群青の空の下で(修正版)

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第3章 ダナシアの祝福

59 永遠に2

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 その翌日、エドワルドは緊張した面持ちでペドロとの会談に臨んでいた。しかも先方の希望で他に誰も交えず、2人きりでの会談となる。国主代行の地位についてから大陸有数の重鎮と顔を合わせてきたが、春の終わりにミハイルと初めて顔を合わせた時よりも今日は緊張しているかもしれない。
 ペドロは礎の里を代表してきているのだが、彼の体を気遣ったアレスが全ての雑事を引き受けてくれていた。彼のおかげでペドロのすることは即位式当日の立ち合いとその後の宴、後は大神殿の神官長との面会と国主となるエドワルドとの会談だけだった。会談は当初、フレアやアレスも同席する予定だったのだが、ペドロの希望で余人を交えず、2人だけで行うことになったのだ。
「昨日は挨拶だけで失礼いたしました」
「いや、こちらも無理を言って申し訳ない」
 アレスは当代や大賢者といった里の代表の親書だけでなく、ミハイルからの個人的なものも含めてプルメリア各公王やダーバ国主からの親書も一手に引き受けていた。昨日の出迎えの後にエドワルドはアレスとの時間を予め作っていたので、その折に彼宛の大量の親書を受け取り、一緒に里を含めた大陸南部の情勢も聞いている。今日の話題は本当に個人的な内容になるのだろう。
「先ずは、フレアを救ってくれたこと、改めてお礼申し上げる」
 椅子に座ったままだったが、ペドロは背筋を伸ばすとその場で深々と頭を下げた。今までもミハイルやアリシア、アレスなど、フレアの親族に同じ理由で頭を下げられていたエドワルドは、半ばあきらめの境地で「当然のことをしたまでです」と返した。
 逆に返して言えば、それだけ彼らが彼女の事を大切に守ってきた証でもあり、エドワルドは婚姻という形でその役目を引き継ぐことになったのだ。今では認めてもらえたと思うことにしてその礼を受けるようになっていた。
「こちらこそ、コリンシアがお世話になりました」
 ラトリで過ごした日々は、姫君にとって忘れられない体験の連続だったらしく、タランテラに帰還して数か月たった今でも話題によく上る。彼女の話ぶりから村の人達に随分と良くして頂いたのが伝わってきた。
「来年は国主会議もありますし、その折にでも寄らせていただけたらと思います」
「そうして下され」
 老ベルクを筆頭にカルネイロ家が里の主権を握りこんでいた今までは、自分たちの意見に反するものを聖域に追いやり、蔑ろにする傾向にあった。その為に聖域に入るのも随分と制限がかけられていたのだが、ベルク共々老ベルクも失脚した今ではその制限も緩やかなものとなっていた。
 もちろん、聖なる山を奉る場所である。誰もかれもが入れるわけではないが、世話になった礼をするくらいなら許容の範囲内。ましてや、家族に会いに行くのは誰にも咎められる事などない。国主会議に子供を同伴することはできないが、会議の期間中は妻を里帰りさせて一緒に子供を預ければいいとエドワルドは考えていた。
「それともう一つ、薬草園へのお力添え、感謝いたします」
 ベルクの欲望の為に生み出された薬草園が健全なものに生まれ変わったのも、ペドロが種子を厳選し、弟子を派遣してくれたからでもある。この北の大地では初めて扱うものが多いが、グルースのおかげで大きな問題は起こっていないと報告を受けていた。
「これこそ本来あるべき里の姿と思っております。里の中で研鑽され、生み出されたものは公表を惜しむべきではありません。まして薬学は人の命にもかかわるもの。大陸で共有すべき知識でございます」
 ペドロのこの考えこそ、本来ダナシアが里に与えた役割だった。だが、里の規模が大きくなるにつれ、運営には多額のお金が必要になってくる。それを捻出できるものが里の内部で力を持つようになり、やがてその理念はいびつに歪められてしまったのだ。ペドロはそれを正そうとして疎まれ、聖域に追いやられてしまったのだ。
「その大義名分を果たしたつもりですが、やはり孫娘はかわいいもの。よく見知ったものが居れば心強いと思い、人材不足を理由にグルースを送り出したのも確かです。あれは偏屈だが腕は確か。そしてあの子ならばその偏屈の御し方も心得ておる。
 そういった打算と遠い北の地で育った薬草の薬効の変化も確認したいという研究者の好奇心も混ざっております。純粋な厚意ではない分、そこまで感謝されると恐縮でございます」
