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第1章 群青の騎士団と謎の佳人
77 初雪が降る前に3
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「皇都へはいつ発たれますか?」
マリーリアは心細そうに尋ねる。
「明後日を予定しております。雪が降り始める前には向こうに着きたいと思っておりますので」
「その後のご予定はございますか?」
マリーリアはやっと一番の気がかりを口にして聞いてみる。
「そうね……故郷に帰るくらいかしら」
「ご家族の方がいらっしゃるのですか?」
心配そうなマリーリアにエルデネートは静かに首を振る。
「今は誰もいないわ」
「もし……もし、よろしければ、私の故郷にいらっしゃいませんか?」
「え?」
唐突な申込みにエルデネートは驚く。
「ワールウェイド領の東の端で、本当に田舎ですが良い所です。今は一番上の従兄が村長をしているのですが、小さな女の子がいて家庭教師を探しています。もしよろしければ、貴女に来ていただきたいのです」
「マリーリア卿……」
「貴女とお会いできてとても嬉しいのです。ですが、こんなにすぐにお別れするのは本当に嫌です。あちらには私から手紙を出します。ここを出発なさるまでに紹介状も書きます。また、お会いできるところにいて欲しいのです」
「……」
マリーリアの必死な姿にエルデネートは戸惑う。
「ですが、私で勤まりますかどうか……」
「先日のようなお菓子がお作りになれます。編み物や刺繍などの手芸もたしなんでおられますよね?そんな事を教えて下さればいいのです」
マリーリアは知らないうちに彼女の手を握りしめていた。その一途さにエルデネートも心を打たれる。
「そこまで言って頂けるなら、お受けいたしましょう」
「本当ですか?」
「ええ。ですが、あの方には何も……」
「分かっています。勝手な事をしたと私が怒られそうですし……」
いつの間にかマリーリアは微笑んでいた。エルデネートもそんな彼女を見て一緒に笑う。2人の間にはいつの間にか固い絆が生まれていた。
日が傾く頃、マリーリアはエルデネートの屋敷を出た。薄着のまま出てきてしまった彼女にエルデネートは自分の外套を差し出す。
「お風邪を召されては大変でございますから、どうぞお使いください」
「ありがとうございます。ご迷惑かもしれませんが、出立の日は見送りをさせて下さい。紹介状も用意しますから」
マリーリアはありがたく外套を受け取って羽織る。
「こちらこそお礼申し上げなければ。それに、心配して来てくださってありがとうございました」
エルデネートは微笑んで頭を下げた。マリーリアは馬に跨り、彼女に頭を下げて館を後にした。
総督府に戻ったマリーリアは馬を厩舎に戻し、ついでにカーマインの様子を見るために竜舎に向かった。
「帰ったのか?」
鍛錬を終えた後らしく、稽古着姿のアスターがファルクレインの世話をしていた。例え副団長といえども、彼は時間が許す限り自分の飛竜は自分で世話をしていた。
「はい」
短く答えると、マリーリアは甘えてくるカーマインの頭を撫でてやる。
「明後日にまた外出許可を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「またか?」
ファルクレインにブラシをかけながらアスターは聞き返す。
「はい。朝のうちに少しだけでいいんです。ガレット夫人をお見送りしたいので」
「明後日か……分かった」
納得したようにアスターは答えると、愛竜に最後の仕上げをしてブラシがけを終了する。マリーリアも甘えてくるカーマインが気になり、ブラシを手に取ると飛竜の体をこすり始める。
「殿下はお出かけになったのですか?」
専用の室にグランシアードの姿が無い。よく見ればエアリアルの室も空である。
「ああ、先程グロリア様のお館に帰られた」
アスターは今度は箒を持ち出して散らかっている藁屑を集め始める。
「近頃は頻繁に行かれるのですね」
「今の内だからな。冬になればコリン様の顔を見たくてもなかなか会いに行けない」
「確かにそうですが……」
釈然としないものを感じてマリーリアは手を止めた。カーマインはまだこすって欲しくて彼女に顔をすり寄せる。
「あの方は本気で奥方を迎えられるつもりなのでしょうか?」
「……。君はその為に送り込まれたのではないか? その君が恋人に別れを告げた殿下を怒るのも変な話だとおもうのだが?」
アスターの指摘に、マリーリアはなるほど周囲からはそう見えるのかと思う。
