群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

116 宴の夜に4

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 その頃、オリガはとても焦っていた。フロリエを送り出した後、預かったルルーを寝台に降ろし、彼女は部屋と浴室の片づけをした。フロリエが戻ってきたら化粧を落とし、湯浴みも必要になるので、その準備も整えておかねばならない。浴室でその準備を済ませて出てくると、寝台の上にルルーの姿が見えない。
「ルルー?」
 呼んでも返事が無く、寝台の下、調度品やカーテンの陰なども探してみたが姿が見えない。気づけば次の間へ続く扉と廊下に出る扉が少し開いている。器用な小竜は自分で扉を開けてフロリエを探しに行ってしまったのだ。
「どうしよう……」
 あの臆病な小竜が多くの人でにぎわう広間に紛れ込んでしまったら、パニックを起こして絶対に大きな騒ぎになってしまう。オリガは急いでルルーを探しに部屋を出た。途中ですれ違った人たちに聞いてみても、誰も小竜を見かけていない。泣きたい気持ちをこらえながら総督府内を探し回っていると、とうとう広間の近くまで来てしまった。
「オリガ?」
 声をかけられ振り向いてみると、広間への戸口の側に竜騎士礼装姿のルークが立っている。立ち話をしていたのか、隣には先輩のキリアンがいる。
「ルーク……」
 ルークが近づいてくると、オリガはとうとう我慢できずに彼にすがりついて泣き出してしまった。
「お……おい?」
 焦ったのはルークだった。とにかくここは人の目に付く。慌てて陰の方へ彼女を連れて行く。事情を察したキリアンは何事も無かったかのように持ち場に戻っていった。
「オリガ、何があった?」
 オリガを抱きしめたまま、落ち着くのを待ってルークは尋ねた。
「ど……どうしよう、ルルーが居ないの」
「ルルーが?」
「私が目を放した隙に……あの子フロリエ様を探しに行ったのだわ」
「分かった、ここでちょっと待っていてくれ。」
 ルークはそう言うと、警備をしている先輩の元へ急ぐ。
「なんだ、逢引きはおしまいか?」
 1人で戻ってきたルークをキリアンが冷やかす。
「ルルーが逃げ出したらしい。騒ぎが起きないうちに見つけないと……」
「確かにそれはまずいな。団長かアスター卿に私が伝えるから、お前は彼女と一緒に探して来い」
「ありがとうございます」
 先輩の計らいに感謝して、ルークは急いでオリガの元に戻る。心細げにしていたが、彼の姿を見て彼女は安堵する。
「とにかく探そう」
「はい」
 2人は連れ立って広間の周辺を探し始めた。柱や調度品の陰、壁に施されている彫刻の隙間や植え込みの間など、小竜が潜り込みそうな所を覗いて回りだした。



 楽しさのあまり続けて3曲も踊ってしまい、一息つくためにエドワルドはフロリエを連れて中庭に面したバルコニーに出た。まだこの時期の夜風は寒いくらいなのだが、汗をかくほど踊ってきた2人にはそれが心地よかった。
「寒くはないか?」
「大丈夫です、殿下」
 大事なゲストに風邪を引かせるわけにはいかない。エドワルドは長衣を外して彼女の肩にかける。
「ありがとうございます」
「とにかく喉を潤そう」
 エドワルドは給仕を捕まえて、自分にはワインをフロリエにはワインよりも飲みやすい甘めの果実酒を用意させる。
「先ずは乾杯」
 2人でグラスを合わせると、喉が渇いていたこともあってすぐに飲み干してしまう。
「こんなに楽しい舞踏会は久しぶりだ。君のおかげだ、フロリエ」
「そんなこと……」
 フロリエは頬を染める。彼に見つめられているのが気恥ずかしくなってくる。
「君となら本宮の舞踏会でも楽しめそうだ」
「殿下……」
 誰も見咎めるものは居ない、2人きりの空間である。早くも酔ったわけではないが、エドワルドはフロリエを引き寄せて唇を重ねた。彼女は拒まなかったが、少し恥ずかしそうにしている。もう一度引き寄せようとした所で、一段低くなった中庭の方でガサガサという音がする。エドワルドはとっさに彼女をかばう様にして身構えた。

