群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

177 悪夢の終焉2

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 アスターは丘の上にある廃墟を幾度も見上げ、エドワルドが戻るのを待っていた。あれからずいぶん時間が経っていて、一度ならず飛竜を通じて帰還を促̩うながしているのだが、もうしばらく干渉を控える様にという返事が返って来ただけだった。
 感傷に浸りたくなるのは仕方がない。だが、あまりにも時間をかけ過ぎである。別行動していた第2第3大隊との合流も完了しており、このまま無為に待たせるのは士気にかかわる。
 しかも、優秀な飛竜なはずのグランシアードが何処か浮かれており、それに感化されたのか、他の飛竜も落ち着きを無くしている。竜騎士達はそれぞれの飛竜をなだめるのに苦慮していた。
「アスター卿、殿下はまだお戻りにならないのですか?」
「ああ」
 彼の背後には困惑した様子の大隊長が控えている。このまま大きな混乱に発展しないうちに、先に第2、第3大隊は本陣に向かわせた方が良いだろうかとアスターは本気で思案し始めていた。

 ゴッゴウ

 グランシアードとファルクレインが空に向かって飛竜式の挨拶をする。すると南西から現れた飛竜がものすごい勢いでこちらに向かってくる。確かめるまでも無く、タランテラで最も早い飛竜だと分かる。彼がわざわざ来たと言う事は、何か不測の事態が起こったのだろう。
「アスター卿、殿下は?」
 華麗に着地したエアリアルの背からひらりと飛び降り、ルークはアスターの下へ駆け寄ってくる。パッと見た目はいつも通りなのだが、右腕の動きが少しばかりぎこちない。暴動が起きた砦に真っ先に突入したとは聞いていたので、1人で無茶をして負傷したに違いない。この場で説教を始めてもいいのだが、今の彼は聞く耳すら持たないだろう。
「少し歩いてくると言われたきりお戻りにならない」
「……迎えに行きます」
 すぐに廃墟へ向かって歩き出そうとするルークをアスターは左腕を掴んで引き留めた。
「干渉は控えろとのご命令だ。何があった?」
「砦に審理の見届け役を務められる方々が来られています。ヒース卿が正神殿へ案内する手筈を整えましたが、代表の方が殿下への面会を希望されておられます」
「もう来られたのか……」
 他国からの賓客となると、どうするかはやはりエドワルドの判断を仰がねばならない。後の叱責を覚悟し、もう一度飛竜を通じてエドワルドに帰還を促そうと思った所へにわかに陣の外側が騒がしくなった。
 飛竜達から一言来たよと伝えられ、アスターもルークも館の跡に顔を向ける。すると、その方角から黒髪の女性が駆けて来るのが見えた。スカートの裾をひるがえし、息を切らして一目散に駆けてくる。この1年の間会いたくてたまらなかった恋人の姿を目にしてルークは自分の目を疑った。
「ルーク!」
「おわっ」
 彼女はルークの胸に飛び込んで来た。自分の見たものが信じられず、その場にただ茫然と突っ立っていた彼はその勢いで尻餅をついた。腕の中にいるのが本当に彼女なのか、触ったら消えてしまうのではないかとルークはオリガに押し倒された状態のまま固まっていた。
「オ……リガ……」
「ルーク……」
 ようやく彼女の名を絞り出すようにして呼ぶと、彼女も返してくれたが、それ以上は言葉にならないらしく、オリガはルークの胸に縋って泣き出した。ルークはようやく怪我していない左手を伸ばして彼女の頭を撫でた。夢では無く、現実なのだと認識すると、彼は安堵したように顔を綻ばせた。
「お帰り、オリガ」
「……ただいま」
 ルークは彼女を胸に抱いたままようやく立ち上がる。そして改めてギュッと彼女を抱きしめ、その額に口づけた。
 その甘い雰囲気に、周囲にいた竜騎士達は見ないふりをしてくれている。もしかしたら甘すぎて直視できないのかもしれない。オリガに聞きたい事は山ほどあるが、とにかく1年ぶりに再会した恋人達に水を差す真似をするほど彼等は野暮では無かった。
「た、ただ今戻りました」
「ティム! お前!」
 そこへ少し遅れて息を乱したティムが姿を現す。その後ろにはエドワルドに付けた護衛の竜騎士の姿もある。オリガに聞くのを我慢した反動で、アスターは我を忘れてティムの襟元を掴んで揺すっていた。
「奥方様と姫様は何処におられる? 無事なら無事で手紙くらい寄越せ!」
「わー、ごめんなさい、ごめんなさい」
 何故だか必死にティムは謝る。覚悟していたとはいえ、気魄迫るアスターに詰め寄られるのはさすがに怖い。だが、可哀想だと思ったのか、エドワルドの護衛についていた竜騎士が代わりに答えてくれる。
「奥方様と姫様もご一緒でございます。先程、殿下と再会を果たされ、もうじきこちらにお戻りになられます」
「本当か?」
 アスターの問いにティムはコクコクとうなずく。
「ご懐妊されておられた奥方様は、冬の終わりに皇子様をご出産されました。対面を果たされた殿下は大層お喜びで……」
「何?」
 追加情報で驚いたアスターにまたもやティムは揺すられて彼は目を白黒させる。
「ティムを怒っちゃダメ」
 子供の声にアスターが振り向くと、彼等を取り囲んでいた人垣を掻き分けてコリンシアが現れた。そしてアスターに駆け寄るとポカポカとその背中を叩く。
「ティムは、いっぱい、いっぱいがんばってくれたの。コリンも、母様もたくさん助けてもらったの!」
「姫様……。申し訳ありませんでした」
 コリンシアの攻撃のおかげでティムは解放され、1人悪者になった感のあるアスターは姫君の前に跪《ひざまず》いて許しを乞うた。
「ティムにちゃんと謝らなきゃ許してあげない」
「分かりました」
 仁王立ちになった姫君にもう一度頭を下げると、ティムに向き直り頭を下げる。
「ティム、済まなかった」
「い、いえ、だ、大丈夫です」
 大丈夫という割にはまだ体がフラフラしている。しかも尊敬する竜騎士の1人であるアスターに頭を下げられるので、答えがしどろもどろになる。
「コリン、アスターは怒っている訳ではない。もうやめなさい」
 そこへエドワルドが姿を現す。その後ろには何かを抱えた黒髪の女性の姿もあった。その姿を認め、アスターはホッと息を吐く。
「……そうなの?」
 コリンシアがティムを振り仰ぐと、彼は苦笑してうなずいた。自分の早とちりだった事に気付き、コリンシアはアスターに謝ろうと向き直って固まる。
「アスター、目、どうしたの?」
 その時、ようやく彼が眼帯をしている事に気付いた。心配げに眼帯に覆われた顔に触れる。
「不調法で無くしてしまいました」
「痛いの?」
「もう痛くは有りませんよ」
 姫君の優しい心遣いにアスターは感謝し、そして驚きのあまりティムを手荒に扱ったのは確かなので、謝罪は無用だと付け加えた。


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