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第7章 流浪人とエルフの子
第110話 夜の散歩、二人きり
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「悪かったよ……」
「フン。まあ、いい。どうせお前も眠れなかったんだろ」
ライザは煙草に火を点けて吸い始める。こうして怒られないのは、おそらく俺に情けをかけているのだろう。少し悔しいが、図星なので何も言えない。
思えば、こうしてライザと二人きりになるのは初めてだった。ライザもそれを感じているのだろうか。煙草の煙を吐いた彼は空を見つめながら何か考えていた。
そんな彼に、素朴な疑問をぶつける。
「これって――お前らの親の墓?」
リオンからすでに両親が亡くなっていることは聞いていたので、思い当たる節はそれしかなかった。ライザは無言で煙草を咥えるだけだったが、否定をしないということは正解のようだ。
「……と言っても、俺の母親のは中身がないがな」
「中身がないって……空っぽってことか?」
「そうだよ、察しろ」
不機嫌そうな渋い顔で、ライザは左側の墓石を見る。言われてみるとこの石だけ他の二つよりも年季が入って古寂しい。墓を移動できなかったのか、それとも遺体がなかったのか――どちらにせよ良い想像はできない。
「……なんで死んだのか、訊いていいのか?」
腫れ物に触るように尋ねると、ライザは少し考えながら煙草をふかし、静かに答えた。
「……殺されたんだよ。人間に」
息を呑むくらい、心臓がドキッと高鳴った。しかも、人間に殺されたのは何もライザの母親だけではないという。
「今から二十五年前……俺もまだガキだった頃、里が人間に襲われたんだ。エルフの血には高い魔力が宿っているだか、生き血を飲むと不老不死になるだか、そんなクソみたいな話があるみたいでな。ごろつき共に目を付けられたんだ」
それはとにかく悲惨だった。家には火を点けられ、女子供は人質に取られたものだから、エルフたちも下手に手を出せなかった。
それからごろつき共にやりたい放題やらされ、里は血の海と化した。そのまま殺された者、生け捕りにされた者、火事に巻き込まれて死んだ者……絵に描いたような地獄で、ライザの幼い記憶でも鮮明に覚えているのだという。
「里がそんな目に遭ったものだから、俺たちもどこかに移住するしかなかった。それで生き残った僅かなエルフでここまで来たんだ」
「墓が空っぽ」ということはそういうことだ。遺体は回収できず、火の海に呑まれてそのまま――なんとも惨い話だ。
「誰が言ったのかは知らねえが、この場所に目を付けたのは名案だと思ったよ。魔力の高いエルフでも『ザラクの森』を抜けるのはギリギリだったらしいからな。普通なら、人間にはあの森は越えられない」
それでも森を抜けるという判断は大いなる賭けだったという。『ザラクの森』の霧は、エルフたちにも毒だった。それくらい、彼らは命からがらに人間から逃げたのだ。結果的にエルフはその賭けに打ち勝ち、『ザラクの森』が人間とエルフの境界線となって長い年月の間姿を消すことに成功した。エルフが『ザラクの森』の先にいるという噂だけが残ったのは、そういう理由だったのだ。
しかし、これでエルフが人間を嫌い、怯える理由もわかった。きっと、「エルフの生き血」の話があがるくらいだから、これ以外にも人間はエルフを襲っているのだろう。それは、忌み嫌われて当然である。
やる瀬なさに打ちひしがれて絶句していると、ライザが得心行かないような顔で俺を見つめていた。思えば、戦いを終えてから彼はずっと何かを疑るような視線をしている。
「……なんだよ」
強気な口調で言ってみるが、内心は動揺していた。ライザの眼差しが何かを勘づいているような鋭さを感じたからだ。
一人でうろたえる俺とは違い、ライザは落ち着いていた。
「……この機会だ。俺も一つ訊いていいか?」
ポケットから携帯灰皿を取り出しながら、ライザは静かなトーンで俺に問う。
「なんだよ、今更――」
まるで俺の胸内を読んでいるような出方だ。強がって笑って見せるが、良い予感はしない。
その途端、ライザはゆらりと体を揺らし、レッグホルスターに挿していた銃を徐に抜いた。
即座に俺の額に銃口を向けるライザに俺は思わず息を止める。銃口の距離はわずか数センチ。避けられる距離ではない。
「……お前、いったい何者なんだ?」
銃口の焦点をとどめたまま、ライザは低い声で俺に尋ねる。俺に嘘を言わせないつもりなのだろう。なんとも荒々しい無言の圧力だ。
