群青の軌跡

花影

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第4章 夫婦の物語

第30話

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迷ったけど、今回はルーク視点。



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 これまでの功績を認められて領主に任命され、更には礎の里で当代様から褒賞まで頂いた。でも、俺には分不相応だったのだろうか? だから、罰が当たったのだろうか? だとしても2人が死ぬなんて理不尽だろう! 俺はカミラとウォルフの墓標の前に膝を付き、拳を地面に叩きつけながら泣き続けた。
 どのくらいそうしていただろう? 放心していた俺は立ち上がると、フラつく足取りで墓地を後にした。降りしきる雨の中、無意識のうちに俺が向かったのはエアリアルがいる竜舎だった。
 だが、その入り口付近に設置してある休憩用の椅子にファビアンとエーミールが座っていて、どこか肩を落とした様子で酒を飲んでいた。
「もっと機転を利かせていれば……」
「いや、あの時もっと強く警備の要請しておけば……」
 留守を頼んだばかりに2人を巻き込んで後味の悪い思いをさせてしまっている。一番悪いのは俺だ。国主会議の警備はラウルに任せて俺は残っていればこんな事にはならなかったのだ。
「お前達の所為じゃないさ」
 そう声をかけたところでようやく2人は俺に気付いた。突然姿を現したので随分と驚いた様子だった。
「た、隊長、ずぶ濡れじゃないですか」
「ちょっとこれで……あ、いや、着替えを……」
 2人が驚いたのは、俺が急に現れたからではなく、雨に濡れたままだった俺のいで立ちの所為だった。ファビアンは首にかけていた布を俺にかぶせ、エーミールは慌てて領主館へ駆け込んでいく。
「気にしなくていい。それよりも俺にもそれをくれ」
 濡れているのは特に気にならない。それよりも現実を逃避できる物が欲しかった。
「は、はい」
 ファビアンは慌てて酒杯を俺に差し出す。俺はそれを受け取ると、一気にあおった。だが、こんなものではまだまだ足りない。空の杯を無言で差し出すと、ファビアンはおかわりを注いでくれた。それもまた俺は一気にあおる。
「全部よこせ」
 俺の要求に断ることも出来ないファビアンはまだ中身が半分ほど残っている瓶を差し出した。俺はそれを受け取ると、そのまま奥のエアリアルの室へと入って行った。

グッグッグッ

 寝藁にうずくまっていた相棒は俺が近寄ると頭を起こして鼻を摺り寄せてくる。俺は相棒の頭をひとしきり撫でてからいつもの様に相棒の体に寄りかかって干し草の上に座り込んだ。そしてその体勢でファビアンから半ば強奪した酒瓶に口をつける。
 酒精の強い蒸留酒でこんな飲み方をすればあっという間に酔いつぶれてしまうのだが、今の俺にはこれでも物足りなかった。親友と妹を失った悲しみやくやしさ、ふがいない自分への怒り、そんなぐちゃぐちゃな感情に任せて酒を飲み続ければ、瓶の中身はあっという間に空になっていた。
 空になった瓶を放り投げ、ぐちゃぐちゃな感情のまま1人であれこれ考えていると、2人を害した犯人へ言いようのない怒りが沸々と沸き起こって来る。何としても自分で制裁を下したい衝動に駆られ、すぐさまエアリアルに装具を付けるとそのまま外へ連れ出した。
「ルーク兄さん? 一体どこへ?」
「一発殴って来る」
 エーミールと領主館から出て来たティムが慌てた様子で声をかけて来たので、俺は平然と答えてエアリアルにまたがった。ティムは慌てて止めようとしたが、俺はそれを回避して相棒を飛び立たせる。
 そのままシュタールへ向かっていたが、後ろからものすごい勢いでテンペストが追ってきて、俺の行く手を阻む。
「ルーク兄さん、ダメですって」
「邪魔をするな」
「ルーク兄さんもただでは済みませんよ」
「害毒に制裁してくるだけだ」
 俺はシュタールへ向かおうとし、ティムはそれを妨害する。お互い飛竜を操りながらそんなやり取りをする。それにしてもティムも腕を上げたな。だが、まだまだひよっこに負けてはいられない。巧みに妨害をかいくぐりながらなおも先を目指す。
 しかし、エアリアルの方がティムに同調していて俺の意思に素直に応じてくれない。そうしているうちに進路はじりじりと南へ逸れていく。なんか、屈辱だ。
「姉さんが悲しむよ」
 そしてティムのこの言葉が決定的になり、俺はシュタールへ向かうのを一旦諦めて進路を南へ変更した。



 ティムが駆るテンペストを撒いてやってきたのは、かつてゼンケルでこき使われていた頃に休憩用に立ち寄っていた高台だった。既に雨はやんでいて、泉で喉を潤してから薪を集めて火をおこした。
「俺、何やっているんだろう……」
 先程まで強く駆られていた衝動も治まり、焚火の火を眺めながら俺は思わずつぶやいた。どうやら、少し酔っていたらしい。だが、このまますぐに帰るのもバツが悪い。日も既に落ちて辺りは真っ暗になったし、朝になったら帰ろうと腹をくくった。

