群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

108 想いはいつしか3

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 マリーリアはテーブルの上に置いた招待状を眺めながら戸惑っていた。先ほど、エドワルドに呼び出されて手渡されたものだ。
「マリーリア・ジョアン・ディア・ワールウェイド嬢、私が主催する新年の舞踏会に是非、出席して下さい」
 彼はそう言って笑顔で彼女にこの封筒を手渡したのだ。
「ですが、私は……」
「君は私の花嫁候補らしいからな。誘っておかないと後で姉上になんて言われるか……」
「私にはそのつもりはありません」
「君にその気が無いのは承知している。私にもない」
 あっさりとエドワルドは答え、更に続ける。
「竜騎士礼装は禁止だ。是非着飾って出てほしい」
「……」
「実はフロリエにも招待状を渡してきた。衣装をあつらえる為に明日、仕立屋を叔母上の館へ派遣する。費用は私が持つから君も同行し、一緒にあつらえてくるといい」
 言いたいことだけ言うと、エドワルドは彼女に戻るよう命じたのだった。
「先ほどからため息をついてどうした?」
 見回りから戻ってきたアスターが彼女に話しかけてくる。やはりまだ外回りをしてくると体が冷えるらしく、彼は防寒具を外すと暖炉の前に手をかざす。
「アスター卿……」
 マリーリアは立ち上がると彼の為に温かいお茶をれて差し出した。テーブルに置かれたままの招待状が彼の目に留まる。
「ああ、ありがとう。舞踏会の招待状、受け取ったのか?」
「はい。竜騎士礼装はだめだと言われて、どうしようかと思いまして……」
 彼女はため息をつくと、エドワルドとのやり取りを話した。
「君の肩書を考慮して、他の団員と区別する為に殿下はそう言われたのだと思う。ま、個人的な興味もおありなのだとは思うのだが……」
 温かいお茶を味わうようにして一口飲むと、アスターは移動してマリーリアの向かいに座った。マリーリアも自分用にお茶を淹れると元の席に座る。
「今まで自分で選んだ事が無いからどうしていいか……」
「フロリエ嬢の物と一緒に頼むのだろう? ジーンが同行するし、あちらの侍女方から色々聞いてみるといい」
 ジーンは上流騎士の家庭に育っていて、そういった事も詳しいはずだった。それを言うならマリーリアも大貴族の生まれだが、彼女はずっと田舎で育った上に、そう言った物に頓着とんちゃくしなかった。なんだかんだ言って竜騎士礼装で済ませて来たのもある。
「……」
「貴女はきっと赤が似合う」
 ちょうどルークに呼ばれた彼はそう言い残して席を立った。
「赤か……」
 1人残ったマリーリアは招待状を眺めながらそうつぶやいた。