 神妙に耳を傾けるエドワルドに、ペドロは表情を緩めてそう付け加えた。
「それで役に立つのでしたら結構なことではないでしょうか?」
「そう言っていただけると有難い」
 エドワルドの反応にペドロはホッとした様子だったが、すぐに表情を引き締めると本題に入った。
「アレスからも話は聞いているとは思いますが、現在ベルクはダムート島に収監されております。自由になろうと看守の買収を試みたようですが、現状でそれになびくものは皆無です」
 ペドロの言う通り、エドワルドは前日のうちに里の情勢と共に聞いていた。シュザンナの宣告通り、ベルクはダムート島にある牢獄にたった一人で収監されている。全ての罪が暴かれて量刑が確定するまでの措置だったはずなのだが、罪状があまりにも多すぎて全てを調べ上げるにはまだ時間がかかる。そこで判明している罪状だけで協議した結果、いずれも悪辣なために終身刑が確定していた。
 牢獄は飛竜に乗らないと行くことが出来ない断崖絶壁の上にあり、数日に一度看守の交代と共に必要最低限の物資を与えられるだけの生活を送っている。今まで贅沢三昧な生活を送っていた彼には酷な環境のはずなのだが、それでも音を上げることなく執念で生き延びているらしい。生き延びることで一縷いちるの望みにかけているのかもしれないが、それは徒労に終わるだろう。
「カルネイロ商会の解体は各国の協力の元、順調に進んでおります。不正に関わった主だったものは既に捕らえておりますので、組織としての機能は失われております。あと、想定されるのは単発的な復讐です。過度な警戒は必要ありませんが、用心を怠りませぬようお気をつけなされ」
「ご忠告、痛み入ります」
 真っ先に狙われるのはエドワルド自身かベルクが執着していたフレアだろう。最大の懸念は『死神の手』と呼ばれる傭兵団の復活だが、それももう心配は無くなった。オットーの取り調べで内乱の初手となるエドワルド襲撃でその数は半減し、更にその残りはラトリ襲撃に向かわせた為に、全員命を落とすか捕われている。その維持に『名もなき魔薬』が不可欠だったことも合わせると、壊滅したとみていいだろう。
 残るは組織の末端で使われていた者達だが、危険を冒してまでベルクに忠義だてするとも思えない。それでもエドワルドは万が一に備え、特にフレアの身近に仕える者は信用出来る者で固めている。安全の為だけでなく、フレアが心安く生活できるようにととられた措置でもある。
「フレアもアレスもあの者に随分と傷つけられてきた。賢者と呼ばれる身でありながら、自ら手にかけようと幾度思ったことか……」
 ペドロは握りしめた手を震わせ、言葉を続ける。
「正直、ダムート島に乗り込みたい気持ちはあります。しかし、この国に来て昨日あの子と一緒に過ごしているうちにその暗い気持ちも霧散しました。驚いたことに、内気だったあの子がもうこの地になじみ、生き生きとしているのです。前を向いて歩き出したあの子を見ていると、あの者はもう既に制裁を受けているのだからそれでいいではないかとも思えてくるのです。この年になって、復讐のむなしさを教えられるとは私もまだ修養が足りません」
 ペドロの懺悔にも似た告白にエドワルドは思わず息をのんだ。前日に出迎えた時には温和な印象を受けたのだが、賢者とも思えないほど激しい負の感情を顕わにする彼にかける言葉が見つからない。だが、本音を吐露したところで少し気持ちが落ち着いたのか、居住まいを正して本来の温和な表情に戻る。この辺りの切り替えはやはり年の功なのだろう。
「あの子は私の宝です。慣れぬ地に送り出すのは不安がありました。夏に訪れたルイス卿にも話を聞いて半信半疑だったのですが、しかし、実際にこの国を訪れて殿下を始めとした皆様と接して杞憂に終わりました」
「既に彼女はこの国にとって無くてはならない存在になっています。できるだけ居心地良くしてもらおうと、皆も頑張ってくれています」
 セシーリアとソフィアが率先してフレアの世話を焼いていた。2人が相手だとエドワルドすら逆らえないので、彼女は最強の味方を手に入れているのだ。
「それを聞いて安堵いたしました」
 ペドロはここでいったん姿勢を正し、改めてエドワルドに向き直る。
「殿下……いえ、もう陛下と呼ばせていただきます。フレアの事、どうかよろしくお願いします」
「私にとっても大切な女性です。全力で守っていきます」
「頼みます」
 これでエドワルドはフレアを今まで守ってきた家族全員から認められて後を任されたことになる。がっちりと交わされた握手はその為の神聖な儀式のように思えた。

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