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第1章「始まり」
第39話「彼女」
しおりを挟む翌週の月曜日の朝。
俺は学校へ登校するために自宅の玄関で座って待っていた。
待っているというのは雫をで、黒崎さんとまた登校したいと言ってきかなかった。
まぁ、黒崎さんに連絡したら普通にいいよって言ってくれたからありがたい話だ。
あんな一歩間違えれば危なかったことがあったのに、どうしてまだ一緒にいてくれるのだろうか普通に不思議なくらいだ。
俺のワガママみたいなところからご厚意で教えてくれていただけだし、それで身を危険を冒しちゃったんだからな。
それに、国での仕事の方も最近はいけてないみたいだし色々と不安だ。
――ピコンッ!
デバイスがブルルと震えて通知が鳴った。
開いてみると黒崎さんからの連絡だった。
『あと数分で準備できるから、もう来ても大丈夫よ』
いやぁ、随分と乗り気で。
逆に何かたくまれてるんじゃないかって不安だ。
まぁ、んなことはないと思うけど。俺がバグったF級とはいえ、彼女はS級。
俺とお近づきになっても意味なんてないしな。何か強力なバックがあるわけでもないような、ただの一般人に他ならないわけで。
確実に、俺の考えすぎだな。
『了解です』
「——よっと。こんなもんか。雫、黒崎さんがもういいよって言ってるぞ~~」
「え、ほんと! 今行く! トイレしたらすぐに行く!!」
廊下の先から嬉しそうな声が聞こえてきて、少し頬が上がった。
ほんと、俺なんかよりも懐いちゃって羨ましいな。
そう言えば、この前はどうなったかというと、結局あの後病室で寝てしまった俺は朝、黒崎さんの膝の上で目を覚ました。もちろん、必死で謝ったがどこか嬉しそうで普通に許してくれた。
なんなら、「もう少しだけ膝で寝てくれないかしら?」と提案までされたくらいで正直夢の中なんじゃないかって疑ったよ。
本当に優しい、優しいじゃ足りないくらいの優しさを持っている人だ。
とまぁ、その後は色々と検査をしてから帰るとのことで俺だけ先に家に帰り、あとから黒崎さんも家に帰った感じだ。
帰る途中でギルドで換金したお金も色々と親身になってくれた黒崎さんに払っておきたいし、今一度頭を下げておかないとだ。
「準備できた! いこ、お兄ちゃん!」
そう言ってドタバタと走ってくる雫。
嬉しいのは良いけど、ここはアパートだから静かにしてほしい。
「家の中は走るなって」
「えぇ、いいじゃん~~」
「よくない、苦情でも来たら追い出されちゃうぞ?」
「またまたぁ。だいたい、も兄ちゃんだってツカサちゃんと夜の運動会したらうるさくするでしょ?」
「夜の運動会って誰がそんなこと――――って、なんだよそれ! いつから俺が黒崎さんといかがわしい仲になったんだ!!」
「えぇ~~、だってお兄ちゃん黒崎さんの事好きじゃん?」
「っ……」
「あぁ、ずぼしぃ~~‼‼」
「う、うるさい。いいから早く行くぞっ」
「逃げたぁ~~」
朝から調子が狂う。
雫は特にSっ気があるのがお兄ちゃんとしては少々苦手だな。まぁ、可愛いからいいんだけど。
てなわけで、黒崎さんが住んでいるマンションに向かった。
マンションに着くとすでに待っていて、少し慌てた。
「——あ、すみませんっ」
「國田君、雫ちゃん、おはよう。別に待ってないから大丈夫よ、いきましょ?」
「え、は、はいっ」
「うん!」
特に怒る様子もなく、満面の笑みで対応してくれたのが異様に眩しかった。
いつもの道をはたまたいつも通り登校していく俺たち三人。
まぁ、実際俺はというと並んで歩く二人を後ろから眺めていただけだが、平和な光景はいつ見たって心に沁みる。
迷宮区内では冷静で冷血な顔つきをする黒崎さんがちょっとふわふわしているのも見ていて嬉しいし、楽しく会話してくれるのは何よりだ。
「それで、今日の更新分のイラストがさ? なんだったと思う?」
「うーん。そろそろキスとかじゃないかしら?」
