群青の空の下で(修正版)

花影

文字の大きさ
上 下
259 / 435
第2章 タランテラの悪夢

111 不穏な気配8

しおりを挟む
 大神殿を辞去したレイドが本宮に戻ると、侍官が彼を呼び止めた。
「レイド卿でいらっしゃいますか?」
「はい」
「第1騎士団副団長とフォルビア総督がお会いしたいそうです。少し、お時間を頂けないでしょうか?」
 副団長に総督……おそらくはエドワルドの側近だろう。思いがけない大物からの申し出にレイドは迷いながらも応じる事にした。ただ、今着ているのは普段着である。こんな恰好で本宮をうろうろして大丈夫なのかそれが気がかりだった。
「構いませんが、その……こんななりで大丈夫でしょうか?」
「気になさる方々ではありませんので、ご心配は無用です」
「分かりました」
 総督を決めた事からしてフォルビアは当面国が管理するのだろう。そのフォルビア総督が誰になったのかも気にかかる。アレスを待たせてしまうかもしれないが、今後の為にも会っておいた方が得策だと判断する。単に好奇心が勝ったとも言うべきかもしれない。
 レイドが係員に案内されたのは西棟の上層、第1騎士団の副団長執務室だった。南棟の中枢区画に案内されたらどうしようかと思っていたのだが、堅苦しい場所では無くて胸を撫で下ろす。
「レイド卿をご案内いたしました」
「ご苦労、入って頂いてくれ」
 重厚な扉を叩いて侍官が声をかけると、思ったよりも若い声で返答があった。
「失礼いたします」
 室内は随分と散らかっていた。奥の机には書類が山と積まれ、壁際には雑多な物が箱に入れられて積み上げられている。辛うじて中央に置かれたソファとテーブルが片付いており、そこに2人の人物が座っていた。
 最初に声をかけてきたのは、フォルビアでの盗賊の捜索にも参加し、レイドも顔を知っているヒースだった。以前は第3騎士団の団長だったが、今回の事で移動になったのだろうと推測する。
「お呼び立てして済まない。第1騎士団副団長のアスター・ディ・バルトサスだ」
 もう1人は左目を眼帯で隠した若い男だった。この部屋の主がどうやら彼のようで、苦笑しながら散らかっている事を付け加えるように詫びてきた。
「落ち着かないかもしれないが、お掛け下さい」
「はい、失礼します」
 アスターとヒース……オリガやティムから聞いた話に加え、今まで拾い集めた噂話から統合すると、今、自分はエドワルドが最も信頼する側近に会っている事になる。その2人が揃っているという事は、エドワルドの名代として彼に面会を求めてきたのだろう。正直レイドは緊張していた。
「御用と伺いましたが?」
「貴公はフォルビア正神殿に雇われる形で滞在しているんだったね?」
「はい、そうです」
 盗賊の大掛かりな探索は終わった後も、レイドとガスパルとパットの3人は聖域との連絡が取りやすいという利点からフォルビア南部の検問所を兼ねた砦に交代で詰めるようにしている。
「我々の状況をどこまでお聞き及びか分かりませんが、正直に申し上げますとこの冬を乗り切るための人手が足りません。そこでお願いがあるのですが、フォルビアでの妖魔討伐に貴公の力を貸して頂けないでしょうか?」
 回りくどい美麗字句など省き、単刀直入な申し入れだった。礎の里の賢者相手に腹の探り合いばかり目にしてきたレイドにとって、清々しさまで感じてしまう。勿論、今のタランテラにとってそんな余裕すらないのが現状なのだろう。
「もちろん、ロイス神官長とはそのつもりで契約を済ませております」
「そうですか。ありがとうございます」
「ご助力、感謝します」
 2人は口々に礼を言って頭を下げる。ハルベルトに同行した大隊が1つ壊滅したのだ。厳しい冬を乗り切るためには1人でも多くの竜騎士を確保しておきたいのは確かだろう。
「失礼します」
 そこへ1人の女性が入って来た。レイドは彼女の目の覚めるようなプラチナブロンドにくぎ付けとなる。
「……マリーリア卿……かな?」
 レイドが思わず呟くと、凍てつくような視線を感じてピキリと固まる。視線の送り主は先程まで穏やかに会話を交わしていた副団長だった。彼女を言い当ててしまったのはまずかったかもしれないと、レイドは己の失態に内心焦った。
「……アスター卿、そんなに脅しちゃ可哀想でしょう?」
「余裕がない男だな」
 呆れたように騎士服姿のマリーリアが口を挟み、ヒースは冷やかすような視線を親友に送る。
「……余裕が無くて悪かったな」
 どこか憮然ぶぜんとした様子のアスターは立ったままのマリーリアから何かを受け取る。
 どうやら2人は相愛の仲なのだろう。レイドが彼女……正確にはその髪だが……に見惚れたのがちょっと、いや、かなり気に入らなかったらしい。
「ご助力に感謝して新たな許可証を用意させてもらいました。春までの期限付きだが、身分証代わりに使用してください」
 アスターが無言でマリーリアから受け取った物を差し出し、ヒースが代わりに説明をする。差し出された通行証は今レイドが持っている物と同様のものだったが、裏面に有る署名が別人のものである。
『エドワルド・クラウス・ディ・タランテイル』
 まさか国主代行直筆の通行証を頂けるとは夢にも思わず、レイドはその場で再び固まる。そこまで信用してもらえると、隠し事が多い分、逆に心が痛む。
 ラグラスが逃亡し、ベルクが不穏な気配を漂わせている現状では、さすがにまだフレア達の事を話すわけにはいかない。第一、これはアレスの役目だ。レイドはうっかり口を滑らせないよう、改めて気を引き締めた。
「本当に、良いんですか?」
「助力を頂けるならば、相応の便宜を図るのは当然だろうと殿下のお言葉だ」
「我々も準備が整い次第フォルビアに戻る。レイド卿もすぐお戻りになると伺っていますが、我々に同行してもらえないだろうか?」
 要するにフォルビアでは自由にしていいが、そこに着くまではタランテラ側の目の届く範囲にいて欲しいのだろう。当然と言えば当然の措置ともいえる。
 アレスが向こうに戻ると言えば、一緒に連れて行くつもりで小竜に伝言を持たせていた。予定が狂っても臨機応変に対応するだろうから心配はいらないのだが、アレスに何も連絡できないのが心苦しい。だからと言って変に断れば怪しまれてしまう。ここは素直に応じるしかない。
「分かりました。同行させていただきます」
「出立まで少し休まれると良い。部屋に案内させよう」
「はい、ありがとうございます」
 ここへ案内してくれた侍官が呼ばれ、レイドは一同に挨拶をすると執務室を後にした。