ひしひしと感じるライザの殺気に冷や汗が出る。だが、こんな状態であっても、彼の質問の意図がわからないでいた。
「フン。まあ、いい。どうせお前も眠れなかったんだろ」
ライザは煙草に火を点けて吸い始める。こうして怒られないのは、おそらく俺に情けをかけているのだろう。少し悔しいが、図星なので何も言えない。
思えば、こうしてライザと二人きりになるのは初めてだった。ライザもそれを感じているのだろうか。煙草の煙を吐いた彼は空を見つめながら何か考えていた。
そんな彼に、素朴な疑問をぶつける。
「これって――お前らの親の墓?」
リオンからすでに両親が亡くなっていることは聞いていたので、思い当たる節はそれしかなかった。ライザは無言で煙草を咥えるだけだったが、否定をしないということは正解のようだ。
「……と言っても、俺の母親のは中身がないがな」
「中身がないって……空っぽってことか?」
「そうだよ、察しろ」
不機嫌そうな渋い顔で、ライザは左側の墓石を見る。言われてみるとこの石だけ他の二つよりも年季が入って古寂しい。墓を移動できなかったのか、それとも遺体がなかったのか――どちらにせよ良い想像はできない。
「……なんで死んだのか、訊いていいのか?」
腫れ物に触るように尋ねると、ライザは少し考えながら煙草をふかし、静かに答えた。
「……殺されたんだよ。人間に」
息を呑むくらい、心臓がドキッと高鳴った。しかも、人間に殺されたのは何もライザの母親だけではないという。
「今から二十五年前……俺もまだガキだった頃、里が人間に襲われたんだ。エルフの血には高い魔力が宿っているだか、生き血を飲むと不老不死になるだか、そんなクソみたいな話があるみたいでな。ごろつき共に目を付けられたんだ」
それはとにかく悲惨だった。家には火を点けられ、女子供は人質に取られたものだから、エルフたちも下手に手を出せなかった。
それからごろつき共にやりたい放題やらされ、里は血の海と化した。そのまま殺された者、生け捕りにされた者、火事に巻き込まれて死んだ者……絵に描いたような地獄で、ライザの幼い記憶でも鮮明に覚えているのだという。
「里がそんな目に遭ったものだから、俺たちもどこかに移住するしかなかった。それで生き残った僅かなエルフでここまで来たんだ」
「墓が空っぽ」ということはそういうことだ。遺体は回収できず、火の海に呑まれてそのまま――なんとも惨い話だ。
「誰が言ったのかは知らねえが、この場所に目を付けたのは名案だと思ったよ。魔力の高いエルフでも『ザラクの森』を抜けるのはギリギリだったらしいからな。普通なら、人間にはあの森は越えられない」
それでも森を抜けるという判断は大いなる賭けだったという。『ザラクの森』の霧は、エルフたちにも毒だった。それくらい、彼らは命からがらに人間から逃げたのだ。結果的にエルフはその賭けに打ち勝ち、『ザラクの森』が人間とエルフの境界線となって長い年月の間姿を消すことに成功した。エルフが『ザラクの森』の先にいるという噂だけが残ったのは、そういう理由だったのだ。
しかし、これでエルフが人間を嫌い、怯える理由もわかった。きっと、「エルフの生き血」の話があがるくらいだから、これ以外にも人間はエルフを襲っているのだろう。それは、忌み嫌われて当然である。
やる瀬なさに打ちひしがれて絶句していると、ライザが得心行かないような顔で俺を見つめていた。思えば、戦いを終えてから彼はずっと何かを疑るような視線をしている。
「……なんだよ」
強気な口調で言ってみるが、内心は動揺していた。ライザの眼差しが何かを勘づいているような鋭さを感じたからだ。
一人でうろたえる俺とは違い、ライザは落ち着いていた。
「……この機会だ。俺も一つ訊いていいか?」
ポケットから携帯灰皿を取り出しながら、ライザは静かなトーンで俺に問う。
「なんだよ、今更――」
まるで俺の胸内を読んでいるような出方だ。強がって笑って見せるが、良い予感はしない。
その途端、ライザはゆらりと体を揺らし、レッグホルスターに挿していた銃を徐に抜いた。
即座に俺の額に銃口を向けるライザに俺は思わず息を止める。銃口の距離はわずか数センチ。避けられる距離ではない。
「……お前、いったい何者なんだ?」
銃口の焦点をとどめたまま、ライザは低い声で俺に尋ねる。俺に嘘を言わせないつもりなのだろう。なんとも荒々しい無言の圧力だ。
ひしひしと感じるライザの殺気に冷や汗が出る。だが、こんな状態であっても、彼の質問の意図がわからないでいた。
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