ゴッゴウ

 不意にエアリアルが飛竜式の挨拶をする。ティムがここまで追って来たかと思っていたが、気配が近づくにつれて俺は血の気が引いてくる。
「やはりここだったか」
「へ、陛下……」
 驚いたことにやって来たのは陛下だった。俺の動揺を他所に、「ここは変わらないな」等とおっしゃりながらグランシアードの背から軽快に降り立たれた。
「ど、どうして……」
「シュタールに向かう予定だったが、途中でお前を探していたティムと遭遇した。見失った場所とお前が向かったと思しき方角からここだと推測して来てみた」
 陛下はそう仰ると、グランシアードに括り付けていた荷物を俺に手渡す。
「供はどうされましたか?」
「弱っている姿は見られたくないだろう? 第3騎士団はそのままシュタールに向かわせ、ティムは雷光隊とアジュガへ戻らせた」
 陛下はそう仰られると、昔、ここでしていたように焚火の傍らに腰掛けられた。俺は受け取った荷物を抱えたまま、ただオロオロとその様子を見ていた。
「まあ、座れ。荷物を開けてみたらどうだ?」
 陛下にうながされ、ようやく受け取った荷物をあらためる。中には着替えと保存食、そして酒が忍ばせてあった。遅ればせながら自分がまだ喪服をまとっていたことに気付く。焚火にあたって乾いてきているが、生乾きのままではさすがに気持ち悪い。陛下に断りを入れ、俺はその場で着替えた。
「シュタールで一連の詳細を聞くつもりだったが、気が変わった。担当の者をアジュガへ来させるから、お前とご家族にも聞いてもらおう」
 焚火にあたりながら保存食を肴にティムが忍ばせていた酒を2人で飲む。さすがにもうさっきまでの無茶な飲み方はしない。
「皇都へお戻りにならなくてよろしいのですか?」
「帰国は知らせたが、本宮へ帰るのはこの問題を終わらせてからだ。ウォルフは私の恩人の1人だ。お前と同様に今回の件には腹を据えかねている。帰国を速めた分、留飲を下してからでも問題ないだろう。それに、本宮への帰還は護衛のお前達と一緒でないとまた何やら言う輩が出てくるからな」
 どうやら、俺が思っていた以上に陛下はお怒りだった。その後はしばらく何を話すわけでもなく2人で静かに酒杯を傾けた。だが、不意に陛下が口を開いた。
「ルーク。私は後悔している」
「何を……ですか?」
「お前にアジュガとミステルを任せたのは間違いなかったとは思っているが、急ぎすぎたのではないかとね」
 陛下はそこでいったん言葉を切ると、酒を一口飲んでから言葉を続ける。
「特にミステルは現状を知れば知るほど、後から援助するよりも、もっと整備を進めてから渡すべきだったとずっと後悔していた。私の認識の甘さが招いた結果だ」
 確かにミステルの有様はひどかった。しかし、逆にあの状態だったからこそ俺に譲られても他の貴族からの反発が少なかったとも言える。
「自分はあの状態で良かったと思いますよ」
「ルーク?」
「確かに、自分に領主が務まるか今でも不安です。だけど、ミステルを1から立て直すことで愛着がわいて、もっとミステルの為に頑張ろうという気持ちが強くなっているのは確かです。それに……整備が終わってからだと余計に風当たりは強くなっていた気もします」
「……確かに、それもあるか」
 俺の率直な気持ちを伝えると、陛下も納得されたご様子だった。俺は自分が出来得る限りの事で最善をしたと思っていたが、周囲に……特にウォルフに頼りっぱなしだったのは間違いない。だからこそ余計に俺へのやっかみが彼へ向けられてしまったのかもしれない。
「いずれにせよ、シュタール全体の綱紀をまた改めなければならない」
 ゼンケルの事件の後、団長に就任したアンドレアス卿のおかげで改まっていたが、彼の引退後にまた緩んできているのだろう。そうでなければ、いくら商人から訴えがあったとしても、確たる証拠どころか何の調査も無しにいきなりウォルフを捕えるような命令が平然と下されるはずがない。詳しい報告を聞かないと判断は難しいけれど、他にも色々とありそうだ。
「お前に任せたいところだが……」
「無理ですよ」
 団長と同等の権限を許されているが、さすがにそれは無理だ。第一誰もついて来てくれない可能性もある。
「カルネイロの残党事件の後、若い竜騎士達はお前の元に付きたがっているものが多い。上の連中に遠慮してなかなか言い出せないでいるみたいだけどな」
「だとしても、俺にはまだ役不足です。雷光隊も隊員が増えたし、教育部隊まで出来てしまいました。これ以上はさすがに……」
「まあ、他を当たるしかないな」
 案外、本気だったらしい陛下が折れてくれたので、ホッと胸をなでおろす。雷光隊だけでもすでに俺の手に余る状態になっている。第2騎士団の立て直しまではさすがに無理だ。逆に言えば俺にそんな話を振って来るほど人材がまだ不足しているという事だ。
「ならば、教育部隊を活用して一人でも多くの有用な人材を育成してもらおうか」
 前例がない事をするので、結果がどうなるかはまだ分からない。今の段階で出来る返答はこれだけだった。
「善処いたします」
 うん、便利な言葉だと思う。ともかく、今後の事は明日の調査結果を聞かないと判断が出来ない。



 その後は俺も陛下も無言で酒杯を傾けた。そして夜が明けきらないうちに高台を出立する。ティムとラウルが高台の近くで待っていてくれていたらしく、途中で合流してアジュガへと向かった。
「ルーク!」
 着場へ着くなり、オリガが駆けよってきて抱き着いて来た。心配をかけてしまって本当に悪い夫だ。
「心配かけてゴメン」
 俺は深く反省し、謝罪の言葉を口にしてから彼女を抱きしめた。





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次はまたオリガ視点に戻ります。

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