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小吉の幼少期(七)~真冬の夜の誘惑
しおりを挟むその日も寒かった。ちなみにこの時代の平均気温は、現代よりはるかに低かったといわれる。現代の東京では冬でも雪が降ることは珍しいが、この時代の江戸では冬になるとしばしば雪が降った。小三郎の人生を大きく変えたその日も、江戸市中全域が銀世界と化していた。
戌の刻(午後七時頃)、小三郎は帰宅した。するとすぐに、妙は食事の準備を始めた。
「今日は全て私が準備するから、あなたは休んでいていいわよ」
妙は、女中の豊を部屋にさがらせた。
小三郎が自分の部屋で着替えをすませている間に、妙は長火鉢でねぎま鍋の準備をはじめた。
メバチマグロを使った鍋料理である。鍋に出し汁と醤油それに酒が少々用意され、先に長ネギが煮られる。しばらく時をおいた後、今度はマグロを鍋で煮るのである。他に白菜、大根等の野菜とキノコが、グツグツと鍋で煮られた。
もともとマグロは保存が難しく、そのため最低の下魚として卑しまれてきた。赤身の部分を寿司ネタとして使用し、トロの部分もネギと一緒に煮込むようになったのは、やはり江戸期以降であるようだ。
やがて良い香りがしてきて、妙と小三郎の二人だけの食事が始まった。酒も用意されていた。小三郎は普段あまり飲まないほうだったが、妙にすすめられて、ほどよく酔うほどに飲んだ。妙もしたたかに酔ったようで、平素より饒舌になりはじめた。
「小三郎さんも、そろそろ嫁を探さないといけない年頃ね」
妙は上機嫌でいった。
「いや、まだ嫁をもらう気は……」
小三郎は困惑しながら答えた。
「あら? 誰か意中の人でもいるの?」
「はい、実はそういうわけでして」
すると、しばし妙は不快な表情をうかべた。
それからまたしばらく飲み、酔うにつれて、今度は愚痴口と源太郎の悪口をはじめた。小三郎は最初聞き流していたが、やがてあまりに不快になった。
「義姉さん! もういい加減にしてくれ!」
小三郎は、思わず声を荒げた。
「あら? だって小三郎さんが女だったとして、うちの亭主に魅力を感じるかしら?」
「義姉さん、少し飲みすぎだ!」
再び小三郎は声を荒げた。
「ごめんね気を悪くした。お詫びというのもなんだけど、久方ぶりに琴を演奏してもよいかしら?」
牡丹の花をあしらった刺繍をした小袖を着た妙は、琴を演奏し始めた。実に見事なもので、小三郎もしばし酒をあおりながら、琴の音に耳をかたむけた。
ところがである。演奏を終えた妙が立ち上がろうとして、酒の酔いのせいなのか、くらくらとよろめき倒れそうになった。小三郎が驚き、妙の体をしっかりと支えた。その時だった。突如として妙は小三郎の右手をつかみ、スーッと自らの懐に差し入れた。生暖かい感覚がした。
「何をする!」
小三郎はさっと妙の体をはねのけた。その拍子に妙の体は、床に叩きつけられた。
「豊、豊はいるか!」
すぐに別室にいた豊がやってきた。
「姉上は酔っておいでだ。部屋へ連れていって介抱しろ」
妙は呂律の回らない口調で、意味不明なことを叫びながら連れていかれた。
その夜遅くのことだった。小三郎は浅い眠りの中で、何者かの気配を感じた。最初は気のせいかとも思ったが、次の瞬間、寝ている布団の上に何者かがのしかかってきた。
「小三郎さん」
聞き覚えのある声だった。妖しい香りがした。
「小三郎さん、私はあなたを慕っているのです。どうか今宵一晩だけ、私を好きにしてくださいな」
そういって妙は、小三郎夜具をはぎとり自らの夜具をかぶせる。下腹部にすーっと手が回り、小三郎は足のつま先から頭のてっぺんまで官能が一気に突き上げた。一瞬、誘惑に負けそうにさえなった。
「己! このアバズレ!」
小三郎はかろうじて妙をはらいのけた。その刹那、胸がむき出しになった。小三郎はついに刀を手にし、その先端を妙に押し付ける。さすがの妙も、酒の酔いが一瞬にして消し飛んだ。
「今度だけは、兄上に黙っておいてやる。だが次に無礼があった時は、その時は容赦しない。覚えておけ!」
小三郎は強く言い放った。だが妙はこのことを屈辱とうけとめた。そして恐るべき復讐を計画するのである。
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