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第2章 タランテラの悪夢
89 フォルビア解放劇1
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ロベリア総督府の着場にはズラリと飛竜と竜騎士が並んで待機していた。第3騎士団所属の竜騎士の他にブランドル家や元第1騎士団に所属していた者、中にははるばるサントリナ家から駆けつけてくれた者もいて総勢で24騎の大部隊となった。
「皆さん、遠路駆けつけて下さって感謝します。卑劣なラグラスの手により、叔父上が処刑されようとしています。しかも、酒席の余興などと有り得ない理由によってです。彼等の暴虐を暴く為にどうか皆さんの力を貸してください」
整列する竜騎士達にアルメリアが声をかけると、彼等は勇ましい掛け声とともに剣を掲げる。2人の所業を耳にした彼等は憤っており、更にはこの2カ月余り抑圧されてきた恨みもある。彼等の士気は熟練した指揮官であるヒースでも制御するのが大変なくらいに上がっていた。
「この2ヶ月間の不当な扱いに我らは耐えてきた。だが、それ以上に理不尽な扱いを受けられた殿下が最高の舞台を整えて下さった。あの2人が決して得ることが出来ない真の忠義を見せつけてやろうじゃないか」
「おぉー!」
ヒースの檄に一層の歓声が上がる。既に日は傾き、満ちた月が昇り始めている。後から届いた情報では、月が中天に差し掛かる頃に処刑は行われる。これから3つの部隊に別れ、それぞれ割り振られた進路で城に向かえばちょうどいい頃合いとなるだろう。
「全員騎乗、配置につけ!」
ヒースの号令一下、竜騎士達はパートナーの背にまたがる。
「留守を頼みます」
総督府で待機するアルメリアと竜騎士達にヒースは頭を下げると、自身も相棒のオニキスの背にまたがる。そして先頭を切って飛び出すと、その後に続いて飛竜達が次々と飛び立っていく。
「どうか、ご無事で……」
アルメリアは最後の一頭が見えなくなるまでその場で見送った。
「私も行くわ」
「……無理だろう?」
「でも……」
惚れた相手に潤んだ瞳で見上げられると、さすがのアスターも強くは言えない。だが、今の状態の彼女をフォルビア城襲撃に連れて行くのは無理がありそうだった。
「動くのも辛いだろう?」
「大丈夫。戦闘は貴方達に任せて私は参加しないから。カーマインから絶対に降りないから、見張りだけでもさせて」
「……」
午後の日差しが降り注ぐ寝台の中で2人は実に恋人らしい時間を過ごしているのだが、寝物語にするには少々物騒な内容だった。
襲撃の後始末を他の竜騎士が引き受けてくれたので、アスターは早々にマリーリアを連れて山荘に引き上げた。互いに思いを通じ合えたからか、2人は山荘に着くなり沸き起こる高揚感に煽られるようにして寝室になだれ込んでいた。ところが少々度が過ぎたらしく、気付けば初めてだったマリーリアは足腰に力が入らない状態になっていたのだ。
慌てたアスターは甲斐甲斐しく彼女の世話をし、そこでようやく互いに離れていた間の話をすることが出来た。そして当然、今夜予定されているフォルビア城襲撃の話になる。
「もう、信じられない。平気でそんな事が出来るなんて……」
ラグラスとゲオルグの計画を知り、マリーリアは怒りを顕にするのだが、少し体が動く度に腰を押さえて呻いている。アスターは笑いたいのをこらえながら彼女の体を優しくさする。
「全くだ。だが、これで奴らを排除できる」
「そうね」
「君と、君の家族の名誉も回復させよう」
「……聞いたの?リカルド従兄さんから」
「ああ。驚いたが納得できた。君はその受け継いでいる血に相応しい待遇を受けるべきだ」
「……」
マリーリアはアスターに抱きつく。泣いているのかその背中が小刻みに震えている。
「とにかく今夜の襲撃が成功しなければ意味がない。殿下をお助けして、それから頃合いを見計らってあの方に相談しよう。いいな?」
マリーリアは小さくうなずいた。アスターは彼女が落ち着くまでその背中を優しく撫で続けた。そして、窓から入る光が赤く染まるまで2人は甘い時間を過ごしたのだった。
「大丈夫か?」
「ええ」
日が沈み、辺りが暗くなる頃、支度を整えた2人は待たせていた飛竜にまたがった。少し休んだおかげでマリーリアも動けるようになっていたが、それでもその原因となったアスターは心配げに彼女に手を貸した。
「行こうか。みんなが待ってる」
「はい。絶対にあの方を助けましょう」
「ああ」
2人は決意を固めてうなずき合うと、飛竜を飛び立たせ、集合場所となっているワールウェイド領の外れに向かう。その2頭の飛竜を登り始めた月が照らしていた。
「いよいよ始まるな」
フォルビア城下にある宿屋の部屋で、暗くなった窓の外を眺めながらアレスは呟く。小竜を使ってマーデ村に滞在する竜騎士達の動向を調べていた彼は、今夜、竜騎士達が城を襲撃する情報を得ていた。彼等が思っていたよりも速い展開となったが、暗躍した成果を見届ける為、近隣での情報収集を取りやめて宿屋の部屋に籠っていたのだ。
彼等の最も大きな成果はリューグナーの身柄の確保だろう。マーデ村行きの物資が正神殿に届くとレイドが聞いていたので、酔いつぶれ、更に薬を投与して深く眠らせたリューグナーを入れた木箱をその物資に紛れ込ませておいたのだ。
ちなみに彼等の報復として副作用が強い睡眠薬を選んでおいたのはここだけの話である。起きた時には酷い頭痛がしていたらしいので、それで留飲を下げた。
公的に潜入しているレイドはフォルビア城下の警備状況と騎馬兵が効率よく城に到達できる経路を調べ上げていた。皇都から来た賓客が滞在しているために城の警備が今まで以上に厳しくなっていたが、アレスが連れて来た小竜のおかげで必要な情報は集まった。
エヴィルの紹介状を持っているガスパルとパットは正神殿に雇われる形で盗賊の捜索に参加している。レイドを加えた3人は、この一件が解決した後も春までこちらに留まり、著しく減った竜騎士の数を補う為に討伐に参加することに決めていた。
スパークはリューグナーが言っていた薬草園を探っている。今日あたり戻ってくると言っていたが、余計な厄介事を避けるためにも止めておくように使いを出している。
アレスはマルクスと共にリラ湖周辺でラグラスに不利な情報を流して回った。フレア達が世話になったペラルゴ村の様子も探り、その穏やかな暮らしぶりから彼等が不利益を被った様子もなかったので一先ず安堵した。
「若、我々も何かした方が良いのでは?」
マルクスが声をかけて来るが、アレスはゆっくりと首を振った。
「止めておいた方が良いな。俺達は部外者だ。下手にウロウロしていたらラグラスの手先となっている傭兵に勘違いされて捕えられるぞ。スパークにも今日はこっちに戻って来るなと使いを出した」
「なんだか歯がゆいです」
その気持ちはアレスも一緒だった。ラグラスが捕えられ、エドワルドが無事に助け出されたと報告すれば、姉のフレアは喜ぶだろう。例え直ぐに会う事がかなわなくても、無事でいる事を知らせられれば、それだけで出産を控えている彼女の精神的な負担が随分と楽になる。
だが、そのどちらかでも欠けていれば、フレアが出産してブレシッド公国内へ避難するまではタランテラ側へ公表しないとミハエルやアリシアと話し合って決めていた。もちろん、当事者であるフレアやオリガにも伝えている。彼女達をがっかりさせない為にも竜騎士達には頑張ってもらわなければならなかった。
そこへ小竜が一匹戻ってきた。スパークに伝文を運んでもらった小竜で、彼の返事を運んでくれている。
「北の方でも竜騎士が集まって出撃準備を整えているらしい。中心的役割を果たしているのは、あの雷光の騎士殿という話だ」
オリガに一目ぼれしたマルクスは、ラトリを出立する日に彼女に告白したが、結婚を約束した相手がいると断られていた。ティムから雷光の騎士と異名を持つ竜騎士がオリガの恋人だと聞かされ、密かに闘志を燃やしている。
