群青の軌跡

花影

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第5章 家族の物語

第1話

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遅くなってすみません。
第5章スタートです。


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 初夏の穏やかな日差しが降り注ぐ中、持参した花束を2つ並んだ墓標に供え祈りを捧げる。墓標に刻まれている名前は妹のカミラと親友のウォルフ。あの信じられないほど不幸な事件からもうじき1年が経とうとしていた。
「あー」
 俺が抱っこしているカミルが墓標を指す。何か言いたげなのは、自分の実の両親だと分かっているからではないかと思ってしまうのは親ばかだからだろうか。賢いなぁと思いながら頭を撫でる。
「カミルも分かっているのかしらねぇ。お利口さんですねぇ」
 そう言って横から母さんがカミルの頭をなでて来る。俺以上に甘い人がここにいた。そしてその隣には母さん以上に孫に甘い父さんが相貌を崩している。そんな俺達の様子をオリガはニコニコして眺めている。1年近く経って、ようやくみんな立ち直って来ていた。
「カミル君は愛されておりますな」
 そう言って声をかけてきたのは昨秋シュタールの総督に就任したラファエルさんだった。皇都の夏至祭に参加する前に、御夫妻でアジュガに立ち寄って頂いていた。到着したのは昨日の夕方だったので、ウォルフが日記に書き残していた「踊る牡鹿亭」のミートパイを夕餉でご馳走し、墓参は今日にしてもらっていた。
「お2人がどれだけ幸せに暮らしていたのかよくわかります。本当に……」
 在りし日の2人の姿を思い出したらしく、パウリーネ夫人が目頭を押さえる。そんな彼女をオリガがそっと支える。
 ご夫妻はウォルフとカミラを守れなかったことをずっと後悔していたと言っておられた。陛下の要請を受けて現場復帰されたのも、二度と同じことを起こさないためと、今まで見て見ぬふりをしてきたことを後悔されてのことらしい。
 ただ、お2人が責任を感じられることは無いと思うのだが、たとえ期間限定とはいえ優秀な方がシュタールをまとめられることは歓迎すべきことだと思う。俺としても可能な限り助力をしようと思ったほどだ。もしかしたら陛下はこの辺りの事も計算して人事を考えられたのかもしれない。
 タランテラで最も過ごしやすい季節とはいえ、うちの両親を含めて年配の方をいつまでも屋外に立たせておくわけにはいかない。こういう言い方をすると「自分はまだ若い」と後で怒られるのであえて口には出さないけれど、さりげなく屋内へ入る様にうながした。
「また来るよ」
 最後に墓地を出るときに2人の墓標に向けてつぶやいた。腕の中で無邪気な笑みを浮かべているカミルをあやしながら、みんな元気にしている事を2人に伝わっている事を願った。



 思い返せば怒涛の1年だった。2人の訃報を聞いて礎の里から大急ぎで帰還し、その事実が受け入れられないまま葬儀に立ち会った。カミルを息子として育てることを決意し、まだ現実を受け入れられない家族の為に討伐期もアジュガで過ごすことに決めた。それにともない、雷光隊を本宮とミステル、アジュガの3隊に分け、更には第2騎士団の若手を受け入れて連携強化の訓練を始めた。
 更に親方衆が全員代替わりした。事件を防げなかった責任とか、自分達では新しい時代に付いていけないだとかいろいろ理由をこじつけていたが、結局は楽隠居したいためだ。「いいのか、これで?」と思っているうちに、新しい親方衆は兄さんを筆頭にアジュガで腕のいい職人が選ばれて決定してしまっていた。
 手の空いた元親方衆は父さんの仕事場だった工房に集まり、見習いとして集まった若い職人にその技術を教えたり、俺が持ち込んだ車輪付きの椅子を改良したり好きな事をして過ごしているらしい。母さん達の話だと、仕事をしていた時よりずっと生き生きしているとのことだった。
 私的な事ではレーナだけでなく、元親方衆の孫娘ヤスミーンとモニカの2人をオリガの侍女として教育することになった。レーナが馴染めるか不安があったが、年齢も近いこともあってどうやら仲良くやっているらしい。
 そんな事をしているうちに夏どころか秋も過ぎていた。忙しかったのもあるが、ふと仕事の手が止まると物思いにふけってしまい、気が付いたら時間が経っていたと言う事がよくあった。それは俺だけではなく他の家族も同じだったらしい。
「やっぱり無理があったなぁ……」
 そう思って反省したのは、アジュガとミステルで部隊を分けた事だった。試行錯誤を繰り返したが、連絡の行き違いがあったり、隊員が何人か負傷したりして結局、アジュガの部隊もミステルに移動となった。そして俺は、討伐期の間アジュガとミステルを行ったり来たりする生活を送っていた。まあ合間に、見習い候補となったカイの様子を見ることが出来たのは良かったけれど。
 冬の間に悪い事はもう一つ起こった。ずっと体調を崩していたリーナ義姉さんのお祖父さんが亡くなられたのだ。リーナ義姉さんは気丈にふるまっていたけれど、大丈夫なはずはない。陰で泣いていた彼女を兄さんが支えていたのを偶然見てしまった。だからと言って俺が出来ることは少ない。せいぜい兄さんの仕事の負担を減らす采配を心がける程度だ。そのかいがあったかどうかわからないが、リーナ義姉さんは元気を取り戻したようにも思える。ついでに現在、2人目を懐妊中だ。
 いつになくアジュガは静かで重苦しい冬を過ごしていたわけだが、皇都から届いた皇子殿下誕生の知らせが救ってくれた。特にオリガは長く皇妃様のお傍を離れていたのでかなり心配していたのだけれど、この知らせが届くと涙を流して安堵していた。お祝いの品を選ぶのも熱が入り、いつの間にか町全体で殿下の誕生祝を選んでいた。
「じぃじ、あれやって」
 領主館に戻るなり、ザシャが父さんにおねだりする。孫に甘い父さんがそれを断るはずもなく、すぐに一抱えもあるからくり玩具を持ち出してきた。そしてそれを机の上に置き、その玩具の土台に付いている取手を回し始める。カタカタと音を立てて木の人形が踊る様に回りだすと、カミルとザシャは手を叩いて喜び、その様子を大人達が微笑ましく見守っている。
 この玩具は父さんを筆頭とした元親方衆が元々あったからくりを改良して作り上げたものだった。最初はこの仕組みを金属で作っていたのだが、子供が触るのに金属では危ないと考えを改め、ミステルにいる家具職人達に協力を仰いで作り上げたものだ。これをさらに改良したものを今回、皇子殿下誕生祝の一つとして持っていくことになっていた。
「これはなかなか楽しい玩具ですな」
 ラファエルさんも感心しながら眺めている。ここにあるものの人形は簡単な形にしてあるが、お祝いに用意した物には木で作った動物になっている。その出来栄えに満足した元親方衆は、収穫祭までにもっと大きなものを用意しようと計画している。当初描いていたような楽隠居は出来ていないけれど、充実した毎日を送っているみたいだった。
「働かせておけばいいのよ」
 そう母さんは言っているが、彼女自身もレーナ達に料理や裁縫を教えたりして忙しくしている。その方が性に合っているのだろう。こうして過ごすことで、少しずつ悲しみを昇華していっているのだとアジュガの神官長がいつだか言っていた。