 クックックワァ

 バサッという羽音と共に一匹の小竜が庭に面した木から飛び出してきた。首に薄紅色のリボンを巻いた、琥珀こはく色の小竜は紛れも無くルルーだった。
「ルルー?」
 エドワルドは飛んで来た小竜を急いで捕まえるとフロリエに渡す。怯えている様子だったが、彼女に体をなでてもらっているうちにだんだんと落ち着いてくる。
「一体どうしたのでしょう……」
「オリガに何かあったのか?」
「そうではなさそうですが……」
 そのうちに中庭を移動する2つの人の影を見つける。彼らは茂みや木の枝をしきりに覗き込むようにしながら何かを探している様子である。
「ルーク、オリガ、探し物はこれか?」
 エドワルドは無造作にルルーをつかむと2人に見せる。
「団長、すみません。そうです」
「申し訳ありません、殿下、フロリエ様」
 オリガはほとんど涙声で2人の前にひざまずく。
「私の不安と緊張がルルーにうつった様です。オリガの姿も見えなくなって、それで私を探しに来たようです。殿下」
 フロリエはエドワルドに首をつかまれて怯えたようにクウクウ鳴いているルルーをもう一度受け取ってなだめる。ようやく落ち着きを取り戻した彼はクルクルと機嫌よく喉を鳴らし始めたので、彼女は意識を集中して辺りを見てみる。先ず飛び込んできたのは、文官服に身を包んだエドワルドの姿だった。威風堂々とした姿に思わずため息が出てしまう。
 続いて薄暗い中庭にたたずむルークとオリガの姿が見えた。2人供服にほころびまで作っていて、ルルーを探しまわったのが良く分かる。最後ににぎやかな舞踏会の会場の様子が見える。全ての燭台しょくだいに火が灯された明るい室内に着飾った紳士淑女が笑いさざめき合っている。さっきまで自分もその中に居たと思うと、ちょっと信じられない気がしてくる。
「失礼します、殿下」
 そこへアスターとマリーリアがバルコニーへ出てきた。
「こいつの事か?」
 何を報告しに来たかエドワルドは察すると、フロリエの腕の中にいる小竜を指す。アスターは驚くよりも安堵したようにうなずいた。
「そうです」
「見つかって良かった。きっとルルーも不安だったのですね?」
「ええ」
 マリーリアの問いにフロリエはうなずく。
「さ、そろそろルルーには部屋へ戻ってもらおうか」
 エドワルドはそう言うとフロリエから小竜を受け取ろうとするが、彼はしっかりと彼女の腕に尾を巻きつけて離れようとしない。
「離れたくなさそうですね」
「このまま連れて帰ってもまた逃げ出してしまうのでは?」
 フロリエは一生懸命宥めているのだが、一向にルルーは言う事を聞かない。アスターとマリーリアはその様子を見て口々に言う。
「皆様に……特に殿下にご迷惑がかかります。ルルー、オリガと部屋で待っていて」
 小竜の背中をさすりながらフロリエは説得を試みるが、彼は知らん顔である。腕に巻きついた尾を緩めようとはしない。
「仕方ない。私が責任を負おう。大人しくしていられるな?」

 クワッ

 現金なもので、エドワルドがそう言ったとたんに小竜は羽を広げて喜ぶ。
「ですが……」
「舞踏会の光景が見えたほうが、あなたも楽しめるでしょう。心配いりません」
「及ばずながら私もお手伝いさせていただきます」
 不安がるフロリエにエドワルドは笑いかけ、アスターもマリーリアもうなずく。そこでようやく彼女も納得した。
「わかりました」
「ルーク、オリガを部屋まで送ってやれ」
「はい」
 そう決まると、ルークもオリガもここへ長居するのは良くない。2人は頭を下げて来た道を引き返して行こうとする。
「その辺の陰で押し倒すなよ」
 エドワルドが投げかけた言葉に、ルークはもう少しでつんのめりそうになっていた。
「冷えてきたな。中に入ろう」
 2人の姿が見えなくなると、エドワルドはフロリエを促す。まだ不安は残っているが、エドワルドに手を取られていると不思議な安心感があった。フロリエは腕に止まるルルーに意識を集中させると、促されるまま煌《きら》びやかな会場に戻った。
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