41 / 435
第1章 群青の騎士団と謎の佳人
37 華やかな宴のその陰で3
しおりを挟む
真夜中になってようやく宴がお開きとなり、エドワルドはハルベルトと共に彼の居室へ向かった。今朝の約束通り、女官抜きで部屋を用意してもらい、何の気兼ねもなく汗を流して部屋着に着替えた。これでゆっくりと眠れると安心して寝台に横になるが、扉を叩く音がしてハルベルトがやってきた。
「エドワルド、ちょっと付き合いなさい」
「はい……」
逆らえるはずもなく、エドワルドは部屋着姿のハルベルトに彼の私室へ連れて行かれる。そこには既に夏物の涼しげな敷物の上に座卓が置かれ、酒肴の準備が整えられていた。
「まあ、飲め。とっておきを出したから」
ハルベルトが敷物の上に用意された夏物のクッションの上に座ると、エドワルドもそれに習ってその向かいに座る。
「じゃ、遠慮なく」
ハルベルトがワインのボトルを差し出すので、エドワルドは玻璃の杯に注いでもらう。香りを楽しみ、口の中で転がすように含んでまろやかな味と香りを堪能する。
「そなたがもらったものには劣るが、これもブレシッド公国産だ。うまいだろう?」
「ああ、いいな。もっと手に入ればいいのだが」
ボトルに張られたラベルを兄に見せてもらい、今度はハルベルトの杯にワインを注ぐ。
「現状では仕方ないな。かの国とは絶縁状態だ。直接の交易ができない」
「元々は何が原因だったかな?」
「古くは数十年前にどちらの国の出身の大母補が大母になるかでもめたというのがある。結局はどちらもなれなかったが、両国の間に深い溝だけができた。
近年では3年ほど前か。ガウラ出身の大母補が礎の里で変死したのだ。その場にいた若い竜騎士が疑われて投獄されたが、証拠が不十分で結局は釈放された」
ハルベルトは注がれたワインで喉を潤す。
「犯人は捕まったのか?」
「薬による中毒との説もあるが、結局はわかっていない。それではガウラも黙ってはいられず、エレーナを通じて我が国にも協力を仰いできた。あまり首を突っ込まない方がいいと私もサントリナ公も進言したのだが、父上はエレーナをかわいがっていたからな。グスタフに一任したのだ」
「そうだったのか」
この一件は本来なら極秘事項なのだろう。ロベリア総督として必要最低限の国際情勢は把握しているものの、国政に関わっている兄に比べたらその知識量は雲泥の差がある。それを補う為にグロリアはわざわざビルケ商会の会頭を紹介してくれたのだ。
「結局、分からない真相を暴くよりも、若い竜騎士の責任の追及に時間は費やされた。その若者がブレシッド公国の大公の養子だったらしい」
「……」
「ブレシッド側も相当粘ったが、とにかく区切りをつけて早く終わらせたい礎の里の上層とグスタフが結託し、その若者の竜騎士資格の剥奪という形で決着したのだ」
当然、決着に貢献したグスタフは礎の里に太いパイプを持つことに成功し、その頃から国政に一層の発言権を持つようになったのだ。ゲオルグの不祥事が噂され始めるのもその頃からである。この時の何かが歯車に狂いを生じさせたのではないかと、ハルベルトは思う。
「その若者はどうなったのだろうか?」
「その先までは聞いてないな。どのくらい優れた資質を持っていたかは知らないが、当代きっての竜騎士であるブレシッド公が養子に望むなら優秀な若者だったのだろう。残念だが故郷に帰されたのではないかな?」
昔から優秀な竜騎士を得るために、資質の高い子供を養子にして引き取る貴族は珍しくない。一方で怪我や病気で竜騎士への道が絶たれた場合、平気で切り捨てられている。アスターやルークが養子に望まれたのも同様の理由だが、決して本人の為になる訳ではない事を彼らは良く知っているのだ。
「もったいないな」
「確かに。他に解決法が無かったのかと今でも思うよ」
皇家に生まれながらも2人は能力主義者だった。だからこそ、エドワルドはアスターやルーク、傭兵上がりであるリーガスをも部下に迎え、ハルベルトはグスタフを敵に回してまでも国政の改革に着手し始めたのだ。
会話を交わしながら、ハルベルトは次々とエドワルドに酒を勧める。勧められた彼も口当たりの良さについつい飲んでしまう。
「あの雷光の騎士はなかなか天晴な若者だな」
「ルークがどうしましたか?」
ハルベルトは笑いながらテラスでの一件を話して聞かせる。
「ははは。下端でもいい……か。それなら遠慮なくこき使ってやろう」
「いい部下を持ったな、エドワルド」
「そうですね、私は恵まれているのかもしれない」
エドワルドはそういうと、もう一杯空にする。さすがの彼もだいぶ酔いが回ってきたようで、動きが緩慢になってきている。
「それも国主の資質の一つだぞ」
「やめてくださいよ……どうあがいても兄上には敵いません」
