群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

188 最後の仕上げ3

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少し戻っちゃいますが、時系列で言うとちょうどエドワルドとフレアが感動の再会を果たしていた頃。


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 フォルビア正神殿は慌ただしい空気に包まれていた。来る審理の会場に選ばれ、総本山の礎の里や他国からの賓客が来るのだ。
 ラグラスが起こした内乱に追い打ちをかける様に昨年は例年にない不作だった。賓客に対して十分なもてなしは出来ないかもしれないが、それでもできるかぎりの事をしようと神官も見習いも一丸となって準備を進めている最中だった。
「ベルク準賢者様のお部屋はここか?」
 イリスがベルクの為の客間を整えていると、高圧的に声をかけられる。振り向くと、そこにいたのはこの正神殿ではなくフォルビア城下の小神殿の神官長だった。
「はい、そうです」
 イリスはいぶかしみながらも自分よりも高位の相手に配慮して丁寧に答える。
「ここではだめだ。準賢者様には最上級の部屋を用意しなさい」
「それはトビアス神官長の御指示でしょうか?」
「奴の指示など関係ない。準賢者様をこの様な貧相な部屋にお通しするなど失礼だ。常識から言ってもあり得ないだろう」
 相手の物言いにイリスは腹が立った。だが、沸き起こってくる怒りをぐっと堪えると、努めて丁寧な口調で反論する。
「お言葉でございますが、この度は大母補様もお見えになられます。他にも見届け役として各国から賓客が訪れると伺っております。
 私共は先代神官長の時から神官は清貧であらねばならないと教えをうけており、その教えを遵守されたトビアス神官長が、ここは同輩となられるベルク高神官には大母補様や他国の賓客に譲って頂くべしと判断したのでございます」
「分かっておらぬな。あの方は今、大陸で最も強い影響力を持つ方だ。些細な手抜かりでも不興を買えば、フォルビアどころかタランテラ全ての神官が処分されてしまう。今回の不祥事を招いたロイスの腰巾着だったトビアスの巻き添えを食らってはたまらんからな。さっさと言った通りにしろ」
 思えばロイスの鎮魂の儀の折に彼の悪口を言っていたのもこの男だった。ロイスの世話になって今の地位にいるはずなのに、亡くなったとたんに掌を返したような態度をとる彼にイリスはこみ上げてくる怒りを堪えきれなかった。
「この非常時に何を言っているんですか? そもそも貴方はこの神殿での決定権を持っていないんですよ。私が従う義理はありません!」
 きっぱりと言い切るともう後には引けなくなっていた。普段の模範的な女神官としての態度をかなぐり捨て、相手が目上なのも忘れて早口でまくし立てていた。
「ロイス神官長の後を継いだのがトビアス様だったのがそんなに気に入らないですか? だからってベルク準賢者に媚を売っておけば出世できると思ったんですか? バカじゃないの」
「な、何を言うか、この小娘が!」
 図星だったらしく、顔を真っ赤にして怒った相手は手を振り上げる。殴られると思ったイリスは目をつぶって身構えたが、いつまでたってもその衝撃は襲ってこなかった。恐る恐る目を開けると、騎士服を纏った背の高い男性が男の腕を掴んでいた。
「暴力を振るうのは感心しませんね」
「ラ、ラウル卿」
 男の腕を掴んでいたのは、心なしか意地の悪い笑みをうかべたラウルだった。その背後には顔を顰めたトビアスともう一人高位の神官らしい初老の男がおり、更にその背後からは同僚の女神官達が心配そうに様子を伺っていた。
「は、離せ」
 男は振りほどこうといているが、鍛えた竜騎士の手でがっちりと掴まれているのでびくともしない。だが、言われた通りラウルが手を離すと、もがいていた男は反動で尻餅をついた。
「手伝いに来たと仰るから、通常のお勤めをお願いしたはずですが、貴公はここで何をしておられるのですか?」
 尻餅をついたままの男にトビアスは丁寧な口調で尋ねるが、その言葉には心なしか棘があった。だが、残念なことに男はその棘に気付かなかった。
「おい、この無礼な小娘を処罰しろ」
「それは出来ません」
「何だと!」
 男の要求をあっさりと断るとトビアスは呆れたように続ける。
