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小吉の幼少期(四)
しおりを挟む本所の亀沢町に住所を移してからというもの、小吉はしばしば父の平蔵に連れられるなどして、周辺を散策した。
本所の両国界隈というのは、少し歩くだけでも歴史的遺産の宝庫である。葛飾北斎、松尾芭蕉等にとりゆかりの地であり、浄土宗の寺院として江戸市民の尊崇を集めた回向院も
ある。
「小吉よ、この本所という土地は昔は下総の国だったんだ。隅田川の向こうの連中にとり、この辺りは得体の知れぬ奇怪な場所だったらしい。
でも明暦三年(一六五七)に明暦の大火っていう馬鹿でかい火事がおこり、橋が無く逃げ場を失った多くの江戸市民が火にのまれ十万人も死んでしまった。そもそも回向院ってのはな、その時の被災者の供養のために建造された寺院なんだ。それで防火・防災目的のため両国橋がつくられたってわけよ。
そんでもって本所は江戸の一部となり、次第に家が立ちはじめ、人々の生活を支えるための木材屋や大工、生活道具の工場がひしめく場所となったんだ。川を挟んだ日本橋や浅草と並びながらも、町人・大衆文化を育む場となったってこういうわけよ」
父・平蔵の説明を、小吉は一々頷きながら聞いていた。最もまだ幼く、全てを理解できないでいた。
およそ非文化的な小吉は、俳句にも絵画にも寺院にもさして関心をしめさなかった。小吉が関心を示したものそれは、やはり忠臣蔵だった。
なにしろ小吉の屋敷から、赤穂浪士の討ち入りがあった吉良邸まで歩いていけるほどの距離なのである。父・平蔵から赤穂浪士の討ち入りの際の話を聞くに及んで、小吉は血わき肉おどるような高揚感につつまれた。
さて、小吉は毎日のように喧嘩にあけくれて成長した。ある時、小吉の飼っていた犬が、近隣の武士の子弟が飼っている犬と噛みあいになり、これがきっかけで大喧嘩になったことがあった。しかし小吉の仲間は八人ほどで、相手は四十人ほどもいた。
「てやんでぃ! 相手が何人いようと逃げたら男がすたるってもんよ!」
小吉とその仲間達は、六尺棒や木刀で応戦するも衆寡敵せず。結局、叩きのめされた。しかもこの騒ぎを長屋の窓から見ていた父・平蔵により、しばしの間、土蔵に押しこめられてしまう。
ようやく自由の身になった小吉は、こっそりと両国橋のたもとに住む、例の物乞いのところへやってきた。
「よう小僧、しばし見かけなかったな。顔にあざがあるぞ。また喧嘩でもしたか?」
物乞いは小吉に小三郎と名乗ったが、小吉を見ると屈託ない笑顔をうかべた。
「おじさん頼みがある。俺は強くなりてえ。俺に武術と剣の使い方を教えてくれ」
小吉は頭を下げて頼んだ。
「よしねえ、よしねえ。武士の子弟ともあろうものが、俺みてえのに頭なんて下げちゃいけねえよ」
小三郎は困惑し、小吉の申し出に難色を示す。しかし結局は小吉の熱意負け、わずかな銭を持ってくることを条件に、武術の特訓を行うこととした。こうして小吉の物乞いのもとでの修行がはじまった。
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