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第3章 ダナシアの祝福
7 もたらされた恩恵3
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古の砦 ゲオルグの場合
ゲオルグが斧を振り下ろすと、乾いた音がして薪が転がった。春までラグラスが立て籠もっていた古い砦に移り住んで半年余り経っている。力任せだけでは出来ない作業で、コツをつかむのに随分と時間がかかったが、それでも日々、逃げることなくやり続けたおかげでどうにかこの作業にも慣れてきたところだった。
もう冬が間近に迫っているのだが、ゲオルグの額には玉の様に汗が浮かんでいる。一度手を休めて首にかけた布でその汗をぬぐうと作業を再開する。
「おーい、飯にしようぜ」
日が沈んで辺りが暗くなり始めた頃、一緒に薪割りをしていた男に声をかけられる。ゲオルグは返事をすると、散らばった薪や斧を片付けてから砦の中に入って行った。
現在、この古い砦はジグムント等傭兵団の拠点として使われている。ゲオルグはここで薪割りや水汲み、芋の皮むきなどといった下働きの様な仕事をしながら基本的な学問を勉強していた。
ゲオルグが犯した罪は重い。だが、傀儡とする為だけに世の理も教えられずに育てられた背景には同情の余地はあるし、何よりも当人が心を入れ替えていて更生の余地がある。そう思ったエドワルドは、皇都に連れ帰っても牢へ閉じ込めるしかできないゲオルグの身の振り方について、各国の賓客達に色々と相談に乗ってもらっていた。それをたまたま耳にしたジグムントが彼の身柄を引き受けると名乗り出たのだ。
だが、罪人である彼はこの砦から一歩も出る事は許されていない。しかも基本的に全く1人になる事は無く、夜も部屋の外には見張りがつく。それが彼に科せられた罰だった。
「アンタも負けずにたんとお食べ」
食堂には既に傭兵達が集まり、大皿に盛られた料理に舌鼓を打っていた。砦で賄いをしてくれている中年の女性が、臓物と豆の煮込みが入った深皿と少し固焼きのパンを手渡してくれる。ゲオルグは礼を言うと、隅に陣取って煮汁に浸したパンにかぶりついた。与えられた身分にふんぞり返り、好き勝手していた頃には到底考えられない程庶民的な食事だが、不思議とあの当時食べていたものよりも美味しく感じるのだ。
「遠慮してたら無くなるよ」
賄いのおばちゃんはおまけとばかりにあぶり肉や腸詰が乗った皿も目の前に置いてくれた。ラグラスがここに籠っていた頃から賄いをしていた彼女は何かとゲオルグを構ってくれる。聞いた話だと自分と同じぐらいの年頃の息子がいたらしい。だが、ラグラスから解放された現在も帰る場所が無いと言っていたので、それ以上深くは聞いていない。
「荷物が届いているぞ」
粗方食事が終わったところで、フォルビア城へ打ち合わせに行っていたジグムントが顔を出す。どうやらフォルビアに届いていた傭兵達宛ての手紙や小荷物を預かって帰ったらしい。傭兵達は早速、家族から届いた荷物を嬉しそうに受け取っていた。中には何かしらの請求書を受け取り、がっくりと肩を落としているものもいる。
「おう、お前さんのもあるぞ」
「え? 俺に?」
食事の残りを急いでかきこむと、食器を片づけて荷物を受け取る。
「今日はもう部屋に戻っていいぞ」
いつもなら食後の後片付けや明日の仕込み等といった仕事があるのだが、今日は免除にしてくれた。ゲオルグは礼を言うと荷物を持っていそいそと自室へ引き上げる。いつも通り外から鍵がかけられると、ゲオルグは早速荷物が入っている木箱を確認する。
贈り主はウォルフになっていた。手習い用の数冊の本と手紙、そして奥の方には何やら厳重に布に包まれた物体が入っていた。
「何だ、これ」