「そもそも彼女は自分の職務を忠実に全うしていただけです。そこへ貴公が位を笠に着て理不尽な要求を強要するから腹を立てたのです。神官としてあるまじき言葉遣いがあったかもしれませんが、些細な事でしょう」
「些細だと? 人を侮辱しておいて!」
 男の言い草に、感情が高ぶっていたイリスはトビアスもラウルもいるのもかまわずにきつい口調で猛然と割って入った。
「先にロイス神官長とトビアス神官長を侮辱したのは貴方ではありませんか!」
「小娘が口を挟むな!」
 男はイリスの反論をピシャリとはねのける。悔しさに口元をゆがめていると、ラウルが寄り添い庇ってくれる。その顔を見上げると、口元にはあの意地の悪い笑みを湛えていた。
 そこへトビアスの背後にいた老神官が進み出る。旅装を解いていないところを見ると、つい今しがた正神殿に到着したのだろう。記章は身に付けていないが、醸し出す雰囲気から高位の存在だと推測できる。
「お主はベルクと親しいのか?」
「まだ直接お会いしていないが、昨年の秋に当神殿に滞在された側近のオットー高神官に色々と便宜を図らせて頂きました。この度はそのお礼として準賢者様にお目通り頂ける事になっております」
 より強い者の威光をちらつかせ、ふんぞり返る姿は滑稽以外何物でもない。男は得意気に胸を張っているが、トビアスとラウルが向ける視線には哀れみが混ざっている。
「そうか。では、念のためそなたの身柄を拘束致すとしよう」
「は?」
 突然の宣告に男は呆気にとられる。だが、周囲を兵士に囲まれて我に返った。
「何故だ! 部外者にそんな指図を受けねばならん!」
 明らかに高位の存在だと分かる相手なのに、男は猛然と抗議する。それをトビアスや周りにいた兵士が慌てて止めるが、男の怒りは収まらない。
「おお、忘れておった」
 騒然とする中、老神官は懐から金色の何かを取り出して胸に付ける。それは国主に肩を並べ、大陸中で10人にしか許されていない賢者の地位を示す記章だった。
「ば……かな……」
「カルネイロが幅を利かせておるから有名無実となっておるが、綱紀を司っておる。今回は審理の見届け役に任ぜられて参った訳だが、当初の訴えは既に撤回が決定した。逆に今度はベルクに嫌疑がかけられており、関わりのある疑わしい人物は全員捕らえて事情を聞くことになっておる。ベルク本人ではないが、補佐役のオットーに便宜を図ったと言っておったからの、詳しい話を聞かせてもらうとするかの。
それにしても先程のこちらの女神官に対するそなたの態度はよろしくないの。位を笠に着て下位の者に無理強いするのは本来あってはならぬもの。少し反省しておれ」
 賢者が裁定を下すと、男はがっくりと膝をつく。トビアスの指示で兵士達が男を立たせて連れ出していった。
「さて、長旅で疲れたからの。心を込めて整えてくれた部屋で休ませてもらうとするかの」
 賢者はそう言うと、トビアスに案内を頼んで部屋を出て行った。様子を伺っていた女神官達もそれぞれの仕事に戻り、その場に取り残されたのはイリスとラウルだけとなった。
「あの……ありがとうございました」
 助けてもらった事を思い出し、イリスは慌ててラウルに頭を下げる。
「間に合って良かったよ。怪我は……ないよね?」
 ラウルが尋ねると、イリスは小さくうなずいた。
「本当はもっと側に居てあげたいけど、お客の案内を頼まれただけなんだ。また戻らないと」
「何か、あったの?」
 ラウルは不安気に見上げるイリスを安心させるように優しい笑みを浮かべていたが、何かを決意したように表情を引き締める。
「詳しい事をまだ言えないけど、朝には朗報が届けられるかもしれない」
 どうやら何か事件が起こったらしい。一番の可能性として未だに砦に立てこもるラグラスの件が上げられるが、先程賢者が言っていたベルクの件もある。彼に限らず竜騎士達は率先して動くことになるだろう。
「そうですか。気を付けて」
「うん」
 イリスが声をかけると、ラウルは顔を綻ばせる。そして「では、また」と言い残し、彼も部屋を出て行った。



 後になって腹が立つあまり小神殿の神官長に反論していたところをラウルにも見られていた事実に気づいた。次にどんな顔して会おうか悩んでいたが、彼は宣言通り、夜明けには朗報を携えて再訪し、あまりの嬉しさから我を忘れて喜び合った。

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