群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

92 フォルビア解放劇4

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 目を覚ましたエドワルドは見覚えのない天井に困惑した。だがやがて、仲間に助け出され、制圧したフォルビア城の客間で休んだことを思い出して大きく安堵の息を漏らす。
 昨夜はあの後、無理を言って本隊に同行したオルティスの世話を受けながら2か月ぶりに湯を使って体を清め、そしてオルティス同様、無理をごり押しして同行してきたバセットの診察を受けた。本当は色々と報告を聞きたかったのだが体の方がもたず、かろうじて妻子がまだ生きている可能性がある事だけを聞いて休んだのだ。
 やはり無理して力を使い続けたのが祟ったのか、体がだるくて起こす事もままならない。そのだるさに任せ、牢獄の寝台とは比べ物にならない程柔らかく、そして暖かな寝台に横たわっていると、またうつらうつらと眠りについていた。
「……おるのじゃろう。仕方あるまい」
「ですが……」
 ふと、声を抑えて交わされる会話に目が覚めた。明かりを落とした室内を見渡すと、バセットとオルティスが何やら話をしているのが目に入った。
「殿下……」
 いち早く気付いたオルティスは感無量と言った様子で涙ぐんでいる。エドワルドが眠る前には余裕が無くて気付かなかったが、少しやつれた様子の彼にも心配と迷惑をかけたのだと、自分の至らなさが招いた事態の重さが心に伸し掛かってくる。
「オルティス……」
 ずっと眠っていたからか、かすれた声しか出てこない。オルティスはすぐにエドワルドの体を負担がかからない程度に起こし、用意してあったハーブ水を飲ませてくれる。紫尾しび蹴爪けづめに掛けられて寝込んでいた間にも飲んだ記憶があるそれは、彼の妻であるフロリエの調合を再現したものだった。
「苦労を掛けたみたいだな」
「殿下が受けられた苦難とは比べ物になりません」
 オルティスはそっとエドワルドの体を横たえる。するとバセットがすかさずエドワルドを診察し、難しい表情を浮かべる。
「私はどのくらい眠っていた?」
「丸1日といったところじゃの。まだ数日は安静が必要じゃろうて」
「のんびり寝ている訳にはいかないな」
「殿下。無理は禁物ですぞ」
「全てを把握している訳ではないが、その無理をしなければならない状況なのは一目瞭然だろう?」
「……相変わらず頑固じゃのう」
 エドワルドがこう言い出す事は予測していたのだろう。バセットは大きなため息をつくと、諦めたように続ける。
「先ずは滋養のある物を摂り、用意する薬を飲んで今夜は休む事じゃ。状況の把握は朝になってからにせい」
「分かりました」
 これ以上の譲歩は無さそうだったので、エドワルドも素直にうなずく。確かに今の調子では報告を受けても全てを把握しきれる自信は無かった。二度手間にならない為にも、老医師の勧めには素直に従う事にする。
 そこへオルティスが食事を運んできた。再び彼等の手を借りて体を起こすと、出汁をきかせた野菜と穀物のスープをゆっくりと味わって食べた。
 温かい物で腹が満たされれば、薬を飲むまでもなく自然と眠気が来る。彼は一つ欠伸をすると、再び寝台に横になったのだった。



 結局、エドワルドが次に目を覚ましたのは次の日の昼前だった。前の晩に起きた時に比べると随分と体が楽になっているが、診察したバセットにはまだ安静を言い渡される。仕方なしに運ばれてきた食事を済ませ、オルティスに手伝ってもらって身だしなみを整えると、寝台に体を起こした状態で報告を受ける事となった。
「叔父上……」
 真っ先に寝室へ訪れたのはアルメリアだった。作戦成功の知らせをロベリアで受け、すぐにでもフォルビアへ来たがっていたのだが、完全に混乱が収束してからと周囲に諭されてつい先ほどフォルビアに到着したらしい。眠れぬ夜を過ごした彼女は、エドワルドの姿に安堵するが、そのやつれた姿に涙が止まらない。
「アルメリア、苦労を掛けて済まない」
「いえ……」
 言葉に詰まったアルメリアは、持参した父親の形見をそっと差し出した。エドワルドは一瞬怪訝そうな表情となるが、すぐにそれがハルベルトの物と気付く。
「母からの伝言です。本宮に帰る時には正装が必要だろうから、これを着て下さい、と」
「義姉上が?」
 ハルベルトの遺志を継いでほしいという願いも込められているのだろう。元よりそのつもりだった彼はそれを後押ししてくれるセシーリアの気遣いがたまらなく嬉しい。彼の身分を示す記章も全てつけられている。
「これはおじい様からです」
 アルメリアが差し出した書状を受け取って目を通すと、エドワルドの表情が少し険しくなる。
「随分と弱っておられる……」
 弱弱しい筆致に思わず呟く。だが、そればかりを気にしていられない。国主の署名入りの公式文書により、既に自分が国主代行に指名されているのだ。
「国主代行か……私がする事になるとは……」
 書状を眺めながら自嘲気味に呟く。今まで彼の上には常にハルベルトがいた。人望が厚く、文武に優れた彼が次代の国主になる物だとずっと思っていた。もちろんそれに異論はなく、自分は気楽にその兄を手助けするだけだと思っていた。
 昨年、兄から国主になる様示唆された時は一蹴したが、その兄が亡き今、それが目の前に突き付けられようとしていた。
「叔父上?」
 考え込んでしまった彼を気にかけ、アルメリアが声をかける。
「今、考えても仕方ないか……」
 エドワルドはため息をつくと、書状を丁寧に折りたたんで片付けた。悩んでいる暇はなく、目の前に山積みとなっている問題を片付けるのが先だった。
「そろそろ痺れを切らしているだろうから、皆を呼んでくれるか?」
「はい」
 エドワルドの頼みにアルメリアはうなずくと、待機しているだろう竜騎士達を呼びに行く。ほどなくして扉を叩く音がして、主だった竜騎士達が入って来る。アスターを筆頭にヒース、リーガス、ルーク、マリーリア、アルメリアの手を取ったユリウス、そして最後にエルフレートが寝台の側に集まる。
「殿下……」
 救出して一日以上経つのだが、まだ疲労の色が色濃く残っている彼の姿に、一同は救出できた喜びよりも彼をここまで貶めたラグラスへの怒りが再燃し、言葉が詰まる。
「こんな形だが、皆、改めて礼を言いたい。駆け付けてくれてありがとう」
 1人1人の顔を見ながらエドワルドは礼を言い、握手を交わす。だが、最後に握手を交わしたアスターの眼帯で覆われた顔を見ると、強く唇をかみしめていた。
「殿下、もう気になさらないで下さい。こうして命を拾い、再びお仕えする事が出来ます。この左目はあの時の不手際を忘れない為のいましめとなりましょう」
 救出後、会話を交わした時にアスターの姿を見てエドワルドは衝撃を受けた。それは彼が存命していた喜びを全て打ち消す程で、自分の不手際を彼は心底呪ったのだ。それをアスターは同様のセリフで宥めたのだが、やはりその後悔はなかなかぬぐいきれないのだろう。
 だが、いつまでも起きてしまった事にこだわっている暇は無かった。エドワルドはもう一度「すまん」と呟くと、集まった一同からここに至るまでの報告を順に受けた。
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