完全に欠落している。

 一族の口さがないものたちは、そんなロディオを”幻獣の忠犬”などと影で呼んでせせら笑っていたし――ラドフェルドにとって幻獣とは呼び出し仕えさせるものであって、追いかけ回し仕えるものではないからだ――ドリアスなどはその最たるものだったが、その”幻獣の忠犬”が、いざ自分に牙を向けると意外に面倒な相手であることに気づいた。

 ドリアスは幻獣に好かれ、君臨する才を持って生まれた。

 それは逆にいえば、幻獣からするとドリアスは、ひどく目立つ存在だということでもある。

 そのためロディオは一度見失ったドリアスを、自然界によくいるシルフやウェンディーネなどから情報を集め追ってきたらしい。

 これが、他の「幻獣使い」であれば、ドリアスよりも格下の相手など何を尋ねられても幻獣たちは見向きもしなかったであろう。しかし良くも悪くも幻獣使いの才能がなく、しかしその声を聞くことができるロディオは、幻獣たちにとってかっこうのおしゃべり相手であったらしい。憧れの英雄をたまたま見かけた少年のように、あるいは劇場で評判の歌姫を見かけた青年のように、幻獣たちは我先にとドリアスはここにいたあっちにいったこんなことをしてた、と、ロディオに伝えてきたそうだ。

「……ったく、しつこいなあ。追いかけてくんなよ。ちょっと遊ぶだけだって言ってるだろ」
「その子はそれを望んでいないッ!」
「だからってお前には関係ないだろ」
「関係なくはないッ! 少なくともお前はまだその子と契約を結んでいなァいッ!」
「すぐに結ぶさ。なあ、えーと……マンダ?」

 ドリアスは絶対の自信を持って、首根っこを掴んだマンダに向かって微笑みかけた。人の姿をとった幻獣は意志がはっきりしていることが多く、ドリアスの”契約強制”の力もききづらい場合が多い。

 しかし、ききづらい、というだけで、無効なわけではない。

 さきほど契約を持ちかけたときはいわば振られてしまったわけだが――盟約の相手を始末し、これだけ距離を置いたとなれば、すぐに自分に媚びてくるだろう。ドリアスはそう考えていたのだが、しかしその読みははずれた。マンダは、小さくふるふると首を振り、言った。

「嫌い」
「……え?」

 マンダはぽかんとした表情のままのドリアスを指差し、再び言った。

「嫌い」
「嫌いって……僕をか?」

 ドリアスにとっては青天の霹靂である。生まれてこのかた、幻獣に畏怖されることはあっても、嫌われるということはなかったのだ。

「契約、いや。ライアン、好き」
「…………」
「助けて!」

 マンダがドリアスの手を振り払い、ロディオにむかって走り出した。

「お前……サラマンダーごときが! ちょっと人化したからといって――」

 ドリアスの足元から硬いはずの地面がボコボコと泡立つように沸き立った。それはすぐに人の形を成し、ぬうっとその場に立ちあがる。人の上背の三倍ほどもあるそれは、ドリアスの怒りに呼応したゴーレムだ。経緯はどうあれドリアスとの使役契約をとりつけたゴーレムは、ここが己の花道とばかり、岩の体の奥に光る目を爛々と輝かせている。

「お前みたいなつまらないやつはもういらない! ゴーレム、そのサラマンダーは始末しろ。粉々にして精霊未満にまで戻してやれ! ロディオ、お前は半殺しにしといてやるよ」
「そうはさせるかッ――コカトリス、頼む、石化をッ!」

 ロディオは幻獣使いとしての力を持たないが、ラドフェルドの特使として国に派遣されておきながら幻獣を使えません、では、一族の面目が立たない。ロディオは幻獣を封じた魔法石――ライアンがラドフェルドの当主のルルノア から渡されたあれだ――を、常にいくつか隠し持っており、時にそれを使うことで一族の外の者には己の才のなさを隠し通していた。

 その時取り出したのもそのうちのひとつだったのだろう。魔法石に封じられている幻獣は、解き放ってもらえたことと引き換えに、使用者の命令に一度だけ従う。ロディオが使ったコカトリスは、石から解放されると同時にドリアスに向かって石化の呪法を放った。

 しかし、それで石化したのはドリアスをかばうようにその前に立ちはだかるゴーレム一体だけだった。呆然とするロディオをあざ笑うかのように、石化したゴーレムの足元からはさらに別のゴーレムが次々に姿を現す。みな、いまがドリアスのお近づきになるチャンス、というわけだ。用心棒さながらの十体を超えるゴーレムに囲まれたドリアスが、そのうちの一体をひざまづかせその肩にひょいと乗ると、石化の呪法を放ったのちは上空を旋回していたコカトリスが媚びるようにその傍らに着地した。

「コカトリスなんて便利な幻獣を提供してくれるとは助かるな、ロディオ。ほらコカトリス、あのサラマンダーを永遠の石の中に閉じ込めてやれ。そうしたら、僕に向かって攻撃したことなんて気にしないでいい。なあコカトリス、お前ならできるだろ?」

 ドリアスの呼びかけに快哉でも叫ぶかのようにコカトリスは大きく一つ鳴き声をあげ、その呪法を、マンダをかばうように抱きしめるロディオに向かって放った――。


     *     *     *


「――というわけでうっかりふたりとも石化させちゃったまではいいけど、扱いに困っててさあ。そうしたらデンスがここに飾るといいんじゃないかって。そんなわけでここにおいてるんだけど、なかなか周囲と馴染んでるだろ?」

 ドリアスが言った。

 俺は背中に冷や汗が伝うのを感じながら、手の中の魔法石を握りしめた。コカトリスを封じた魔法石――ドリアスの話にでてきたものと同じだ。もしかして俺が同じものを持っていることに気づいていて、牽制されているのだろうか。その石を使ったら、石化するのはお前だと――。

 警戒心を強める俺に対し、ドリアスは再び馴れ馴れしく肩を組みながら、こう言ってきた。

「なあ、ライアン。このふたり、助けたいだろ?」
「…………?」

 そりゃそうだ。行きがかり上とはいえ”命の盟約”とやらを結び、おそらくは何度も助けてもらったマンダ。それに、面倒くさいやつだが一度は一緒に旅をしたロディオ。

 しかし、助けるもなにもふたりをこうしたのは目の前のドリアスなのだ。

 簡単に返事ができないでいる俺に、ドリアスは耳打ちしてきた。

「デンスの神龍を奪うのを手伝えよ。そうしたら、このふたりは解放してやる」
「デンスの……?」
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