「その私がそなたを見込んでいるのだ」
そう言ってハルベルトはまたエドワルドの杯を美酒で満たす。
「今のままがいいのです。ロベリアで気心の知れた者たちと共にいるのが……」
「我儘だな。兄の願いをきいてくれないのか?」
「……」
「今は1人でも味方が欲しいのだ。帰ってきてくれ、皇都に」
「……すぐには無理ですよ」
改革を進めている兄の苦労を知っているので、エドワルドも無下には断れない。
「わかっている。今期は無理だろうが、来期には呼び寄せたい。出来れば結婚の問題も片づけて帰って来い」
「それですか……」
しばらくエドワルドは満たされた杯を眺めていたが、それを手に取り中身を飲み干す。
「クラウディアが他界して5年…この秋で6年だ。コリンにはまだまだ母親が必要なのは分かっているだろう?」
「クラウディア……」
エドワルドは亡き妻の名前を出され、少し動揺する。
「いい加減、けじめをつけたらどうだ?」
「けじめ……ですか?」
「墓参りにも行ってないのだろう? 自分の中で心の整理が出来ていないから一からやり直す勇気が出ない。いつまでも彼女に縛られる必要はないと思うのだが、どうだ?」
「彼女に縛られていたら、夜遊びなんてしませんよ」
エドワルドは動揺を押し隠すように自分で杯を満たすともう一杯あおる。
「一夜限りの相手ならば後腐れないからな。ガレット夫人にしても、ただ他の相手よりも付き合いやすいからとしか考えていないのではないのか? それでは彼女に失礼だ。それでもなお、お前の我儘で関係を続けるのであれば、互いの未来を閉ざす事になる」
「……」
「コリンに母親を作ってやれ。それがお前の幸せにつながる」
「今はフロリエがいますよ。彼女がいれば、大丈夫……」
エドワルドはコリンシアの母親と言われて何気なくフロリエを思い出す。グロリアの館で暖炉の前に2人で座って遊んでいる光景を思い出していた。
「いい娘みたいだな」
「ああ……」
「だがな、いつまでもいてもらえるとは限らないのだろう?」
確かに、記憶が戻れば場合によってはグロリアの元に居られなくなる可能性もある。
「そう……だったな」
緩慢な動きで杯を手にし、エドワルドはもう一杯ワインを飲み干す。杯を座卓に置くと、彼はゆっくりと床に置かれたクッションに倒れこむ。
「エドワルド?」
返事はない。どうやら眠ってしまったようである。ハルベルトは己も覚束ない足取りで立ち上がると、彼に上掛けをかけてやる。そして自分も寝台に倒れこむようにして眠りについたのだった。
「エドワルド、ちょっと付き合いなさい」
「はい……」
逆らえるはずもなく、エドワルドは部屋着姿のハルベルトに彼の私室へ連れて行かれる。そこには既に夏物の涼しげな敷物の上に座卓が置かれ、酒肴の準備が整えられていた。
「まあ、飲め。とっておきを出したから」
ハルベルトが敷物の上に用意された夏物のクッションの上に座ると、エドワルドもそれに習ってその向かいに座る。
「じゃ、遠慮なく」
ハルベルトがワインのボトルを差し出すので、エドワルドは玻璃の杯に注いでもらう。香りを楽しみ、口の中で転がすように含んでまろやかな味と香りを堪能する。
「そなたがもらったものには劣るが、これもブレシッド公国産だ。うまいだろう?」
「ああ、いいな。もっと手に入ればいいのだが」
ボトルに張られたラベルを兄に見せてもらい、今度はハルベルトの杯にワインを注ぐ。
「現状では仕方ないな。かの国とは絶縁状態だ。直接の交易ができない」
「元々は何が原因だったかな?」
「古くは数十年前にどちらの国の出身の大母補が大母になるかでもめたというのがある。結局はどちらもなれなかったが、両国の間に深い溝だけができた。
近年では3年ほど前か。ガウラ出身の大母補が礎の里で変死したのだ。その場にいた若い竜騎士が疑われて投獄されたが、証拠が不十分で結局は釈放された」
ハルベルトは注がれたワインで喉を潤す。
「犯人は捕まったのか?」
「薬による中毒との説もあるが、結局はわかっていない。それではガウラも黙ってはいられず、エレーナを通じて我が国にも協力を仰いできた。あまり首を突っ込まない方がいいと私もサントリナ公も進言したのだが、父上はエレーナをかわいがっていたからな。グスタフに一任したのだ」
「そうだったのか」
この一件は本来なら極秘事項なのだろう。ロベリア総督として必要最低限の国際情勢は把握しているものの、国政に関わっている兄に比べたらその知識量は雲泥の差がある。それを補う為にグロリアはわざわざビルケ商会の会頭を紹介してくれたのだ。
「結局、分からない真相を暴くよりも、若い竜騎士の責任の追及に時間は費やされた。その若者がブレシッド公国の大公の養子だったらしい」
「……」
