群青の空の下で(修正版)

花影

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第3章 ダナシアの祝福

3 不純な動機1

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 ダナシア賛歌が響く聖堂の中を、美しい花嫁が父親に手を引かれて赤い絨毯が敷き詰められた通路を歩んでいく。その先にある祭壇の前では壮麗な衣装に身を包んだ花婿が彼女の到着を待っていた。
「まるで物語の一節みたいだわ」と思ったのはイリスだけではないだろう。銀糸で一面に刺繍が施された引き裾が赤い絨毯に映え、見たこともない位大きな真珠がはめ込まれたティアラが燭台の光を反射する。花嫁は花婿に手を取られ、祭壇の前に進み出ると主宰となる賢者に従って誓いの言葉を宣誓した。
 式は滞りなく終了し、主役の2人は手を取り合って聖堂を出て行く。今度は飛竜で城へ移動し、フォルビア大公の認証式が行われる。見送りをしようと仲間の女神官達と裏の扉から外に出ると、既に無数の飛竜が空を舞っている。しかもその空はその色がどんどん深まっていき、稀有な群青へと変わっていく。
「すごい……」
 まるで2人の門出をダナシアが祝福しているようだ。イリスはもう二度とお目かかれないだろうこの素晴らしい光景を目に焼き付けようと、感動であふれる涙を拭って空を見上げた。
「イリス、ちょっと来てちょうだい」
 城に向かって飛んでいく飛竜の姿が見えなくなり、他の女神官達と片付けにとりかかろうとしたところでまとめ役の女神官に声をかけられる。
「はい」
 何事かと思いながらも同輩の女神官達に頭を下げて彼女の後に続く。その背中を追いながら何か失敗をしてしまったかとイリスは大いに焦っていた。しかも連れて行かれた先が神官長の執務室で、促されるままに中に入るが冷や汗が止まらない。
「急に呼び出してすまないね」
 オドオドしているイリスにトビアスが笑いかける。どうやら怒られるわけではないらしいと分かり、少しだけ安堵した。
「ご用は何でしょうか?」
「実はフォルビア城から姫様のお身回りの世話を手伝ってほしいと応援要請があった。昨夜も衣装の手直しで頑張ってくれたのに申し訳ないが、面識のある君の方が姫様も心安いだろうからと御指名されたのだがどうだろうか?」
「えっと、どなたが……」
「フレア様とアリシア様から式の前に打診されてね。城へは竜騎士の方に送って頂けることになっている」
 思いがけない事態に思考が止まる。拒否できそうにない雰囲気だが、それを不満に思うよりもあの2人に信頼されたのだと思うと妙に誇らしかった。
「は、はい。お受けいたします」
 イリスが胸を張って答えると、トビアスもここへ案内してきたまとめ役の女神官も笑みを浮かべてうなずいている。
「では、すぐに出かける準備をなさい。念のため、数日は滞在する心づもりでいてください」
「分かりました」
 イリスは2人に頭を下げると、急いで自室に戻って小さな鞄に荷物をまとめる。そして神殿の着場に向かうとそこで待っていたのは見覚えのある竜騎士だった。
「あれ、イリスさん?」
「まあ、ラウル卿」
 どうやら人を送るよう命じられていただけで誰が来るかは聞かされて無かったらしい。荷物を受け取ってくれて彼の相棒に括りつけてもらっている間に事情を説明すると得心したようにうなずいた。
「そういう事でしたら急ぎましょう」
「はい」
 飛竜の背に乗せてもらって補助具を付けてもらう。飛竜に乗るのは初めてではないが少し緊張する。それに気づいたのか、騎竜帽を被ったラウルは彼女を安心させるように笑いかけてから飛竜を飛び立たせた。
 既に稀有な空の色は失われていたが、それでも晴れた空の下を飛ぶのはとても気持ちいいと思えた。



「あ、イリスだ」
 部屋を整えて待っていると、宴を中座してきたアリシアに連れられてコリンシアが戻って来た。白いドレス姿の姫君はイリスの姿を見付けるなり大喜びで駆けよってくる。
「お帰りなさいませ、姫様」
「お城に来てくれたの?」
「お手伝いに来たのですよ」
 駆け寄ってきたコリンシアを抱きとめる。そして膝を折ると大陸でも有数の実力者であるアリシアに礼を取る。
「急に呼び出してごめんなさいね。驚いたでしょう?」
「はい。ですが光栄です」
「しばらくお願いすることになると思うけど、よろしくお願いしますね」
「はい」
 まだ宴は続いている。また戻らなければならないアリシアはコリンシアを抱擁すると後をイリスに任せて部屋を出て行った。
「母様綺麗だったね」
「そうですね。まるで物語の中に迷い込んだと思いましたわ」
 先ずはコリンシアの湯あみを手伝い、優しい肌触りの夜着に着替えさせる。そして洗った髪の水気を丁寧に拭きとり、丁寧にくしけずった。その間は昼間に行われたエドワルドとフレアの婚礼が話題となっていた。
「父様ね、ずっと母様の事見つめてたんだよ」
「目を離すのがもったいなかったのかもしれませんね」
「うん」
 イリスはようやく整った髪を手慣れた手つきでリボンで束ねる。イリスの実家は同じ敷地に祖父母も伯父一家も住んでいる大家族だった。必然的に彼女が小さな弟妹や従弟妹の世話をしていたのでこういったことに慣れているのだ。しかも、やんちゃな彼等と違い、コリンシアは動かないでじっとしていてくれる。とても世話をしやすかったのだ。
 婚礼とそれに伴う宴。興奮冷めやらぬ姫君は寝台に横になってもまだまだ眠気が来ない様子。イリスは寝台脇の椅子に腰かけて、姫君とのおしゃべりに興じることにした。
「そうだ。イリスがね、直してくれたから苦しくなかったよ」
「お役に立てて良かったです」
 コリンシアの衣装は、昨夜の時点で少し苦しいところがあったらしい。手直しするほどでもなかったのだが、イリスはコリンシアから話を聞いて少しだけ手直ししておいたのだ。
「だからね、朝ね、お祖母様にイリスが来てくれると嬉しいってお願いしたの」
「そうでございましたか」
 一家と面識があり、経験豊富な女神官は他にも居たのに、何で自分が選ばれたのだろうかと思っていたら、ご当人の希望によるものだったらしい。
「コリンね……嬉しいの」
 だんだん眠気が来たらしく、目がトロンとしてきて会話の合間に欠伸が混ざる。微笑ましい仕草に頭を撫でると、更に眠くなってきたらしくだんだんと瞼が下がってくる。
「ずっと、いてくれると……いいな」
 そこで限界が来たらしい。そのまま小さな寝息が聞こえてきた。イリスはその寝顔に「おやすみなさいませ」と小さく声をかける。そしてつないだままだった手を離して上掛けを整えた。
 灯りを落とし、寝台脇の椅子に座り直す。聞いた話だと姫君は未だ逃避行の折の悪夢を見ることがあるらしい。夜中に飛び起きてもすぐに宥めて安心させてあげられるように今夜はこのまま不寝番をする予定だった。ただ、昨夜もあまり寝ていないので、転寝うたたねしてしまう心配はあるけれど……。


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