包みの中にあったのは蒸留酒の瓶だった。昨年、牢にいる間、エドワルドが差し入れてくれたのと同じ銘柄である。手紙も何も添えられていないが、おそらく秋に即位したばかりの国主様直々の差し入れなのだろう。他にも皇妃様直々らしい手編みの防寒具も入っている。
「……」
寝台の縁に腰かけ、読みやすいように書いてくれた友人の手紙を開く。皇都に帰った彼は今、自ら希望してエドワルド直属から古書の整理係に移動したと書かれている。慣れない仕事に苦労が多いはずなのにそんな事をおくびにも出さず、ちょっとした失敗や日々の発見を面白おかしく書いてあった。誰もやりたがらない仕事をする事で、自分なりの贖罪をしているのだろう。他には差し入れの事も書かれていて、送り主は予想通り国主夫妻だった。人が良すぎる彼等からは「風邪などひかぬように」とちょっとした伝言が添えられていた。
「俺なんかにかまっている暇なんか無いだろうに……」
こうして気遣ってもらえるのは嬉しいのだが、やはり何だか照れくさい。立場上、直接手紙を送る事は出来ないが、今度手紙を書くときには友人に折を見て感謝の気持ちを伝えてくれるように頼んでみよう。
試しに防寒具を付けてみると、柔らかな毛糸で編まれたそれはふんわりと暖かだった。これから早朝の作業をする時には重宝しそうだ。そして蒸留酒の封を切り、水で割って飲んでみる。以前、浴びるように飲んでいた高級酒よりも何倍も美味しい。体だけでなく2人の気持ちに心が温かくなった。
こうしてたくさんの人に見守られながらやり直す機会を与えられた。ゲオルグはこの恩恵に感謝してダナシアに祈りを捧げた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ゲオルグは2年くらいジグムントの世話になりながらここで暮らしていく術を身に付けて、その後はフォルビアから遣わされた兵団に監視されながら生涯をここで過ごした。
ちなみにタランテラとの契約期間が終了した後、ジグムントは傭兵を引退。故郷に帰ろうとしたのだが、エドワルドに請われて指南役となり、旧友のリーガスの下で見習いの育成に力を貸した。
賄のおばちゃんは砦のお母さん的存在に。勤務地が移動になっても、おばちゃんのご飯を食べにやってくる者も……。
ゲオルグが斧を振り下ろすと、乾いた音がして薪が転がった。春までラグラスが立て籠もっていた古い砦に移り住んで半年余り経っている。力任せだけでは出来ない作業で、コツをつかむのに随分と時間がかかったが、それでも日々、逃げることなくやり続けたおかげでどうにかこの作業にも慣れてきたところだった。
もう冬が間近に迫っているのだが、ゲオルグの額には玉の様に汗が浮かんでいる。一度手を休めて首にかけた布でその汗をぬぐうと作業を再開する。
「おーい、飯にしようぜ」
日が沈んで辺りが暗くなり始めた頃、一緒に薪割りをしていた男に声をかけられる。ゲオルグは返事をすると、散らばった薪や斧を片付けてから砦の中に入って行った。
現在、この古い砦はジグムント等傭兵団の拠点として使われている。ゲオルグはここで薪割りや水汲み、芋の皮むきなどといった下働きの様な仕事をしながら基本的な学問を勉強していた。
ゲオルグが犯した罪は重い。だが、傀儡とする為だけに世の理も教えられずに育てられた背景には同情の余地はあるし、何よりも当人が心を入れ替えていて更生の余地がある。そう思ったエドワルドは、皇都に連れ帰っても牢へ閉じ込めるしかできないゲオルグの身の振り方について、各国の賓客達に色々と相談に乗ってもらっていた。それをたまたま耳にしたジグムントが彼の身柄を引き受けると名乗り出たのだ。
だが、罪人である彼はこの砦から一歩も出る事は許されていない。しかも基本的に全く1人になる事は無く、夜も部屋の外には見張りがつく。それが彼に科せられた罰だった。
「アンタも負けずにたんとお食べ」
