上 下
54 / 242
第3章 青年剣士の過日

第54話 その日の夜の話

しおりを挟む
「――黙っていたこと、怒ってる?」

「いや、全然……それに、普段の俺なら気づいても触れないだろうし」

 その言葉は彼への同情でもなんでもなく、嘘偽りない本心だった。そんな家族が死んだことなんて聞いたって、空気が気まずくなって終わるだけだ。

 ただ、今回は違う。まだ気になることが残っているから、聞かざるを得なかったのだ。

 それはイルマの正体がアンジェの妹だということでも、アンジェの親父さんが亡くなっていることでもない……「どうして彼らが亡くなったのか」ということだ。

 なんせノアの言うことが正しいなら彼らは――二人ともアンジェの自宅で亡くなっていることになる。

 そんなことを受け流せるほど、俺は器用な人間ではない。

「二人が亡くなった時のこと……訊いてもいいか?」

 おそるおそる尋ねる。すると、アンジェはフッと小さく笑い、静かにコクリと頷いた。

「……ムギちゃんには特別、ね」

 そう言って彼は夜空を見上げながら、ゆっくりその過日を語ってくれた。

「今から半年くらい前かしら――あの時のあたしはギルドに入っていなかったから、稼ぎは妹と【農家ファーマー】の父親に任せていたの」

 つまるところ、当時のアンジェは主夫だったようだ。言われてみると料理の手際もよかったし、留守番をしていた時の俺の指示もこなれている感じがしていた。

「長男坊のくせに働きもしないって小言言ってくる人もいたけど、家事は嫌いじゃないし、こんな風貌だから気にしないでいたの。実際、何やっても稼ぎは妹には敵わないって思ってたしね。それに、父も【農家ファーマー】としては有能だったし」

農家ファーマー】と言われ、アンジェの家の周辺が畑地帯だったことを思い出す。

 そういえば二人の墓があったところも畑だった。あれが親父さんの畑だったということなのだろう。ここ一角が【農家ファーマー】が住むエリアだったのかもしれない。

「ただ……あの日は父親の友人から手伝いの要請があってね。動けるのはあたししかいなかったから、隣町までお使いに行ってきたの」

 この日も親父さんは畑仕事に、イルマは街へ踊りに行くだけの何も変わらない一日のはずだった。

 いつも通り「おはよう」と言って、他愛ない話をして……ただ、普段は送り出すアンジェが「行ってきます」と二人に見送られただけ。

「日常が崩れる時って――本当に一瞬なのよね」

 アンジェが仕事を終えたのは日が暮れてからだった。そこから移動して家に戻れる頃にはすっかり夜も更けていた。

 二人共自分の帰りを待っているかもしれない。

 そう思ったアンジェは急ぎ足で帰ったという。

 けれども――彼を待っていたのは、温かい我が家でも、二人の笑顔でもなかった。

「あの時間帯は二人とも家にいるはずなのに、家の明かりは点いていなかった。その時点で何かがおかしいと思った」

 彼の嫌な予感は当たっていた。

 家に近づくと変に騒々しかった。ただ、その騒々しさの正体に気づいたのは、彼が自宅の前にたどり着いてからだ。

「……まず、目に飛び込んできたのは家の前で倒れている父親だった」

 アンジェの親父さんは家の前で血を流して倒れていた。流れ出ている血の量で、彼が絶命しているのは一目見てわかった。だが、彼は悲鳴も叫び声もあげることもできなかった。続けざまに非情な現実を突きつけられたからだ。

「家の中に何かいる……それをわかっていたから、迂闊に声も物音も立てなれなかったわ。ただ、父親の横に転がっていた護身用の剣を握って、この恐怖に迎え撃つしかなかった。でも、そこにいたのは――」

 そこでアンジェの声が震えた。脳裏にあの日のことが甦ったのだろうか、拒絶するようにこうべを垂らす。

 それでもアンジェは、静かに、泣きそうな声で俺に告げた。

「そこにいたのは……はらわたをぶちまけられたイルマと……彼女を喰った魔物たちだった」

 その告白に俺もノアも目を見開いた。

 けれども、イルマの死は俺の想像を遥かに超える程非道であった。

「喰われた」という表現には二つの意味があったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

おっさんの異世界建国記

なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...