「ソフィア様は勘違いされておられるのです。私にはそのつもりはありませんし、殿下もそういった相手としては見て下さっていませんから」
マリーリアはすり寄せてくるカーマインの頭を撫でてやると、ブラシがけを再開する。背中の方がどうしても届かない。後回しにしようと思ったところで、彼女よりも背の高いアスターがファルクレイン用のブラシで背中をこすってくれる。
「すみません」
「急いだ方がいい」
「はい」
日が沈み、未だ床暖房が入れられていない竜舎の気温は急速に下がってくる。外套を借りたとはいえ、マリーリアが薄着なのには変わりない。大急ぎでカーマインのブラシがけを済ませる。
彼女が辺りを片付けている間に、アスターは水を汲んでファルクレインとカーマインに与えてくれる。
「ありがとうございます」
「まだカーマインは幼いな。もっとかまってやった方がいい」
アスターはカーマインの頭を撫でながら注意する。聞けば寂しさを紛らわすために、時折他の飛竜にしつこいくらいに甘える事があるらしい。気位の高いグランシアードは無視するらしいが、室が隣のファルクレインやエアリアルには随分迷惑をかけているようだ。
「すみません……気をつけます」
「ま、こいつはまんざらでもなさそうだが」
ファルクレインは首を伸ばして隣のカーマインの様子を覗き込んでいる。いつも気にかけてくれる先輩飛竜の事が好きらしく、カーマインも首を伸ばしてクフクフと甘えた声を出している。もしかしたらファルクレインは、カーマインが処置されていない繁殖用の飛竜である事を本能的に悟っているのかもしれない。マリーリアはドキリとした。
「冷えて来たな。戻るぞ」
アスターはマリーリアの片付けが済むのを待ち、上着を羽織ると他の飛竜の様子を一通り確かめて2人は竜舎を後にした。
2日後の朝、エルデネートはマリーリアに見送られてロベリアの城門を後にした。彼女の家令とその妻、そして護衛として兵士が2名同行して皇都へ続く街道を北上する。彼等は気付かなかったが、その様子を総督府の物見の塔からエドワルドは見ていた。
「さようなら、エルダ」
遠のく姿に、エドワルドは小さく呟いた。そして彼女への思いを断ち切るかのように、物見の塔を後にしたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
12時に閑話を更新します。
マリーリアは心細そうに尋ねる。
「明後日を予定しております。雪が降り始める前には向こうに着きたいと思っておりますので」
「その後のご予定はございますか?」
マリーリアはやっと一番の気がかりを口にして聞いてみる。
「そうね……故郷に帰るくらいかしら」
「ご家族の方がいらっしゃるのですか?」
心配そうなマリーリアにエルデネートは静かに首を振る。
「今は誰もいないわ」
「もし……もし、よろしければ、私の故郷にいらっしゃいませんか?」
「え?」
唐突な申込みにエルデネートは驚く。
「ワールウェイド領の東の端で、本当に田舎ですが良い所です。今は一番上の従兄が村長をしているのですが、小さな女の子がいて家庭教師を探しています。もしよろしければ、貴女に来ていただきたいのです」
「マリーリア卿……」
「貴女とお会いできてとても嬉しいのです。ですが、こんなにすぐにお別れするのは本当に嫌です。あちらには私から手紙を出します。ここを出発なさるまでに紹介状も書きます。また、お会いできるところにいて欲しいのです」
「……」
マリーリアの必死な姿にエルデネートは戸惑う。
「ですが、私で勤まりますかどうか……」
「先日のようなお菓子がお作りになれます。編み物や刺繍などの手芸もたしなんでおられますよね?そんな事を教えて下さればいいのです」
マリーリアは知らないうちに彼女の手を握りしめていた。その一途さにエルデネートも心を打たれる。
「そこまで言って頂けるなら、お受けいたしましょう」
「本当ですか?」
「ええ。ですが、あの方には何も……」
「分かっています。勝手な事をしたと私が怒られそうですし……」
いつの間にかマリーリアは微笑んでいた。エルデネートもそんな彼女を見て一緒に笑う。2人の間にはいつの間にか固い絆が生まれていた。
日が傾く頃、マリーリアはエルデネートの屋敷を出た。薄着のまま出てきてしまった彼女にエルデネートは自分の外套を差し出す。
「お風邪を召されては大変でございますから、どうぞお使いください」
「ありがとうございます。ご迷惑かもしれませんが、出立の日は見送りをさせて下さい。紹介状も用意しますから」