食堂には既に傭兵達が集まり、大皿に盛られた料理に舌鼓を打っていた。砦で賄いをしてくれている中年の女性が、臓物と豆の煮込みが入った深皿と少し固焼きのパンを手渡してくれる。ゲオルグは礼を言うと、隅に陣取って煮汁に浸したパンにかぶりついた。与えられた身分にふんぞり返り、好き勝手していた頃には到底考えられない程庶民的な食事だが、不思議とあの当時食べていたものよりも美味しく感じるのだ。
「遠慮してたら無くなるよ」
賄いのおばちゃんはおまけとばかりにあぶり肉や腸詰が乗った皿も目の前に置いてくれた。ラグラスがここに籠っていた頃から賄いをしていた彼女は何かとゲオルグを構ってくれる。聞いた話だと自分と同じぐらいの年頃の息子がいたらしい。だが、ラグラスから解放された現在も帰る場所が無いと言っていたので、それ以上深くは聞いていない。
「荷物が届いているぞ」
粗方食事が終わったところで、フォルビア城へ打ち合わせに行っていたジグムントが顔を出す。どうやらフォルビアに届いていた傭兵達宛ての手紙や小荷物を預かって帰ったらしい。傭兵達は早速、家族から届いた荷物を嬉しそうに受け取っていた。中には何かしらの請求書を受け取り、がっくりと肩を落としているものもいる。
「おう、お前さんのもあるぞ」
「え? 俺に?」
食事の残りを急いでかきこむと、食器を片づけて荷物を受け取る。
「今日はもう部屋に戻っていいぞ」
いつもなら食後の後片付けや明日の仕込み等といった仕事があるのだが、今日は免除にしてくれた。ゲオルグは礼を言うと荷物を持っていそいそと自室へ引き上げる。いつも通り外から鍵がかけられると、ゲオルグは早速荷物が入っている木箱を確認する。
贈り主はウォルフになっていた。手習い用の数冊の本と手紙、そして奥の方には何やら厳重に布に包まれた物体が入っていた。
「何だ、これ」
包みの中にあったのは蒸留酒の瓶だった。昨年、牢にいる間、エドワルドが差し入れてくれたのと同じ銘柄である。手紙も何も添えられていないが、おそらく秋に即位したばかりの国主様直々の差し入れなのだろう。他にも皇妃様直々らしい手編みの防寒具も入っている。
「……」
寝台の縁に腰かけ、読みやすいように書いてくれた友人の手紙を開く。皇都に帰った彼は今、自ら希望してエドワルド直属から古書の整理係に移動したと書かれている。慣れない仕事に苦労が多いはずなのにそんな事をおくびにも出さず、ちょっとした失敗や日々の発見を面白おかしく書いてあった。誰もやりたがらない仕事をする事で、自分なりの贖罪をしているのだろう。他には差し入れの事も書かれていて、送り主は予想通り国主夫妻だった。人が良すぎる彼等からは「風邪などひかぬように」とちょっとした伝言が添えられていた。
「俺なんかにかまっている暇なんか無いだろうに……」
こうして気遣ってもらえるのは嬉しいのだが、やはり何だか照れくさい。立場上、直接手紙を送る事は出来ないが、今度手紙を書くときには友人に折を見て感謝の気持ちを伝えてくれるように頼んでみよう。
試しに防寒具を付けてみると、柔らかな毛糸で編まれたそれはふんわりと暖かだった。これから早朝の作業をする時には重宝しそうだ。そして蒸留酒の封を切り、水で割って飲んでみる。以前、浴びるように飲んでいた高級酒よりも何倍も美味しい。体だけでなく2人の気持ちに心が温かくなった。
こうしてたくさんの人に見守られながらやり直す機会を与えられた。ゲオルグはこの恩恵に感謝してダナシアに祈りを捧げた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ゲオルグは2年くらいジグムントの世話になりながらここで暮らしていく術を身に付けて、その後はフォルビアから遣わされた兵団に監視されながら生涯をここで過ごした。
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