「違うの! 抱きしめちゃって、ベッドまで連れ込んじゃってたの!」
「なんか、燃えるわね?」
「でしょ~~」
話しているのは雫が絶賛ハマっているネットの恋愛マンガだ。この前家にお邪魔してくれた時に黒崎さんにも勧めたらしく、今では二人仲良く読んでいるらしい。
——とそんなこんなで雫との別れ道にやってきてしまい、離れたくないと喚きだす妹を何とか引きはがして友達に受け渡した。
その姿を見ている同級生たちの引きつった顔と言えばもう、辛い。もう少しだけ自重してくれや、妹よ。
「またね」
「うぅ~~お姉ちゃん~~‼‼‼」
「黒崎さんはお前のお姉ちゃんじゃないぞ~~」
「私のお姉ちゃんはツカサちゃんだけなのぉ~~、血が繋がってなくてもお姉ちゃんなのぉ~~!」
地面を引きづられながらまるで連行されていく犯罪者みたいだった。
いやはや、雫の同級生には世話になる。
「っ」
そんな姿を手を振りながら見ている黒崎さんはクスクスと笑みを溢した。
「すみませんね、色々と」
「ううん。いいのよ、私好きだし。こうやって求められることもあんまりないから、嬉しいの」
「あははは、そこまで言ってくれるのは俺も嬉しいです」
「それに……」
口元を拳で隠すと少しそっぽを向いて頬を赤らめる。
「それに?」
「……いや、なんでもないわ。とにかく、嬉しいの。だから気にしないで!」
「え、まぁ、こちらこそ」
まるで蒸気が出ていたかのようにくるっと一回転して指を左右に振る――その動揺姿は少しよく分からなかった。
って、あれ。
俺ってちゃんと謝ったっけ。
顔を赤くする顔を見て、謝らなければいけないことを思い出す。
「あ、そう言えば俺からも色々と言ってなかったですね」
「ん?」
「ほら、訓練の時危ない目に合わせちゃったんで、それに寝ちゃってたし、色々とご迷惑かけたと」
そう言うと少し呆れた顔になった。
首を左右に振って、姉っぽい顔つきになってこう言った。
「前も言ったじゃない。別に気にしなくていいって」
「でも、悪いことしちゃったのは事実ですし」
「それも私がきめたことなんだから、責任感じないでいいのよ。だいたい、迷宮区内って本来何が起きるか分からないんだし、こうやって五体満足で帰ってきてるんだからいいでしょ?」
「でも、もっと危機管理してれば黒崎さんだって」
そこまで言うと、右側に立つ黒崎さんは手を握ってきた。
「っ」
急に温もりでいっぱいになる右手に身体が強張るもそのまま目を見て近づいてくる。
むにゅっと胸下に彼女の大きな大きなマシュマロがやんわりと密着した。
心臓が高まった。
ドキドキドキ。
やばい、死ぬ。
ドキドキして死んじゃう。
妙な圧迫感に襲われる俺の事なんてつゆ知らず黒崎さんは手を握って身を寄せる。
そして、見つめながら訴えるように呟いた。
「國田君が守ってくれたじゃん。私を守ってくれた。それだけで嬉しかったの。だから、責任なんて感じなくていい。私を守れる人なんてそうそういないのよ?」
好意。
鈍感な俺でも分かるほどに愛らしさがひしひしと伝わってくる。
その優しさのオンパレードに彼女は追い打ちをかけるように呟く。
「——もしも國田君が悪いなら、私も悪い。一緒に背負えばいいでしょ? それに、訓練はまだ終わってないし、これはまだ何とも言えないけどさ?」
一呼吸。
「——いつか、私とパーティ組んで探索者として冒険しよう?」
胸が跳ねる。
そして、疑念が確信に変る。
俺は————やっぱり、s
「うわぁああああああ、まじだ!!! 甲鉄の氷姫に彼氏がいるぞおおおおおおお!!!! 号外が本当だったぜええええええええええ!!!!」
「えぇ、ほんと?」
「うわ、ほんとだ! あの冴えない男と付き合ってるのか!?」
「俺のエンジェル黒崎様がぁあああああ‼‼‼」
遮る様にとどろく歓声と驚愕。
俺は悟る。
校門前でこんなこと、するべきじゃなかったと。
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