掌中の珠のように2

花影

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過去10

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「しばらくは久子の余計なちょっかいを気にせずに仕事に専念できたおかげで業績は回復し、更に過去のイメージを払しょくする為に社名をエトワールに変更した。やがてそれまでの努力が報われ、大企業の1つに数えられるようになった。そして昨年……もう一昨年になるか、幸嗣が成人して私は正式にアイツを後継者として公表した。どうやらそれが、くすぶり続けていた久子の野望に火をつけてしまった様だ。
 最初の頃は大したことは出来ないと高をくくっていたが、あちらは巧みに株主や重役達の不満をたきつけて私を社長の座から降ろそうと画策していた。そして昨年末、その対処に疲れていた私は抵抗するのもばからしくなり、半ば自棄になって社長の座を降りるとあの別荘に引きこもった」
 沙耶を膝に抱きかかえたまま義総の独白は続く。気持ちを落ち着ける為か、時折彼女を抱きしめる腕に力が籠る。
「綾乃や青柳は私の好きにさせてくれたが、美弥子は納得できないらしく、何度も説得しに来た。個人的な 事業は真面目にやっていたんだが、アイツは遊んでばかりいると思っていたらしい。他にも故郷とも言えるこの村への支援になればと、様々な事業に出資し、アドバイスをしてきた。おかげで、過疎化に歯止めがかかり、最近では若い人も増えて来たと話を聞く。そんな最中だ。あの事件が起きたのは」
 沙耶は自分と母親が拉致された一件を思い出して体を強張らせる。義総はそんな彼女を宥める様に低く「大丈夫だ」と耳元で囁き、体を包み込むように抱きしめる。不思議とそれだけで沙耶の気分が落ち着いてくる。彼女にとって、義総の存在自体が精神の安定を保つ妙薬となっていた。
「その日は父の友人であるあの爺さんの趣味で開かれる集まりに呼ばれて出かけていた。面倒だから行きたくは無かったのだが、ちょうどハワードからの依頼で調査の対象となっていた佐々本も出席していると情報が有り、顔を出す事にした。
 だが、私が会場に着く前に奴は会場からいなくなっており、仕方なしに私は爺さんに挨拶だけして帰って来たんだ。その帰りだ。沙耶、お前を見つけたのは。
 雨の中で倒れているお前を見た時は、記憶に残る沙織さんの姿とあまりにもそっくりで息が止まるかと思った。他人の空似とも考えたが、放っておくことが出来ずにあの別荘に連れ帰った。あの時も言った様に身元に繋がるものを探していてあのお守りを見つけ、中からあの指輪が出て来た時にはその偶然に驚いた」
「でも……どうして、黙っていたんですか?」
 沙耶の問いに義総は深くため息をつく。
「さっきも言った通り、前に別れた折に無関係を貫く約束をしていた。だが……私も混乱していたんだろうな。非常時だから反故にしても問題なかった筈なのだが、成長したお前相手にどう接していいか分からず、他人行儀に接するしかできなかった。
 必死だったのだろうが、目を覚ましたお前は面識がないと思っている私に「何でもする」などと言うから、誰にでもそんな事を言うのかと思うと逆に腹が立ってしまい、苛立ち紛れに乱暴してしまった。あれは本当に申し訳なかった」
 いきなり沙耶に乱暴した件に関しては、さすがに悪いと思ったらしく本宅へ帰る前に謝罪をしている。確かに怖い思いをしたが、その頃には既に義総の優しさを知っていたので、その時沙耶は逆に謝られた事に恐縮していた。
「それはもういいんです。でも……その時に本当の事を教えて頂きたかったです」
「そうだな」
 義総はもう一度深くため息をつくと、沙耶を膝から降ろしてソファーに座らせる。そして懐から1通の手紙を取り出して彼女に渡す。見覚えのある文字に彼女がその手紙の送り主を確認すると、そこに書かれていたのは母親の名前だった。
「お母さん……」
 義総に促されて手紙を読む。
「……亡き夫との思い出と日々成長していく娘の姿、そして山の中のお屋敷での夢のような日々を心の支えに今まで生きて参りましたが、逃げ回るのもそろそろ限界のようです。
 ですが、何も知らないあの子までは巻き込みたくありません。15年前のあの日、差し出された手を振り払っておきながら虫のいい事を言って申し訳ないのですが、娘だけは助けて貰えないでしょうか? どうか、どうか、あの子が自分で選んだ道へ進める様に守って下さい……」
 日付は事件の当日になっており、乱れた文章が慌ててしたためられた事を物語っている。
「事件の当日、佐々本からの呼び出しを受け、沙織さんは急いで書いたこの手紙を同僚に託している。そして勤め先を早退した後に行方が分からなくなった。どうにかして時間を稼ぐつもりだったのだろうが……。手紙が旧本家に届いたのは君を助けた翌日で、色々と手違いがあって、私の手元に届いたのは君が目を覚ましてからだ。
 佐々本自身も彼女の退路を断ってじっくりと交渉して自分から協力せざるを得ない状況に追い込む計画をたてていたらしい。だが、ガジュが他界した上にガラムが押しかけて来て猶予が無くなり、強引な手段をとらざるを得なった経緯が明らかになっている」
 沙耶の体調を考慮してか、今まで知らされていなかった事件の裏側に言葉を失う。
「全てが後手になって真実を話す機会を失ってしまった。それに……沙織さんとの関わりを話すと、どうしても自分の情けない過去を曝け出す事になる。沙耶には……正直、そんな姿を知られたくなかった。その昔、沙織さんに指摘されたちっぽけな見栄が邪魔をした事になる。失望……しただろう?」
 肩を落としている姿はどことなく拗ねているようにも見える。義総にもこんなに子供っぽい一面があるのだと思うと、沙耶は何も知らされていなかった事にちょっとだけ抱いていた怒りもどこかに吹き飛んでいた。だが、彼を許す前にどうしても聞いておきたい事があった。
「あの、聞きたい事があるのですが、良いですか?」
「ああ、もちろんだ」
 義総も包み隠さず全てを曝け出すつもりでいたので、快く応じる。そうする事で誠意を示す意味合いもあるのだろう。
「あの……」
 だが、切り出した沙耶の方がまだ躊躇いがあるのか、なかなか口を開こうとしない。どう聞くかまだ迷っている様で、義総はそれでも彼女を急かすことなく大人しく待った。


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長かった義総君の懺悔も次話で終了。
ようやく終わりが見えてきました。
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