群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

53 慌ただしい帰還4

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 気付けば小さな姫君はフロリエに寄りかかって眠っている。長旅の疲れと家に帰った安堵感、そしてお腹が膨れたので睡魔には勝てなかったのだろう。自然とお茶会もお開きとなり、竜騎士達も晩餐までの間与えられた部屋で休息することになった。
「寝室へ。フロリエ、ついてやってくれるか?」
「はい」
 控えていたオリガが寝室を整えに部屋を出ると、オルティスがそっと姫君を抱き上げる。続けてフロリエも立ち上がろうとするが、それはエドワルドによって阻まれ、彼女は今朝に続いて再び抱き上げられる。
「あの……歩けますから……」
「無理するな」
 言い終える前に既にエドワルドは歩き出しており、フロリエには抵抗する術がない。近い位置に顔があると思うと、恥ずかしくなってくる。
 寝室に着くと、既にコリンシアは寝台に寝かされ、オリガが手際よく寝巻に着替えさせていた。寝台の傍にある椅子にエドワルドはフロリエを降ろし、眠っている娘に彼女が夏用の上掛けをかけなおすのを眺める。
「よく寝ている」
「お疲れになったのでしょう。私を心配してご無理なさったのですね」
 オルティスはコリンシアを寝台に降ろしてすぐに退出しており、オリガも姫君の着替えを持って退出していたので、起きているのは2人だけとなる。
「フロリエ、この子に良くしてくれてありがとう。皇都では申し分ない淑女だった」
「私1人の力ではございません。ですが、見事にお勤めを果たされたのですね?」
「ああ。貴女との約束があったから頑張っていたよ」
「まあ……」
 2人きりという緊張を解すためにフロリエは眠っているコリンシアの上掛けをずれてもいないのにかけなおす。
「フロリエ、これは私からの感謝の気持ちだ」
 エドワルドは懐から皇都で買ったイヤリングの包みを取り出して彼女に握らせる。
「これは……」
 肩にとまるルルーをなだめながら意識を集中して手元の包みを見てみる。促されるままに開けて出てきた翡翠のイヤリングに息を飲む。
「殿下、ルルーも頂きましたのに……」
「あまり高価なものではないが、コリンのあの髪飾りと買ったのだ」
 寝台脇の小さなテーブルにコリンシアが付けていた髪飾りが外しておいてある。あの時買ったラピスラズリの髪飾りは彼女のお気に入りとなって毎日のようにつけていた。
「使ってくれると嬉しい。後でオリガに付けてもらうといい」
「殿下……。何から何までありがとうございます」
「礼を言うのは私の方だよ。では、また晩餐の席で」
 エドワルドは跪いてそっとフロリエの手を取ると、その甲に触れるだけのキスをする。そしてすぐに立ち上がると静かに部屋から出て行った。
「……」
 フロリエはしばらくの間固まったまま動けなかった。




「よくお似合いでございます」
 日が暮れて晩餐の時刻が迫っていた。フロリエはオリガに手伝ってもらいながら晩餐用のドレスに着替え、髪を整えたところだった。アイスブルーの薄い生地を幾重も重ねたドレスは、コリンシアとお揃いであつらえたもので、お昼寝から覚めたコリンシアはもう着替えてルルーと遊んでいる。ルルーのリボンもアイスブルーに替えて2人は既に準備万端だった。
 軽く結った髪に生花を飾り、グロリアが用意してくれた宝飾品を身に付ける。
「イヤリングはこちらですね」
 エドワルドからもらったイヤリングを手にオリガが微笑む。エドワルドがくれた翡翠のイヤリングを今夜は身に付けたいとフロリエが頼んだのだ。彼女は小さく頷き、オリガは手にしたイヤリングを耳に付けた。
「ルルーいらっしゃい」
 宝飾品を一通り付け終わり、オリガは遊んでいる小竜を捕まえるとフロリエの元へ連れて行く。
「フロリエ、きれい」
 コリンシアは鏡の前でオリガに手を取られて立ち上がるフロリエの姿を見て目を輝かす。
「オリガのおかげだわ」
 ルルーの助けを借りて鏡を見るが、映っているのが自分だという実感がない。