 翌日、マリーリアとジーンは、エドワルド御用達の女性の仕立屋とたくさんの生地見本を飛竜に乗せてグロリアの館に向かった。左肩の怪我が完治したルークが既に謹慎を解かれているので、討伐の方は2人が抜けても問題は無かった。もう春がきたと錯覚させる穏やかな天気の下、2頭の飛竜は何事も無くグロリアの館へ着いた。
「お待ちいたしておりました」
 オルティスが一行を出迎え、ティムと一緒に荷物を降ろすのも手伝う。2頭の飛竜はそのままティムに引かれて厩舎へ連れて行かれ、仕立屋と竜騎士は荷物を抱えてオルティスの後に続く。いつもの居間に行くと、フロリエとオリガを初めとした侍女達が待っていた。
「では、私はこれで失礼致します」
 採寸が終わるまで、居間に男性は立ち入り禁止である。オルティスは荷物を置くと部屋から出て行った。そして早速、仕立屋と古参の侍女が采配を振るう。
「先ずは採寸致しましょう」
 今日はマリーリアのも選ぶ事になっているのをあらかじめ知らされていたので、侍女達は手分けをしてフロリエと彼女を下着姿にすると、すぐに手際よく採寸していく。そして採寸が終り、2人の着替えが済んだところで運んできた生地の見本が広げられていく。
「まあ、素敵」
「こっちもいいなぁ」
 侍女達は本来の目的を忘れてうっとりと広げられている生地を見ている。
「フロリエ様とマリーリア卿の衣装を選ぶのですよ。目的を忘れてはいけません」
 仕切っている侍女が注意する。しかし、選ばねばならない当の2人はどうしていいか分からずにぼんやりと生地を眺めていた。
「フロリエ様もマリーリア卿も好きなお色はございますか?」
 そんな様子の2人に侍女が声をかけ、仕立屋も今年の流行の意匠やデザインを色々と説明してくれる。特にフロリエは招待状を受け取ってからというもの、今までの彼女からは想像が出来ないくらい何をするにも身が入らない様子なのだ。
「赤に……してみようかな」
 前日にアスターに勧められたのを思い出し、ポツリとマリーリアが言う。
「赤でございますか?」
 急いで赤い生地が集められる。
「赤が好きですか?」
 ジーンに訊かれてマリーリアは首を振る。
「昨日、勧められたのです。アスター卿に……」
「副団長がですか?」
 エドワルドと違って女性に関して浮いた話一つ聞かない男である。ジーンは彼がそんな事を言ったのが、ちょっと意外な気がした。
 一口に赤と言っても無地のものから細かい模様の入ったもの、グラデーションが入ったものと様々である。集めた赤い生地を一つ一つ彼女にあててどれが似合うか試してみる。
「まあ、本当に赤がお似合いでございます。御髪も生えますし、中途半端な色よりは真紅になさった方がよろしいかと」
 侍女が手にした真紅の繻子しゅす織の生地は、一見無地に見えるが特殊な織り方をしているらしく、光の反射で模様が浮き出て見える。
「こういったレースを使っても映えます」
 仕立屋は持ってきたレースを取り出すと、生地に添えてみる。
「素敵」
 マリーリアよりも侍女達が盛り上がっている。
「マリーリア卿、こちらでお決めしてよろしいですか?」
 訊かれて彼女は頷いた。
「デザインは良く分からないのでお任せいたします」
「かしこまりました」
 仕立屋は覚書と一緒にその真紅の生地を他と混ざらないように分けておいた。
「さあ、フロリエ様、後はあなた様のでございますよ」
「……」
 フロリエは心ここにあらずといった感じで目の前の生地を眺めている。
「フロリエ様?」
 オリガが心配して声をかける。
「ごめんなさい。本当にどうして良いか……」
 彼女は途方にくれている様子で、座り込んでいる。
「フロリエさんは淡い色の方がお似合いでは?」
 その様子を眺めていたジーンが横から提案してくる。
「そうですわね」
 侍女達は淡い色合いのこれはと思う生地を集めてきた。クリーム色や淡い若草色、水色、薄い紅色やすみれ色、フロリエの前にいくつも積み重ねられる。
「これはというのがございますか?」
 フロリエは困ってしまって首を振る。すると侍女たちが目に付いたものを彼女の体に当ててみる。
「クリーム色もいいけど、この淡い紅色もすてきねぇ」
「でも、マリーリア卿が真紅になさったから似た印象にならないかしら?」
 口々に感想を述べ合っていると、グロリアの寝室から彼女に付き添っていたバセットが出てくる。
「フロリエ嬢が決めかねていらっしゃる様なら、自分が決めると女大公様が仰せになっています」
「お母様が?」
「是非、女大公様のご意見も訊いてみましょう」
 侍女たちが幾つかの生地を持ってフロリエと共にグロリアの寝室へ入っていく。いつもは薄暗くしてあるのだが、今日はカーテンを開けてある。グロリアは気分がいいらしく、寝台に体を起こして待っていた。
「騒がしくして申し訳ありません」
 グロリアの側によると、フロリエは頭を下げる。
「衣装を選ぶというのは楽しいもの。妾も聞いていて心が躍るようじゃ。どれ、どの色で迷って居るのじゃ?」
 侍女たちが淡い紅色の生地とクリーム色の生地を幾つか差し出す。彼女はそれらを手に取り、薄紅色のグラデーションがかかったものを選ぶ。薄く軽やかな生地で、ふんわりとした肌触りである。
「せっかくの晴れの日じゃ。少し華やかにしてみてはどうじゃ?」
「マリーリア卿のドレスは真紅にお決めになりましたが……」
 そっとその場を仕切っていた侍女が口を挟む。
「着る者が異なれば印象は変わろう。またデザインも違ったものにするのであろう?」
「もちろんでございます」
 グロリアの問いに部屋の入り口に控えていた仕立屋は頭を下げた。
「では、これに致そう。良いな?フロリエ」
「はい」
 すっかり途方に暮れていたフロリエに反対する理由は無かった。仕立屋はグロリアが選んだ生地も覚書を添えて別にし、その場を片付け始める。侍女達もその手伝いをしているので、その間にフロリエはオルティスを呼んでお茶の支度を頼んだ。
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