群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

第14話 オリガ

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オリガはヒロインなので、閑話ではなく本編という扱いにさせていただきました。


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「ふう……」
 私はため息をつくと読みかけの本を閉じた。寝ようにもなかなか寝付けなくて、寝る努力を諦めて本を持ち出したわけだけれども、結局いくら文字を目で追っても内容が頭に入ってこなかった。
 事の発端は討伐期に入る直前に届いたルークからの手紙だった。その数日前に今年最後だと言う手紙が届いたばかりだったので不思議に思って封を開けた。ルークが密輸に関与した疑惑がかけられ、無実が証明されるまで隊長の権限を返上したという内容に驚きといきどおりを感じた。
『冤罪なのは分かり切っている。きっと仲間が証明してくれるから、朗報が届くまで俺は古の砦で大人しくしているつもりだ。心配かけてしまうけど、俺は大丈夫。だから、また春に会えるのを心待ちにしている。愛しているよ』
 手紙はそう締めくくられていた。アジュガの人達も疑われてもっと感情的になっているんじゃないかと思ったけれど、彼は冷静だった。感情に任せて行動してしまい、自分だけでなくアジュガの人達にも不利とならないように距離をとろうとしたのかもしれない。
 後から陛下が直々にご説明して下さった内容によると、密輸の件は第3騎士団からも人員を派遣して調査に当たって下さっているらしい。そして陛下は最後にルークは密輸とは無関係だろうと言う見解を示して下さった。そのおかげで気持ちは楽になり、とにかく調査の結果を待とうと思った。
 そしてその知らせが届いてから1カ月ほど経った昨日、今度はフォルビアからルークが攫われたと知らせが来た。陛下から直々に伝えて下さったのだけど、驚きすぎてその後の記憶が定かではなかった。
 後に同席して下さった皇妃様から改めて概要を伝えてもらったところによると、襲撃した賊の本当の狙いはゲオルグさんで、ルークは勘違いで連れ去られてしまったらしい。そんな事が本当にあるのだろうかと思ったけれど、そうとしか思えない状況らしい。その気になればエアリアルを呼んで逃げ出すことも可能だけれど、随分と大きな組織が関わっている様子から黒幕を突き止めるためにルークは大人しく賊に従っているらしい。
 ティムと雷光隊が常に彼の居場所を把握しているらしいのだけれど、やはり危険な状況には変わらない。恥ずかしい話だけれど平常心を保つことが出来ず、皇妃様のお計らいでお側仕えの仕事をお休みさせていただいていた。
「どうか……無事に帰ってきて」
 そうダナシアに祈りながら眠れぬ夜を過ごしていた。



「オリガさん、皇妃様がお呼びです」
 一向にはかどらない編み物をしていると、同僚が私を呼びに来た。慌てて身なりを整えて北棟の居間に伺うと、そこには皇妃様だけでなく少し厳しい表情を浮かべておられる陛下のお姿があった。それだけで何か良くないことが起こったのだと瞬時に察した。陛下が人払いして後は皇妃様と私の3人だけになると、いよいよその悪い予感は当たっていると確信した。
「わざわざ来てもらって済まない」
 陛下はそう仰ると私に席を勧める。緊張で震える足をどうにか動かして勧められた席に座ると、恐れ多くも皇妃様がお手ずからお茶を淹れて下さった。飲むように促されて口をつけると、不思議と気持ちが少し落ち着いた。
「先程、ティムが使いで来た」
「ティムが?」
 皇妃様のお茶で一息つかれた陛下が徐にそう切り出された。まだ見習いの上、さらわれたルークの後を雷光隊と共に追っているはずのティムが使いで皇都まで来たことに驚いた。
「ワールウェイド領の北西で女王の行軍が発生した。折悪くルークを連れた賊が休憩に立ち寄った村のすぐ側だ」
「嘘……」
「村に籠って女王の行軍をやり過ごすことも出来た様子だったが、あいつはどうにも見過ごすことが出来なかったらしい。足止めをするべく単独で女王に挑んだそうだ」
「ルークは?」
 震える声で尋ねると、陛下は沈痛な表情で続けられた。
「雷光隊が駆け付けた時には女王の前で倒れていたそうだ。ティムがすぐにワールウェイドの薬草園に運んだおかげで一命はとりとめたが、危険な状態らしい」
 頭の中が真っ白になり、すぐに言葉が出なかった。気づけば涙を流し、恐れ多くも皇妃様が私の背中をさすって下さっていた。
「ルークの……所へ、行きたい」
 つかえながらも出てきた言葉は紛れもない本心だった。口に出してみたものの、皇妃様の側仕えという自分の立場と、竜騎士でも移動が大変な厳冬期と言うことを考えれば、実現は不可能だった。すぐに肩を落とし「無理ですね」と自嘲するしかなかった。
「北棟の事は気にしなくていいから、行ってきなさい」
 傍らの皇妃様が私に喝を入れる様にきっぱりと断言される。驚いて顔を上げると、陛下も重々しく頷いておられた。
「オリガが望むのなら手配しよう」
「ありがとうございます」
 私が頭を下げると、陛下は現状の詳細を教えて下さった。成熟していないテンペストでは危険と判断したヒース卿の言葉に従い、ティムは皇都へはエアリアルで来ていた。かなり無理をしたらしく、報告を終えたティムは疲労困憊でその場に倒れ込んでしまっていた。現在は南棟の客間で休んでいるらしい。賓客扱いに恐縮するが、ゆっくり休ませるためのご配慮だった。
 既に増援としてデューク卿が出立されていた。女王は斃したが事後処理に時間がかかる上に砦の襲撃犯の事もある。速い対応が必要という判断で陛下から権限を委託されたアスター卿も現地に向かうことが決定していた。竜騎士だけでなく文官も帯同することになり、私は彼等と共にワールウェイドへ向かうことになると説明を受けた。
「焦る気持ちはあると思う。しかし、彼等の準備もあるし、ティムにも十分な休息が必要だ。出立は早くても明朝となる」
 一刻でも早くという気持ちがあったけれど、陛下のかみ砕くような説明を聞いてしまうと頷かざるを得なかった。気落ちする私に皇妃様はそっと手を取られた。
「オリガも準備を整えたら休みなさい。ずっと休めていないのでしょう?」
 皇妃様はお見通しだった。私が頷くと、優しく諭す様に言葉をつづけられた。
「この時期の移動は非常に体力を消耗します。出立までにちゃんと食事をして十分な睡眠をとりなさい。あちらに着いてからもです。ルークの事が心配かもしれませんが、グルースとバセット先生が付いています。2人を信じて」
「はい……」
 皇妃様のお言葉に私は涙を流しながら頷いた。