 トントン

 足がまだ痛むので、再び椅子に座って室内履きから踵が低めの靴を履き替えたところでドアがノックされる。オリガが返事をして戸を開けると、竜騎士正装に身を包んだエドワルドが立っていた。
「……」
 ここに来るときのエドワルドは騎士服や討伐用の装束が多いので、オリガがこういった正装した姿を見るのは初めてだった。その姿に思わず見とれてしまう。
「オリガ?」
「…す、すみません。準備は整ってございます」
 声をかけられて慌てて頭を下げ、オリガはエドワルドを室内に招き入れる。
「父様、見て見て、フロリエとお揃い」
 すかさずコリンシアが父親に駆け寄る。エドワルドは娘の頭を撫でているが、視線はフロリエに釘付けとなっていた。
「よくお似合いだ」
「ありがとう……ございます」
 フロリエもルルーの目を借りて正装姿のエドワルドを見て頬を染める。普段の騎士服よりも金糸や銀糸を使った豪奢な服の胸元には、『皇家』『総督』『竜騎士団長』等を示す記章が沢山つけられている。記章の数が多ければ多いほど身分が高いと言われているが、改めて彼が高位の存在であることを認識した。
「晩餐の準備が整ったそうだ。迎えに来た」
「はい」
 フロリエは頷いて立ち上がろうとするが、エドワルドはそれを制してまた彼女を抱き上げる。
「で、殿下、歩け……ますから……」
 彼女は狼狽えるが、エドワルドはそのまま戸口へと向かう。
「元はと言えば我々の失策が原因だ。ここにいる間はこの位させてほしい」
「でも……」
 反論しようにも恥ずかしさで言葉が出ない。そうしている間にもエドワルドはコリンシアの手を引いたオリガを伴い、階段を下りてダイニングへと足を向ける。その扉の外には正装姿の竜騎士4人が揃っていて、一行が扉の前に立つと敬礼をする。
「すごい……」
 館にいては滅多に見る事も出来ない正装姿の竜騎士達が、揃って行動する光景を見て、思わずオリガがつぶやくほどそれは壮観な眺めだった。
 その前を悠々とエドワルドはフロリエを抱えたまま歩き、オリガもコリンシアの手を引いて通り過ぎる。オリガがチラリとルークの様子を窺うと、彼と目が合い、口元が弧を描く。初めて見た竜騎士正装の彼も素敵だと思ったが、やはり普段通りエアリアルと戯れている彼の方が好きだと彼女は思った。




 晩餐は終始和やかに行われた。昼間のお茶会では疲れてすぐに眠ってしまったコリンシアが、あちらで過ごした様子を機嫌よく話している。エドワルドの希望で彼の隣にコリンシア、そしてその隣がフロリエの席順となっていて、話すのに夢中で食べるのがおろそかになりがちなコリンシアを時折フロリエがたしなめ、その様子をエドワルドが終始上機嫌で見守っている。そんな3人の様子が本当の親子のようだとその場に居合わせた者達の感想だった。
「良き傾向じゃ」
 グロリアはその様子を満足そうに眺め、小さく呟いた。
「何か仰りましたか?」
 はっきりとは聞き取れなかった様子のエドワルドが怪訝そうにしている。
「気にせずとも良い。ところで、十分満足できたかえ?」
 残すは最後のデザートのみである。ふるまう相手が竜騎士と言う事で、客人達にはいつもよりも多めの料理が皿に並べられていた。グロリアやフロリエの皿に比べると倍近い量だったはずだが、竜騎士達は綺麗に平らげていた。館の料理長が久々に腕を振るったわけだが、それは見ていて胸がすくほどの食べっぷりであった。
「ええ、気を遣ってくださってありがとうございます」
 この館でこの様な晩餐に招かれた事などないルークは、緊張していたようだったが、終始しゃべり続けたコリンシアのおかげでそれも解けたようだ。料理も堅苦しいものではなかったのが幸いしたのだろう。

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