「気に入らんな」
 レイドが退出してもアスターは依然として不機嫌な様子だった。そんな彼をヒースはおかしそうに眺めている。
「本当に余裕がないな」
「そういう意味ではない」
 憮然として言い返すと、ずっと黙って2人のやり取りを眺めていたマリーリアが首をかしげる?
「何が気に入らないんですか?」
「何か……隠している」
「敵意は感じないんだがな」
 アスターの返答にヒースは苦笑して同意する。
「エヴィルを疑うつもりはないが、ただの傭兵ではないだろう」
 ヒース達がフォルビアの様子を探るのに一苦労していた頃、彼はエルフレートと共に使者の護衛として現れた。逃げた盗賊の探索という格好の口実を作ってくれたおかげで城の襲撃に参加する騎馬兵達をフォルビアへ多く送り込むことが出来た。勿論、遠方からも駆けつけてくれた竜騎士達のおかげもあるが、城の占拠も速やかに行われたのは騎馬兵団の存在が大きかったのは確かだ。
 実のところ、ヒースは他にリューグナーを捕らえたのも彼ではないかと考えている。酔っぱらって木箱に入って眠り込んだと言うのはありえなくもないが、それがマーデ村へ運ぶ荷物に紛れ込んでいたというのはあまりにも出来すぎている。組織だった何かが働いているのではないかと感じていた。
「とりあえず、しばらく様子を見る」
「そうしてくれ」
 そこへ侍官がヒースを呼びに来た。フォルビアへ出立する準備が整うまでに、まだする事があるのだ。
「事後処理、途中で任せることになるが、後は頼む」
「ああ、それは任せてくれ。その代り、フォルビアを頼むぞ」
「もちろんだ」
 いつも以上に厳しい冬が来ようとしている。2人は再会を約してがっちりと握手を交わした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...