マリーリアはありがたく外套を受け取って羽織る。
「こちらこそお礼申し上げなければ。それに、心配して来てくださってありがとうございました」
エルデネートは微笑んで頭を下げた。マリーリアは馬に跨り、彼女に頭を下げて館を後にした。
総督府に戻ったマリーリアは馬を厩舎に戻し、ついでにカーマインの様子を見るために竜舎に向かった。
「帰ったのか?」
鍛錬を終えた後らしく、稽古着姿のアスターがファルクレインの世話をしていた。例え副団長といえども、彼は時間が許す限り自分の飛竜は自分で世話をしていた。
「はい」
短く答えると、マリーリアは甘えてくるカーマインの頭を撫でてやる。
「明後日にまた外出許可を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「またか?」
ファルクレインにブラシをかけながらアスターは聞き返す。
「はい。朝のうちに少しだけでいいんです。ガレット夫人をお見送りしたいので」
「明後日か……分かった」
納得したようにアスターは答えると、愛竜に最後の仕上げをしてブラシがけを終了する。マリーリアも甘えてくるカーマインが気になり、ブラシを手に取ると飛竜の体をこすり始める。
「殿下はお出かけになったのですか?」
専用の室にグランシアードの姿が無い。よく見ればエアリアルの室も空である。
「ああ、先程グロリア様のお館に帰られた」
アスターは今度は箒を持ち出して散らかっている藁屑を集め始める。
「近頃は頻繁に行かれるのですね」
「今の内だからな。冬になればコリン様の顔を見たくてもなかなか会いに行けない」
「確かにそうですが……」
釈然としないものを感じてマリーリアは手を止めた。カーマインはまだこすって欲しくて彼女に顔をすり寄せる。
「あの方は本気で奥方を迎えられるつもりなのでしょうか?」
「……。君はその為に送り込まれたのではないか? その君が恋人に別れを告げた殿下を怒るのも変な話だとおもうのだが?」
アスターの指摘に、マリーリアはなるほど周囲からはそう見えるのかと思う。
「ソフィア様は勘違いされておられるのです。私にはそのつもりはありませんし、殿下もそういった相手としては見て下さっていませんから」
マリーリアはすり寄せてくるカーマインの頭を撫でてやると、ブラシがけを再開する。背中の方がどうしても届かない。後回しにしようと思ったところで、彼女よりも背の高いアスターがファルクレイン用のブラシで背中をこすってくれる。
「すみません」
「急いだ方がいい」
「はい」
日が沈み、未だ床暖房が入れられていない竜舎の気温は急速に下がってくる。外套を借りたとはいえ、マリーリアが薄着なのには変わりない。大急ぎでカーマインのブラシがけを済ませる。
彼女が辺りを片付けている間に、アスターは水を汲んでファルクレインとカーマインに与えてくれる。
「ありがとうございます」
「まだカーマインは幼いな。もっとかまってやった方がいい」
アスターはカーマインの頭を撫でながら注意する。聞けば寂しさを紛らわすために、時折他の飛竜にしつこいくらいに甘える事があるらしい。気位の高いグランシアードは無視するらしいが、室が隣のファルクレインやエアリアルには随分迷惑をかけているようだ。
「すみません……気をつけます」
「ま、こいつはまんざらでもなさそうだが」
ファルクレインは首を伸ばして隣のカーマインの様子を覗き込んでいる。いつも気にかけてくれる先輩飛竜の事が好きらしく、カーマインも首を伸ばしてクフクフと甘えた声を出している。もしかしたらファルクレインは、カーマインが処置されていない繁殖用の飛竜である事を本能的に悟っているのかもしれない。マリーリアはドキリとした。
「冷えて来たな。戻るぞ」
アスターはマリーリアの片付けが済むのを待ち、上着を羽織ると他の飛竜の様子を一通り確かめて2人は竜舎を後にした。
2日後の朝、エルデネートはマリーリアに見送られてロベリアの城門を後にした。彼女の家令とその妻、そして護衛として兵士が2名同行して皇都へ続く街道を北上する。彼等は気付かなかったが、その様子を総督府の物見の塔からエドワルドは見ていた。
「さようなら、エルダ」
遠のく姿に、エドワルドは小さく呟いた。そして彼女への思いを断ち切るかのように、物見の塔を後にしたのだった。
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12時に閑話を更新します。
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