 御前を辞した私は自分の部屋に戻るとすぐに荷物をまとめた。遊びに行くのではないから、鞄に詰め込むのは必要最小限にした。本当はティムの様子も見に行きたかったけれど、準備を終えた頃には夜になっていた。疲れ切って寝ているとのことだったし、明朝、早目に部屋を出て寄った方が話を聞けるかもしれない。
「オリガさん、準備は終わった?」
 荷物を纏め終わったころ、皇妃様から話を聞いたらしいイリスが様子を見に来てくれた。皇妃様の御指示で彼女は食事も持ってきてくれていた。あまり食欲はなかったけれど、彼女に話を聞いてもらいながらちょっとずつ口に運んでいるうちに食べきっていた。
「大変だとは思うけれど、道中のご加護をお祈りしているわ」
 ラウルとイリスさんは新婚だった。夫の事が心配なはずなのに私に気を配ってくれる彼女の健気さに頭が下がる。手紙を書くのならば預かると言うと、少し顔を綻ばせたものの目を伏せて首を振った。明らかに遠慮している。
「遠慮はいらないわ。私が直接渡せなくてもティムが渡してくれるはず」
 そう言ってイリスを説得すると、出立までに書き上げると返事をした。そしてすぐに書き始めると言って部屋を退出していった。こうして話が出来たおかげで少しだけ元気を取り戻した。私は出立に備え、眠る努力をするべく寝台に潜り込んだ。



 翌早朝、イリスから手紙を預かった私は身支度を整えるとティムにあてがわられた部屋へ向かった。彼は食事の最中で私が入っていくと少し驚いていた。
「姉さん……」
「おはよう。体は大丈夫?」
「うん……」
 ティムはそう答えながらもどこか元気がなかったが、とにかく食事を済ませる様に促した。出立にはまだ時間があったので、食後に少し話を聞いてみる。
「何か……役に立てなくて……」
 ルークのすぐ傍にいたのにこんなことになってしまって責任を感じているらしい。そして他の竜騎士達が女王や妖魔と対峙している間、ルークを運び込んだ薬草園でバセット先生に一服盛られて眠りこけてしまっていたのだとティムは肩を落とす。
 でも、見習いの彼に出来ることは限りがある。そこで無理やりにでも休息をとれたから皇都への使いを任されたのだけれど、本人はまだ納得できていない様子だった。
「ティムがそんなに気落ちしているとルークも心配するわ」
「うん……なんか、ゴメン。俺が姉さんを励まさなければならないのに」
「気を使わなくても大丈夫よ」
 その心遣いは嬉しいけれど、自分の気持ちを整理して立ち直ってもらう方が先のような気がする。そんな風に姉弟で慰め合っているうちに出立の時間が迫って来た。準備を整えたティムと共に着場に移動すると既にアスター卿が準備を整えて待っておられた。
「遅くなって申し訳ありません」
「問題ない。よく眠れたか?」
 アスター卿に聞かれて迷ったけれど、曖昧に頷くにとどめておいた。心情を察して下さったのか、それ以上の質問は控えて下さった。ホッとしながら促されて荷物を預け、装具を整えてあるエアリアルに近づく。

グッグッグッ

 私に気付いてエアリアルが甘えてくる。私が飛竜の頭を撫でて構っている間、ティムは慣れた手つきでその装具を確認していた。
 今回アスター卿や私達と共にワールウェイド領に向かう竜騎士は総勢10名。他に5名の文官が同行し、先行したデューク卿の舞台と合わせるとこの時期にしてはかなり大掛かりな遠征となる。
「出立する」
 厳重に防寒対策をしてエアリアルの背に納まり、ティムが私を支える様にその背後に乗り込む。いつもの、ルークと乗る感覚との違和感に戸惑いながらも寒さに備えて長衣を体にきつく巻き付けた。


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ルークに会わせるまで書ききるつもりだったのに入らなかった……。
もう1話オリガ視点で。
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