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7.君の事を深く知りたい
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「逃げるわけにはいかないよね」
「当然です」
そうアンナに断言されてしまって、私は渋々客間へと向かった。
扉の前で深呼吸をして両手を握りしめる。
大丈夫、私は悪女なんだから。相手が婚約者だからって怯んでいたら本物の悪女になんてなれるはずがない。
「よし」
ついさっき抱いたばかりの決意で気合いを入れると、アンナに頷いて扉を開けてもらった。
私の生まれたウォルター公爵家は、イグノアース王国において王家に継ぐ力がある。
その力は王都に構えたこの屋敷にも如実に表れていて、どの部屋も前世の時にはテレビやドラマでしか見た事のないくらい広い。
そして調度品から何から何までが計算され尽くしている。
客間はウォルター公爵家の中庭を見下ろせるような造りになっていて、一面が全てガラス張りになっている。
今日のような天気の良い日にはまるでサロンのように光が降り注ぐのだ。
窓から庭園を見下ろしていたらしいエリオット殿下が、その光に照らされ金の髪を輝かせながら振り向く。
背筋が伸びてすらりとした体躯で、指先までが芸術品かのように完璧な形で動いている。人好きのするような笑みを口元に浮かべていて、視線が合うと目元がふわりと優しげに細められた。
挨拶の言葉を一瞬忘れた。
突然エリオット殿下と婚約するのだと言われて驚いて、自分の内気さもあって真っ直ぐに顔を見るなんてしたことがなかったから、深く気にしていなかったけれども。
改めて見るとすっごく顔が整っている。いや顔だけじゃなくて身体も、動きも何もかも。
「レベッカ嬢?」
「あ……」
穏やかな笑顔で首を傾げられて、私は不自然なくらいにじっと見つめてしまっていたことに気付かされた。
慌ててスカートを摘んで礼を取る。
「それでどのようなご用事ですの?」
挨拶の後にすぐに切り込んだのはとっとと用事を済ませて帰って欲しいからだ。
私も笑顔の仮面を貼り付けて問えば、エリオット殿下はさらりと髪を揺らしながらソファに腰を下ろす。
「レベッカ嬢に会いに来ただけなんだけど、いけなかったかい?」
「どうしてそのような事を突然?」
一昨日まで、何ヶ月かに一度お互いに当たり障りのない手紙を出すだけの仲だったのに。それは正に「婚約者」っていう体面を保つためだけのやり取りだ。
実際に顔を合わせたのは数ヶ月も前だったし、二人きりでとなると一年以上遡らなければいけない。
私に会いになんて理由で家に来たなんていうのは初めてだ。
勿論それはエリオット殿下がとても忙しいからだっていうのは分かっている。
正式に立太子こそしていないけれど王位継承権第一位であるし、政治にも深く関わっている。国王陛下はもう政治のほとんどの権限をエリオット殿下に与えているって噂すらもある程だ。
そのせいで、というよりもそのお陰で、私たちの結婚は延期されている。エリオット殿下の立太子が先か、それとも結婚が先かなんていう話も宙に浮いている始末だ。
「今までないがしろにしていた事は謝罪しよう。その上で君の事を深く知りたいと、興味を惹かれたのだと、そう言っただろう?」
「エリオット殿下からの関心なんて、わたくしは不要ですの」
「当然です」
そうアンナに断言されてしまって、私は渋々客間へと向かった。
扉の前で深呼吸をして両手を握りしめる。
大丈夫、私は悪女なんだから。相手が婚約者だからって怯んでいたら本物の悪女になんてなれるはずがない。
「よし」
ついさっき抱いたばかりの決意で気合いを入れると、アンナに頷いて扉を開けてもらった。
私の生まれたウォルター公爵家は、イグノアース王国において王家に継ぐ力がある。
その力は王都に構えたこの屋敷にも如実に表れていて、どの部屋も前世の時にはテレビやドラマでしか見た事のないくらい広い。
そして調度品から何から何までが計算され尽くしている。
客間はウォルター公爵家の中庭を見下ろせるような造りになっていて、一面が全てガラス張りになっている。
今日のような天気の良い日にはまるでサロンのように光が降り注ぐのだ。
窓から庭園を見下ろしていたらしいエリオット殿下が、その光に照らされ金の髪を輝かせながら振り向く。
背筋が伸びてすらりとした体躯で、指先までが芸術品かのように完璧な形で動いている。人好きのするような笑みを口元に浮かべていて、視線が合うと目元がふわりと優しげに細められた。
挨拶の言葉を一瞬忘れた。
突然エリオット殿下と婚約するのだと言われて驚いて、自分の内気さもあって真っ直ぐに顔を見るなんてしたことがなかったから、深く気にしていなかったけれども。
改めて見るとすっごく顔が整っている。いや顔だけじゃなくて身体も、動きも何もかも。
「レベッカ嬢?」
「あ……」
穏やかな笑顔で首を傾げられて、私は不自然なくらいにじっと見つめてしまっていたことに気付かされた。
慌ててスカートを摘んで礼を取る。
「それでどのようなご用事ですの?」
挨拶の後にすぐに切り込んだのはとっとと用事を済ませて帰って欲しいからだ。
私も笑顔の仮面を貼り付けて問えば、エリオット殿下はさらりと髪を揺らしながらソファに腰を下ろす。
「レベッカ嬢に会いに来ただけなんだけど、いけなかったかい?」
「どうしてそのような事を突然?」
一昨日まで、何ヶ月かに一度お互いに当たり障りのない手紙を出すだけの仲だったのに。それは正に「婚約者」っていう体面を保つためだけのやり取りだ。
実際に顔を合わせたのは数ヶ月も前だったし、二人きりでとなると一年以上遡らなければいけない。
私に会いになんて理由で家に来たなんていうのは初めてだ。
勿論それはエリオット殿下がとても忙しいからだっていうのは分かっている。
正式に立太子こそしていないけれど王位継承権第一位であるし、政治にも深く関わっている。国王陛下はもう政治のほとんどの権限をエリオット殿下に与えているって噂すらもある程だ。
そのせいで、というよりもそのお陰で、私たちの結婚は延期されている。エリオット殿下の立太子が先か、それとも結婚が先かなんていう話も宙に浮いている始末だ。
「今までないがしろにしていた事は謝罪しよう。その上で君の事を深く知りたいと、興味を惹かれたのだと、そう言っただろう?」
「エリオット殿下からの関心なんて、わたくしは不要ですの」
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