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第3章 青年剣士の過日

第39話 妖しいにおいがするらしい

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 洗ってすすいでを繰り返し、洗濯ロープを設置して洗った衣類を干していく。

 これだけでなんだかんだお昼近くまで戦っていたが、これでやっと洗濯は終わった。

 部屋に戻り、昼食にアンジェが用意してくれたパンを頬張る。

 次は床の掃き掃除といったところか。勿論、掃除機なんてないから、用意してくれた箒で床を掃くことになる。

 ふとノアを見ると、彼は床に置かれた深皿をじっと見つめていた。こいつも腹が減ったのだろうか。

「ノア、お前も飯食うか?」

 声をかけるが、反応はない。ただ、じっと深皿を見つめている。

「……何してるんだ?」

 ノアの前にしゃがみ込んでみると、彼女と目が合った。

「なんでもない。ちょっと気になっただけだ」

「深皿が?」

「深皿じゃない……まあ、それも今はどうでもいいがな」

 そう言ってノアはふらりと歩き出し、陽の当たっている窓の縁で縦長になって寝転がった。

「……なんだ? あいつ」

 ノアの意味深な発言に首を傾げる。そんなノアの抱いた疑念だったが、俺も気づいたのは床掃除に入ってからだった。

 アンジェの家は一階にリビング・ダイニング・キッチン、洗面所に浴室とトイレ、それと俺が借りている親父さんの部屋。二階に行くとアンジェと彼の妹らしき部屋がある。

 そんな家の部屋中の埃を掃いて感じたのだが、この家の作りは確かに古かった。

 場所によっては床が軋んだり、レンガの隙間から風が入るほどだ。家の古さはアンジェ自身も言っていたとはいえ、家に入った時はそんな古さは感じなかった。理由は、リビングの床だけ傷一つないほど真新しいからだ。

 ただし、奥のキッチンまでいくと年季の入った木製の床になる。なお、他の部屋も似たような感じだ。床を張り替えるならキッチンまで伸びてもいいと思うのに――なぜリビングだけなのだろう。

 一端な疑問を抱いたが、ノアに言われないと正直気づかなかった。

 借りている親父さんの部屋がベッドとクローゼットくらいしか置けないほどの狭さで床の面積が小さかったことと、これまでキッチンに立つ機会がなかったからだ。

 一方、ノアがいち早く違和感を抱いたのは彼女が猫だからだろう。俺たちより視界が低いから床の違いが一目でわかったのだ。

 あの時、ノアが見ていたのは床に置かれていた深皿でない。床自体を見ていたのだ。

 ……と、探偵のように推測してみたが、どうせ真実は「これから張り替える」とか「ここだけ床が穴空いた」とか現実味溢れるパターンな気がする。

 そして柄にないような思考を巡らしながら行った掃除もひと通り終わった。

「あー、疲れた」 

 箒を持ちながら、うんと背伸びをする。

 あとは取ったゴミを捨て、裏口に箒と塵取りを置けば次のステップ・買い物に行ける。

 本当はここら辺でひと休みしたいところだが、街の市場がいつまでやっているかもわからないのでさっさと買い出しをするとしよう。

 アンジェが用意してくれた買い物籠に借りた財布を入れる。中には予めいただいていた金と買い物リストが書かれたメモが入っている。

「ノア~、出かけるぞー」

 彼女が日向ぼっこしているはずの窓の縁に顔を向ける。

 だが、先程までそこで寝ていたのに、ノアの姿がなかった。

 ノアを探すように部屋を見回してみると、彼女は出入り口の前にちょこんと座って扉と床を凝視していた。

「そこがどうかしたか?」

 声をかけると、ノアの耳がピクリと反応する。しかし視線は下がったままでそこから動こうとしない。

「まあ、確かにリビングだけ床が新しいのは不思議だけどよ……そこまでのことか?」

 ノアと同じ視線になるように彼の後ろでしゃがんでみる。

 すると、床だけでなく扉の縁も新しくなっていることに気づいた。そして扉の近くのレンガがごく一部だが黒くなっている。すすだろうか。

 この光景に小首を傾げると、隣でノアがニヤリと笑った。

「この家、なんか臭わないか?」

「臭うって……なんの臭いだ?」

「さあ? 血か、御霊か……それとも両方か」

「何っ⁉︎」

 意味深な発言に思わず退いた。

「血」か「御霊か」とは、詰まるところ霊的な何かと言いたいのだろうか。

「そ、それはつまり……そこに何かいるってことか?」

 平常心を保っているつもりが無意識に声が上擦った。
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