 今回の皇都への移動は今までにないくらい大所帯になる。俺とオリガの他に息子のカミルに乳母をしてくれているビアンカとその娘のベティーナ。昨秋からアジュガの文官に正式採用したガブリエラとその息子フリッツに侍女見習のレーナ、ヤスミーン、モニカの3人。そして今回からくりの玩具を持参するにあたり、万が一不具合が起きても対処できるように元親方衆を代表して父さんが同行することになった。もちろん、母さんも一緒だ。更にラファエルさんご夫妻も一緒に向かうことになった。ちなみにサイラスは皇都に先行し、ウーゴとリタと一緒にみんなを迎える準備をしてくれている。
 人数が増えれば荷物も増える。飛竜で運ぶのにも限界があるので、今回は川船で皇都へ向かうことにした。その話がいつの間にかリーガス卿にも伝わり、彼の家族も船で皇都へ向かうから一緒にと誘われた。そこで補給に立ち寄るミステルにほど近い船着き場で落ち合う約束をしていた。
 ただ、俺はまだミステルでの仕事が残っている。オリガ達は先に船で皇都へ向かってもらい、みんながあちらに着く頃に雷光隊の仲間と共に向かう事にした。
「ルーク、オリガ、お久しぶり」
「ジーン卿、よろしくお願いします」
 落ち合う予定の船着き場には既にドレスラー家の船が到着していた。俺達の姿を見付けると、ジーン卿は気さくに声をかけて招いてくれた。
 ドレスラー家の子供達を全員連れて来たみたいでこちらも随分賑やかだ。もうじき成人を迎えるニコルが皇都の高等学院へ進学するので、みんなで送っていく事にしたらしい。故郷を再興するため、熱心に勉強しているとは聞いていたが、高等学院に進学できるほどとは驚いた。
「カミル君もどうぞよろしくねぇ」
 オリガが抱っこしているカミルのぷにぷにの頬をジーン卿がつつくと、先程までいつもと違う雰囲気を敏感に感じ取ってぐずっていたカミルも機嫌よく笑い出した。その後は両親やラファエルさん夫妻を紹介していたのだが、その間に子供達も仲良くなっていて、一緒になって遊んでいた。
 俺達が話をしている間に荷物の積み込みも終わり、出航の時間を迎える。同行者達は物珍しさもあって既に船に乗り込んでおり、カミルを抱っこしたオリガも乗船を促される。
「気を付けて」
「貴方も無理はしないでね」
 離れがたさが勝り、別れ際に2人の額に口づけた。みんなが見ている前だったので、恥ずかしがって頬を染めるオリガの姿が初々しくてかわいい。離れたくない気持ちが一層強くなってしまったが、また数日後には皇都で会えると自分に言い聞かせ、断腸の思いでジーン卿に後を託した。
「みんなを頼みます」
「任せておいて」
 ジーン卿は力強く請け負うと、最後に船に乗り込んだ。船はすぐに動き出し、俺はみんなに手を振りながら遠ざかっていくその船を見送った。


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