「ブレシッド側も相当粘ったが、とにかく区切りをつけて早く終わらせたい礎の里の上層とグスタフが結託し、その若者の竜騎士資格の剥奪という形で決着したのだ」
当然、決着に貢献したグスタフは礎の里に太いパイプを持つことに成功し、その頃から国政に一層の発言権を持つようになったのだ。ゲオルグの不祥事が噂され始めるのもその頃からである。この時の何かが歯車に狂いを生じさせたのではないかと、ハルベルトは思う。
「その若者はどうなったのだろうか?」
「その先までは聞いてないな。どのくらい優れた資質を持っていたかは知らないが、当代きっての竜騎士であるブレシッド公が養子に望むなら優秀な若者だったのだろう。残念だが故郷に帰されたのではないかな?」
昔から優秀な竜騎士を得るために、資質の高い子供を養子にして引き取る貴族は珍しくない。一方で怪我や病気で竜騎士への道が絶たれた場合、平気で切り捨てられている。アスターやルークが養子に望まれたのも同様の理由だが、決して本人の為になる訳ではない事を彼らは良く知っているのだ。
「もったいないな」
「確かに。他に解決法が無かったのかと今でも思うよ」
皇家に生まれながらも2人は能力主義者だった。だからこそ、エドワルドはアスターやルーク、傭兵上がりであるリーガスをも部下に迎え、ハルベルトはグスタフを敵に回してまでも国政の改革に着手し始めたのだ。
会話を交わしながら、ハルベルトは次々とエドワルドに酒を勧める。勧められた彼も口当たりの良さについつい飲んでしまう。
「あの雷光の騎士はなかなか天晴な若者だな」
「ルークがどうしましたか?」
ハルベルトは笑いながらテラスでの一件を話して聞かせる。
「ははは。下端でもいい……か。それなら遠慮なくこき使ってやろう」
「いい部下を持ったな、エドワルド」
「そうですね、私は恵まれているのかもしれない」
エドワルドはそういうと、もう一杯空にする。さすがの彼もだいぶ酔いが回ってきたようで、動きが緩慢になってきている。
「それも国主の資質の一つだぞ」
「やめてくださいよ……どうあがいても兄上には敵いません」
「その私がそなたを見込んでいるのだ」
そう言ってハルベルトはまたエドワルドの杯を美酒で満たす。
「今のままがいいのです。ロベリアで気心の知れた者たちと共にいるのが……」
「我儘だな。兄の願いをきいてくれないのか?」
「……」
「今は1人でも味方が欲しいのだ。帰ってきてくれ、皇都に」
「……すぐには無理ですよ」
改革を進めている兄の苦労を知っているので、エドワルドも無下には断れない。
「わかっている。今期は無理だろうが、来期には呼び寄せたい。出来れば結婚の問題も片づけて帰って来い」
「それですか……」
しばらくエドワルドは満たされた杯を眺めていたが、それを手に取り中身を飲み干す。
「クラウディアが他界して5年…この秋で6年だ。コリンにはまだまだ母親が必要なのは分かっているだろう?」
「クラウディア……」
エドワルドは亡き妻の名前を出され、少し動揺する。
「いい加減、けじめをつけたらどうだ?」
「けじめ……ですか?」
「墓参りにも行ってないのだろう? 自分の中で心の整理が出来ていないから一からやり直す勇気が出ない。いつまでも彼女に縛られる必要はないと思うのだが、どうだ?」
「彼女に縛られていたら、夜遊びなんてしませんよ」
エドワルドは動揺を押し隠すように自分で杯を満たすともう一杯あおる。
「一夜限りの相手ならば後腐れないからな。ガレット夫人にしても、ただ他の相手よりも付き合いやすいからとしか考えていないのではないのか? それでは彼女に失礼だ。それでもなお、お前の我儘で関係を続けるのであれば、互いの未来を閉ざす事になる」
「……」
「コリンに母親を作ってやれ。それがお前の幸せにつながる」
「今はフロリエがいますよ。彼女がいれば、大丈夫……」
エドワルドはコリンシアの母親と言われて何気なくフロリエを思い出す。グロリアの館で暖炉の前に2人で座って遊んでいる光景を思い出していた。
「いい娘みたいだな」
「ああ……」
「だがな、いつまでもいてもらえるとは限らないのだろう?」
確かに、記憶が戻れば場合によってはグロリアの元に居られなくなる可能性もある。
「そう……だったな」
緩慢な動きで杯を手にし、エドワルドはもう一杯ワインを飲み干す。杯を座卓に置くと、彼はゆっくりと床に置かれたクッションに倒れこむ。
「エドワルド?」
返事はない。どうやら眠ってしまったようである。ハルベルトは己も覚束ない足取りで立ち上がると、彼に上掛けをかけてやる。そして自分も寝台に倒れこむようにして眠りについたのだった。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる