群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

68 フォルビアの暴君2

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 ヘデラ夫妻はヘザーとは異なる道を選んで北上していたが、ワールウェイド領の直前で待ち構えていたラグラスの部下にあっさりと捕まってしまった。そして保護という名目のもと、周囲をがっちりと固められて城へと連行されていた。
「わしを何だと思っておる! この扱いは何じゃ!」
 持ち出そうとしていた高価な品々は全て没収され、馬車から物資運搬用の荷車に乗せられた2人は道中しきりに不満を爆発させるが、誰一人相手にしない。周囲にはた迷惑な一行は深夜の街道をフォルビア城へと向かっていた。



「こんなに早く収束するとは思わなかったな」
「そうですね。もう少し混乱してくれるとありがたかったのですが……」
 その様子をキリアンとルークの2人が物陰から伺っていた。2人はフロリエとコリンシアの遺骸が乗った船が流れ着いたと言う場所へ行ってきた所だった。その船を発見した近くの村の自警団員や埋葬に立ち会った人々から話を聞き出し、村人が作った簡素な墓に花を供えてきた。
 2人は船に乗っていた親子はフロリエ達ではないと確信した。いくら獣に荒らされたとはいえ、あの、コリンシアの髪が全て無くなるはずは無い。発見した自警団員も埋葬に立ち会った人達もあの目立つプラチナブロンドを目にはしていなかった。そして埋葬した人物の話によると、亡くなった子供はコリンシアよりも小さな乳飲み子ぐらいの大きさだったらしい。
 その村を出た2人ははやる気持ちを押さえつつ、フォルビアの街へ向かう途中だった。下町の酒場にリューグナーが現れ、ラグラスへの不満をぶちまけているという噂を聞いていたので、場合によってはその身柄を確保する為だった。
「この事は早く知らせた方が良いな」
「そうですね。一旦戻りましょう」
「ああ」
 2人はうなずき合うと、馬を置いて来た場所に一旦戻った。そして、拠点にしているマーデ村へ向けて馬を走らせ始める。
 警備兵とかち合うのを避ける為に森を突っ切って近道をし、街から幾分か離れたところで再び彼等は街道に出ていた。川沿いに馬を走らせていたのだが、ふと川の中ほどで何かの残骸が引っ掛かっているのが目に留まる。目のいいルークは僅かな月明かりの元で、その残骸に人が捕まっているのに気付いた。
「あれ、人じゃないですか?」
「何?」
 キリアンも馬を止めて目を凝らす。確かに人の姿が見える。しかも2人いるようだ。
「助けよう」
 彼等の性分としてこのまま放置することは有りえなかった。すぐさまザブザブと川へ乗り入れ、馬を残骸の元へ向かわせる。よく訓練された2頭は速い流れをものともせずに、操者の意のまま力強く泳いでいく。
「息がある」
 残骸に子供と半身を乗せた女性が気を失っていた。キリアンが女性を、ルークが子供を抱きあげてすぐさま馬を岸に向かわせる。
「しっかりしろ」
 長い時間水に浸かっていたせいか、2人共体が冷え切っていた。手早く火を起こすと、女性相手に気が引けたが、やむなく濡れた服を脱がして自分達の着替えに包む。そして体をこすってやるが、一向に目を覚ます気配もない。しかも子供の方は随分と具合が悪そうだった。
「まずいな」
 2人も濡れた服から手早く着替え、火にあたる。ここからだと街の方が近いのだが、素性がばれないように彼等を医者に見せるのは至難の業だ。マーデ村に帰るのが一番いいのだが、馬で戻ると着くのは明け方になる。
 2人共緊急措置でやむなく濡れた服を脱がして自分達の着替えで包んでいる状態である。妙齢の女性に朝までこの状態は気の毒だし、子供もこのまま朝までとなると重篤な状態になりかねなかった。
「とにかく少しでも移動しよう」
「はい」
 飛竜に乗り慣れていると、こんな時にもどかしさを感じる。運動で放している時間帯だが、そうそう都合よくこんな所まで来ないよなぁ……。そんな事を頭の片隅で思いながら手早く後片付けをしていると、飛竜の気配が近づいてくる。
「……シュトロームか?」
「高度下げろ、ハンス。見つかるぞ」
 どうやらロベリアへ使いに出ていたハンスがまた迷ってこちらまで来たようだ。2人は懲りない彼に呆れながらも、今回ばかりは助かったと心底思ったのだった。



 パチパチと炎が爆ぜる音で彼女は目を覚ました。粗末な作りの小屋の中、質素だが清潔な寝具に包まれて彼女は寝かされていた。
「ここ……」
 確か皇都に向かう途中で盗賊に襲われ、馬車の車輪が壊れて川に投げ出されたのだ。息子を抱えたままどうにか破片に掴まったまでは覚えている。気力が尽きた自分達を誰かが助けてくれたらしい。
 ゆっくりと体を起こすと、隣の寝台には息子が静かな寝息を立てていた。思わず安堵の息を吐くが、目が回って起きていられず、再び寝台に横になる。
「あら、目が覚めたのね」
 木戸が開いて栗色の髪の女性が入ってきた。水を張った桶を手にした彼女は寝台の側まで来ると汲んだばかりらしいその水で布を濡らし、子供の額に当てる。そしてテーブルにあった水差しから手つきの器に水を入れると、それを彼女に手渡してくれた。
「すみま……せん」
 彼女は感謝して受け取ると、その水をゆっくりと飲む。何か混ぜてあるらしく、ほのかに甘くて優しい香りがした。
「私はジーン。昨夜、川に流されているあなた方を仲間が見つけて助けたの。こちらの子はもう少し発見が遅かったら肺炎を起こしていたかもしれないって」
「そう……でしたか……。ありがとう、ございます」
 わざわざ助けてくれたのならば害意は無さそうなのだが、一見人の好さげなこの女性は一体何者なのだろうかと警戒して口が重くなる。辛うじて礼は言えたが、何をどこまで話すべきか判断に迷ってしまう。
「無理に今全てを話さなくていいから、名前だけ教えて頂けますか?」
 彼女の葛藤かっとうを見抜いたかのようにジーンと名乗った女性は優しい笑みを浮かべたまま名前を尋ねる。彼女は一瞬、躊躇ちゅうちょしたが、相手は名乗ってくれているので偽りなく本名を名乗る事にした。
「私はディアナと言います。この子はバート」
「ディアナさんですね。何か用意してきますから、横になって待っていてください」
 ジーンはそれだけ言い残すと、部屋から出て行った。
 いったい何者なのだろう……。片田舎で暮らしていた彼女達を言葉巧みに連れ出したヘデラ夫妻の様な胡散うさん臭さは感じないが、すぐに信じる気持ちは持てなかった。
 ラグラスへの復讐心は捨てきれていないが、こんな目に合うのならばもう関わりたくは無いとも思う。ディアナは傍らで眠る息子を眺めながら、この先どうするか迷っていた。

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