群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

205 引導を渡すとき2

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残酷なシーンがあります。


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 ヘデラ夫妻等3人が連れ出され、静かになった地下室に今度はラグラスが連れて来られた。反逆の首謀となる彼には処分を言い渡してすぐに刑が執行されることになる。その立ち合いの為、フレアとミハイルに続いてサントリナ公と礎の里の賢者も加わる。
 蝋燭ろうそくの僅かな明かりに照らされた彼は、数日前と比べると随分とやつれている。眠れば囚われた折にアレスによって見せられた幻覚を夢として見てしまうのだ。十分に睡眠がとれず、更にはそれによって食欲も落ちれば憔悴するのも当たり前だが、自業自得なので同情の余地は無い。
「エドワルド……殺す! 殺してやる!」
 室内にひときわ目立つプラチナブロンドを見つけた彼は、先程までの憔悴ぶりからは想像できない程の怒りをあらわにして掴みかかろうとする。だが、両手を拘束され、両脇を屈強な兵士達に固められているので身動きもままならない。
「殺す……殺す……」
 他の人間は目に入らない様で、ラグラスは両脇を固められた状態でエドワルドを睨みつけている。
「ラグラス。反逆の罪により、そなたに死罪を言い渡す」
 エドワルドが宣告するが、当のラグラスはそれすら耳に入っていない様子でエドワルドに掴みかかろうともがいている。だが、元々運動不足な上に十分な休息をとれていないのですぐに息が上がってしまう。
「……殺す……殺す……」
 血走った眼でエドワルドを睨みつけながらまるで呪文のように繰り返し呟く。もしかしたら既に正気を失い、彼の頭の中には恨みと願望だけが残っているのかもしれない。
「準備が整いました」
 そこへバセットが現れ、酒を満たした杯を差し出す。いつになく渋い表情を浮かべているのはこの酒には毒が混入されているからだ。本来ならば人の命を救う役目のある医者としては抵抗があるのだが、他の誰にも任せたくなくて自ら毒の調合を買って出ていた。
 本来であれば斬首刑にすべきなのだが、フレアのフォルビア公就任式という慶事を控えている為、あえて流血沙汰を避けた形となった。
 エドワルドが無言でうなずくと、その酒は牢の係官に手渡される。そして係官はその杯をラグラスに差し出した。
「……酒……」
 手を縛られたまま器用にその酒を受け取ると、ラグラスは何の疑問も抱かずにそれをあおる様にして飲み乾した。だが、すぐに喉を抑えて苦しみだす。
「……がっ……ぐっ……」
 使われたのは即効性の毒だった。ラグラスは泡を吹いて倒れ、ピクリとも動かなくなる。バセットが近寄り、その死を確認すると、賢者が香油を振りかけて祈りの言葉を口にする。
 ダナシアの教えではいかなる罪も香油によって清めることが出来る。咎人も香油で清め、荼毘だびに伏せば生まれ変わっても罪を犯す事は無いと言われている。祈りの言葉が済むと、すぐに牢の係官がラグラスの遺骸を布に包んで運び出す。ラグラスの遺骸はこの後直ちに荼毘に付され、遺灰は生まれ故郷の小神殿に埋葬される手筈が整えられていた。
 そこにはこれから処刑されるヘデラ夫妻とラグラスの姉ヘザー、そしてラグラスの副官だったダドリーが埋葬される予定となっている。ちなみに今回の反乱に加担したリューグナーは、エドワルド救出のための情報を提供したという事で、一応死罪を免れた。但し、医師としての資格ははく奪され、その小神殿で彼等の菩提《ぼだい》を弔《とむら》う様に命じられていた。
 この春に牢からは出られたものの、始終監視がついて扱いは見習いの神官と同じ。質素な食事と重労働も課せられており、囚われてからの半年の間で彼は一気に老け込んでいた。そこにラグラスの墓が加わる。憎い相手ではあるが、粗略に扱えば懲罰が与えられる。それも彼に科せられた刑罰だった。
「……終わった」
 ラグラスの処刑が済んだことで、エドワルドはようやく自分の中で一区切りつけることが出来た。復興という仕事が残っているが、それに関しては支援の基本合意が済んでいる。元々被害はフォルビア内に限定されていたので、滞っていた整備の遅れを取り戻せば、元の様に実り豊かな地に戻るだろう。
 ただ、内乱だけでなく昨年は長雨の影響で作物が不作だった。それは大陸の東側にあるタルカナも同様で既に小麦の値が高騰している。逆にブレシッドを始めとした西側諸国が豊作だったので、余剰の穀物をその2か国に融通してもらう事で話がまとまった。
 討伐期の竜騎士の不足はジグムント率いる傭兵団がもう1年契約を延長し、その間に体制を見直して立て直す事となった。各国からも若手の育成も兼ねて支援の申し出があったので、こちらの問題も解決したと思っていいだろう。
 これらの破格の申し出にミハイルから出された条件は2つ。先に刑を言い渡された3人に直接文句を言う事と、もう一つが内乱の原因であるラグラスの処刑に立ち会わせると言うものだった。無論、彼の量刑を変更する予定は無かったので、各国の合意がまとまったこの日に予定を早めて行われたのだった。
「大丈夫か? フレア」
 初めて処刑に立ち会った傍らの妻を見れば、彼女の顔は蒼白となっている。それでも気丈に彼女はうなずいた。本当はエドワルドもミハイルも止めたのだが、ここで逃げていたのではフォルビア大公の務めを果たしたとは言えないと言い張り、この場に立ち会うことになったのだ。
「フォルビア大公としての姿を見せてもらった。立派だぞ」
 ミハイルは逃げることなく務めを果たした娘を労う。だが、知らぬ間に成長していた娘を誇らしく思うと同時に一抹の寂しさを感じていた。
「さ、戻ろうか」
 エドワルドが手を差し出すと、彼女は自分の手を重ねる。その手は若干震えていて、彼は愛おしげにその手を包み込んだ。そのぬくもりに彼女はほぅっと安堵の息をはく。
 一同が死に満ちた地下室を出ると月の明かりが迎えてくれた。再会の日よりかは幾分か細くなっているが、その明かりは彼等に安らぎを与えてくれた。

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