「お手並み拝見ですね」
「そうだな」
今回は余計な混乱を避ける為に傍観者の立場に徹すると決めていた。アレスは内心の焦燥感を抑え、伝文を運んできた小竜を労わりながら再び窓の外に目を向けた。
「皆さん、遠路駆けつけて下さって感謝します。卑劣なラグラスの手により、叔父上が処刑されようとしています。しかも、酒席の余興などと有り得ない理由によってです。彼等の暴虐を暴く為にどうか皆さんの力を貸してください」
整列する竜騎士達にアルメリアが声をかけると、彼等は勇ましい掛け声とともに剣を掲げる。2人の所業を耳にした彼等は憤っており、更にはこの2カ月余り抑圧されてきた恨みもある。彼等の士気は熟練した指揮官であるヒースでも制御するのが大変なくらいに上がっていた。
「この2ヶ月間の不当な扱いに我らは耐えてきた。だが、それ以上に理不尽な扱いを受けられた殿下が最高の舞台を整えて下さった。あの2人が決して得ることが出来ない真の忠義を見せつけてやろうじゃないか」
「おぉー!」
ヒースの檄に一層の歓声が上がる。既に日は傾き、満ちた月が昇り始めている。後から届いた情報では、月が中天に差し掛かる頃に処刑は行われる。これから3つの部隊に別れ、それぞれ割り振られた進路で城に向かえばちょうどいい頃合いとなるだろう。
「全員騎乗、配置につけ!」
ヒースの号令一下、竜騎士達はパートナーの背にまたがる。
「留守を頼みます」
総督府で待機するアルメリアと竜騎士達にヒースは頭を下げると、自身も相棒のオニキスの背にまたがる。そして先頭を切って飛び出すと、その後に続いて飛竜達が次々と飛び立っていく。
「どうか、ご無事で……」
アルメリアは最後の一頭が見えなくなるまでその場で見送った。
「私も行くわ」
「……無理だろう?」
「でも……」
惚れた相手に潤んだ瞳で見上げられると、さすがのアスターも強くは言えない。だが、今の状態の彼女をフォルビア城襲撃に連れて行くのは無理がありそうだった。
「動くのも辛いだろう?」
「大丈夫。戦闘は貴方達に任せて私は参加しないから。カーマインから絶対に降りないから、見張りだけでもさせて」
「……」
午後の日差しが降り注ぐ寝台の中で2人は実に恋人らしい時間を過ごしているのだが、寝物語にするには少々物騒な内容だった。
襲撃の後始末を他の竜騎士が引き受けてくれたので、アスターは早々にマリーリアを連れて山荘に引き上げた。互いに思いを通じ合えたからか、2人は山荘に着くなり沸き起こる高揚感に煽られるようにして寝室になだれ込んでいた。ところが少々度が過ぎたらしく、気付けば初めてだったマリーリアは足腰に力が入らない状態になっていたのだ。
慌てたアスターは甲斐甲斐しく彼女の世話をし、そこでようやく互いに離れていた間の話をすることが出来た。そして当然、今夜予定されているフォルビア城襲撃の話になる。
「もう、信じられない。平気でそんな事が出来るなんて……」
ラグラスとゲオルグの計画を知り、マリーリアは怒りを顕にするのだが、少し体が動く度に腰を押さえて呻いている。アスターは笑いたいのをこらえながら彼女の体を優しくさする。
「全くだ。だが、これで奴らを排除できる」
「そうね」
「君と、君の家族の名誉も回復させよう」
「……聞いたの?リカルド従兄さんから」
「ああ。驚いたが納得できた。君はその受け継いでいる血に相応しい待遇を受けるべきだ」
「……」
マリーリアはアスターに抱きつく。泣いているのかその背中が小刻みに震えている。
「とにかく今夜の襲撃が成功しなければ意味がない。殿下をお助けして、それから頃合いを見計らってあの方に相談しよう。いいな?」
マリーリアは小さくうなずいた。アスターは彼女が落ち着くまでその背中を優しく撫で続けた。そして、窓から入る光が赤く染まるまで2人は甘い時間を過ごしたのだった。
「大丈夫か?」
「ええ」
日が沈み、辺りが暗くなる頃、支度を整えた2人は待たせていた飛竜にまたがった。少し休んだおかげでマリーリアも動けるようになっていたが、それでもその原因となったアスターは心配げに彼女に手を貸した。
