群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

202 動き出した時間4

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「義兄上、姉上、私達の息子です」
 エドワルドがフレアを促すと、彼女は抱いている我が子をソフィアに差し出す。
「さあ、エルヴィン、伯父様と伯母様にごあいさつしましょうね」
 赤子を抱くのはずいぶん久しぶりだった。ソフィアは少し緊張してその小さな体を受け取るが、その姿を見て思わず顔を綻ばせた。その姿を夫にも見せると、彼も同様に相貌を崩す。
「こうして拝見しておりますと、殿下の幼い頃を思い出しますなぁ」
「本当に……」
 やはり真っ先に目についたのはぽやぽやの髪だったらしい。親代わりだった2人にしみじみと言われればエドワルドも苦笑するしかない。一方の話題となっている赤子の方は欠伸をするといつもの様に指をしゃぶりながら寝入ってしまった。
「やや子を宿したままの旅はどんなに辛かっただろうか……」
 その寝姿を見ながらソフィアはポツリと呟く。自身も出産経験があるからこそ身につまされるのだろう。そしてそっと母親の腕に赤子を戻す。
「姉上、もうやめましょう。過去を悔やんでばかりいては、前に進むことも出来ません」
「そうです。こうして全てが解決してタランテラに戻って来れました。次の事を考えましょう」
 エドワルドとフレアが口々に言うと、ソフィアは目頭を押さえる。
「こんな妾を許してくれるのか?」
「許すも何も……」
 エドワルドは深くため息をつき、フレアは息子をオリガにゆだねるとソフィアの手をそっと握る。
「エドを……夫を気遣っての事だと思っております。話せばきっと分かって頂けると信じておりました。今後はどうか、お義姉様と呼ばせてくださいませ」
「……勿論じゃ」
 躊躇いながらもソフィアはうなずく。
「田舎での暮らしが長いので、粗相をする事が多々あると思います。こちらの作法や仕来りをどうかご教授頂きとうございます」
「申し分無いと思うが……必要とあれば何なりとご相談に乗りましょう」
 ソフィアはようやく悔恨から解放され、安堵の笑みを浮かべる。ここにいたるまで胸の片隅にずっとつかえていたものがようやく取り除かれたのだ。
 気付けば父親の隣に座っていたコリンシアがうとうとしている。さすがに子供が起きているには遅い時間である。そっと揺すって起こし、寝室で休む様に促す。
「……おやすみなさい」
 半分寝ぼけていたが、それでもその場にいた一同にきちんと挨拶をしてからフレアに手を引かれて寝室に戻り、その後からエルヴィンを抱いたオリガも続く。
「各国の賓客方はどちらに?」
 寝室の扉が閉まると、サントリナ公は表情を引き締めて尋ねる。
「正神殿に逗留して頂いている。明日の午後、こちらで今後の話をする予定になっている」
「今後についてはどの様に?」
「概ね出来上がっていますが、続きは明日の朝議で話をまとめる事になりました。徹夜続きではなかなかいい案も浮かびませんし、今夜はとにかく皆に休む様に命じています」
 エドワルドの目の下にもくっきりと隈が出来ている。昨夜も各国の重鎮達と共に、ベルクの審理の為の打ち合わせと意見交換が明け方まで行われ、僅かな仮眠だけで本番に挑んでいた。皇都を発つ前から数えると、もう何日も仮眠だけで過ごしている事になる。
「そうでしたか。実は姫様とブランドル公ご夫妻もこちらに向かっております。急でしたが今宵はワールウェイドで休ませて頂き、明朝フォルビア入りする予定になっております」
「アルメリアも来たのか?」
 もしかしたらブランドル公は来るかも知れないとエドワルドも思っていたが、アルメリアは想定外だった。
「姫様もこの度の慶事は嬉しいようです。政にはあまり役に立てないかも知れないけれども、何かお役に立ちたいと仰せになっておられました」
「そうか」
 謙遜しているが、財務の知識は大いに役に立つに違いない。だが、何よりも彼女の気持ちが嬉しくてエドワルドの顔も綻んでくる。
「それでは我々はそろそろ失礼いたします。お寛ぎの所をお邪魔して、本当にすみません」
 サントリナ公は家族の団らんを邪魔して恐縮する。
「そうじゃな。これ以上邪魔しては申し訳ないから、そろそろお暇しようか」
「いえ、こちらこそお疲れの所顔を出して下さって感謝します。とにかく今日はゆっくり休んでください」
 ようやく本来の調子を取り戻したソフィアがエドワルドをからかうと、彼は苦笑して肩を竦める。
「それでは失礼します」
 サントリナ公夫妻はエドワルドに頭を下げて出て行く。ルークも両親からの祝いの言葉を伝えると、敬礼してから出て行こうとするのだが、上司に呼び止められる。
「ルークはちょっと待て」
「何でしょう?」
 何かやらかしたかと内心ひやひやしながら振り返る。すると、寝室への扉が開いて子供達を寝かしつけたらしいオリガが出てくる。
「粗方片付いたし、無理にお前に動いてもらうような事態も起こらないだろうから明日はゆっくり休め。オルティスが手配した乳母も来るし、オリガも一緒にゆっくりするといい」
「ですが……」
 まだ他の竜騎士や文官は後始末に追われている。オリガにしても彼女の仕事は子供達の世話だけでは終わらないので、悠長に休んでいる場合では無い。
「我々がこき使っている所為で、再会してからもろくに話もしていないのだろう? どうしても必要であれば呼ぶ。だから、明日は2人で過ごしなさい」
 確かに外交上の小難しい交渉事とは縁が無い。そして既に護衛としてマリーリアもフォルビアに来ているし、オルティスは元々グロリアの館にいた使用人達を臨時という形で呼び寄せているので、オリガが1日抜けたところでさほど問題は無さそうだった。そう思い直したルークは素直に感謝して頭を下げる。
「ありがとうございます」
 エドワルドは満足そうにうなずくと、2人にもう行くように身振りで示す。彼自身もようやく得られた家族との時間である。これ以上邪魔をしない様にルークとオリガは一礼をすると部屋を後にした。



「随分静かになったね」
「……うん」
 城に着いた時にはまだあちこちから喧騒が聞こえていたが、今は随分と静かになっている。どちらからともなく手を繋ぎ、2人並んで人気のない廊下を歩く。
「母さんがね、落ち着いたらオリガもティムも連れておいでだって」
「ご心配してくださっていたのね」
「うん。でも、みんな無事だと信じていたみたい」
「そう……」
 避難先から連絡できなかった事を未だに気にしているらしく、彼女の表情が曇る。そんな彼女を気遣い、ルークは話題を変えた。
「そうだ、薬ありがとう」
「まだ痛むの?」
「ちょっとね」
 心配げに見上げるオリガにルークは少しぎこちなく笑いかける。
「ひどく傷むようならまた診せて」
「うん、頼むよ」
 それぞれの部屋への分岐で自然と立ち止まると、ルークは意を決して口を開く。
「俺の部屋、来る?」
「……うん」
 この時間に彼の部屋へ誘われる意味をオリガも十分理解していた。少し頬を染めてうなずくとルークの手が差し出される。彼女がその手を取ると、また2人並んで歩きだす。そして滅多に使われる事が無かった部屋へ、2人は「ただいま」と言って中に入った。

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