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64.痕を付けられていた

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「グレッグお兄様!」

 お父様の執務室をノックもせずに開ける。
 今日は王城勤めではなかったらしいお父様と、そしてグレッグお兄様が同時に振り向いた。

「レベッカ、久し振りだな。元気にしていたか?」

 低く落ち着いた声音に、大きく頷いた。

 グレッグお兄様はお父様の弟の子供で、私の従兄にあたる。
 お父様の弟の叔父様は、お父様に代わってウォルター家の領地を治めてくれている。

 でもグレッグお兄様はとても優秀だったから、私のお父様と私と一緒にほとんど王都で暮らしていた。
 私とは本物の兄妹のように育ったのだ。

 まぁグレッグお兄様はエリオットよりも年上で、私たちは八歳も離れているから、一緒に遊ぶというよりも私の面倒をよく見てくれたっていう意味合いが強いんだけども。

 この数年は優秀さを買われて、隣国であるミナスーラ王国へ大使として赴任していた。
 戻ってきたのはいつ振りだろう。

「少し見ないうちに大きくなったな」
「きゃ!」

 グレッグお兄様は身体が大きくて、くまのようだ。
 鋭い眼光で表情の変化も口数も多い方じゃないけれど、でも面倒見は良いしとても優しい。
 そんなグレッグ兄様に子供のように脇の下に手をいれられてひょいと抱き上げられてしまった。

「お兄様、私ももう立派な淑女なのでっ! おろしてください!」
「あ、ああ、そうだったか。すまないな」

 きっとグレッグお兄様の中での私は子供の頃のまま止まっているんだろう。
 床におろしてもらって、やっと落ち着いて視線を交わした。

「……レベッカは服の趣味が変わったのか?」

 私をまじまじと見下ろしたグレッグお兄様が、元々険しい顔の眉間に更にしわを寄せる。
 ぱちんと瞬きをして、そういえばグレッグお兄様に今のような格好で会うのは初めてだったと気がついた。
 前は肌の露出は極力避けてたし、今は普段の服も一新した。

「似合いませんか?」
「オレは前の方が好きだった」
「……そうですか」

 前のは色もデザインも重たげで、オシャレさとは程遠かったと思うんだけど。
 でもまぁ人の好みはそれぞれか。
 グレッグお兄様には悪いけど戻すつもりはない。

「……もしかしてエリオット殿下の趣味か?」
「え?」
「レベッカがエリオット殿下と婚約した事を、いま伯父上から聞いたんだ。エリオット殿下にこんなにも肌を晒すことを強制されているのか?」

 ぐっと肩を掴まれた。
 突然のことに思わず言葉が詰まる。

「なんだとレベッカ、そうだったのか!?」

 執務机の向こうにいたお父様がガタンと椅子を鳴らして立ち上がって、慌てて「違います!」と否定する。

「エリオットは関係ありません! 私が着たくて着ているんですっ!」
「いやだが、婚約はレベッカの望んだものではないのだろう? 伯父上もどうしてオレに何の相談もなくこんな大切なことを」

 相談しようにもミナスーラ王国は遠いし、前世と違って電話もインターネットもない世界はどうしたって連絡を取るのが難しい。
 仕方ないんじゃないかな。

 でもそうやって私の気持ちを考えてくれるグレッグお兄様の優しさが嬉しい。

「グレッグお兄様、心配してくれなくてもいまは――」

 エリオットの事が大好きだから大丈夫、そう伝えようとしたけれどグレッグお兄様の表情が凍りついているのに気がついて口を閉じてしまった。

「グレッグお兄様?」
「これ、は」

 太い指が、さらりとした髪をよけて首筋をなぞる。
 どうしたんだろう突然。

 そう考えて、今更一つ思い当たった。

 エリオットに付けられたキスマークだ。
 三日前、私が気が付かないうちにエリオットにはそこかしこに痕を付けられていたのだ。

 それはほとんどがどうにか服で隠れる位置だったんだけど、一つだけ首筋にくっきりと付けられてしまっていた。
 いつもだったらちゃんとアンナにメイクで隠してもらっていたのに、さっき慌てて来てしまったから。

「こ、これは……! なんでもありません!」

 その位置を手で隠して慌てて部屋を出る。
 失敗した。
 久し振りにグレッグお兄様と会えたのに、いきなりこんなのを見られてしまうなんて。
 恥ずかしすぎる!
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