「行こうか。みんなが待ってる」
「はい。絶対にあの方を助けましょう」
「ああ」
2人は決意を固めてうなずき合うと、飛竜を飛び立たせ、集合場所となっているワールウェイド領の外れに向かう。その2頭の飛竜を登り始めた月が照らしていた。
「いよいよ始まるな」
フォルビア城下にある宿屋の部屋で、暗くなった窓の外を眺めながらアレスは呟く。小竜を使ってマーデ村に滞在する竜騎士達の動向を調べていた彼は、今夜、竜騎士達が城を襲撃する情報を得ていた。彼等が思っていたよりも速い展開となったが、暗躍した成果を見届ける為、近隣での情報収集を取りやめて宿屋の部屋に籠っていたのだ。
彼等の最も大きな成果はリューグナーの身柄の確保だろう。マーデ村行きの物資が正神殿に届くとレイドが聞いていたので、酔いつぶれ、更に薬を投与して深く眠らせたリューグナーを入れた木箱をその物資に紛れ込ませておいたのだ。
ちなみに彼等の報復として副作用が強い睡眠薬を選んでおいたのはここだけの話である。起きた時には酷い頭痛がしていたらしいので、それで留飲を下げた。
公的に潜入しているレイドはフォルビア城下の警備状況と騎馬兵が効率よく城に到達できる経路を調べ上げていた。皇都から来た賓客が滞在しているために城の警備が今まで以上に厳しくなっていたが、アレスが連れて来た小竜のおかげで必要な情報は集まった。
エヴィルの紹介状を持っているガスパルとパットは正神殿に雇われる形で盗賊の捜索に参加している。レイドを加えた3人は、この一件が解決した後も春までこちらに留まり、著しく減った竜騎士の数を補う為に討伐に参加することに決めていた。
スパークはリューグナーが言っていた薬草園を探っている。今日あたり戻ってくると言っていたが、余計な厄介事を避けるためにも止めておくように使いを出している。
アレスはマルクスと共にリラ湖周辺でラグラスに不利な情報を流して回った。フレア達が世話になったペラルゴ村の様子も探り、その穏やかな暮らしぶりから彼等が不利益を被った様子もなかったので一先ず安堵した。
「若、我々も何かした方が良いのでは?」
マルクスが声をかけて来るが、アレスはゆっくりと首を振った。
「止めておいた方が良いな。俺達は部外者だ。下手にウロウロしていたらラグラスの手先となっている傭兵に勘違いされて捕えられるぞ。スパークにも今日はこっちに戻って来るなと使いを出した」
「なんだか歯がゆいです」
その気持ちはアレスも一緒だった。ラグラスが捕えられ、エドワルドが無事に助け出されたと報告すれば、姉のフレアは喜ぶだろう。例え直ぐに会う事がかなわなくても、無事でいる事を知らせられれば、それだけで出産を控えている彼女の精神的な負担が随分と楽になる。
だが、そのどちらかでも欠けていれば、フレアが出産してブレシッド公国内へ避難するまではタランテラ側へ公表しないとミハエルやアリシアと話し合って決めていた。もちろん、当事者であるフレアやオリガにも伝えている。彼女達をがっかりさせない為にも竜騎士達には頑張ってもらわなければならなかった。
そこへ小竜が一匹戻ってきた。スパークに伝文を運んでもらった小竜で、彼の返事を運んでくれている。
「北の方でも竜騎士が集まって出撃準備を整えているらしい。中心的役割を果たしているのは、あの雷光の騎士殿という話だ」
オリガに一目ぼれしたマルクスは、ラトリを出立する日に彼女に告白したが、結婚を約束した相手がいると断られていた。ティムから雷光の騎士と異名を持つ竜騎士がオリガの恋人だと聞かされ、密かに闘志を燃やしている。
「お手並み拝見ですね」
「そうだな」
今回は余計な混乱を避ける為に傍観者の立場に徹すると決めていた。アレスは内心の焦燥感を抑え、伝文を運んできた小竜を労わりながら再び窓の外に目を向けた。
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