群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

172 急転する事態3

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 引っ越しの準備を進めていたので、出立の準備はすぐに整った。ルイスは後の叱責覚悟で同行を申し出たブレシッドの竜騎士の内、特に腕の立つ6人を選び出した。但し、うっかりと口を滑らし、オリガにラグラスの要求を教えてしまった竜騎士は腕が立っていても留守を命じられた。ルイスからミハイルにフレアをタランテラに連れて行った経緯を報告する役割を宛がわれ、彼はしょんぼりとその命に従った。
 ダニーの命令で聖域の竜騎士も2名付き、そしてオリガとティム、更には自分の赤子を親戚に預けた乳母役の女性も同行する事となった。子連れの移動に慣れているパラクインスにエルヴィンを乗せる籠をくくり付け、操竜技術を多少なりとも学んでいたフレアが操り、コリンシアが同乗する。もちろん、ルイスや他の竜騎士が彼女を補助する。
 ペドロもマルトも最後まで引き留めようとしたが、バトスは言葉少ないながらも静かに送り出してくれた。村の人々も賛否両論のようで、急な出立に戸惑いを隠せない様だが、フレアが自分から強く望んだことなので強く引き止める者はいなかった。
「ごめんなさい、おじい様」
 フレアは最後にそう謝ってからパラクインスを飛び立たせた。頭のいい彼女は赤子が揺さぶられないように慎重に飛び立ち、総勢10騎の飛竜は北を目指した。
 幸いにもエルヴィンは飛竜での旅にもすぐ順応したらしく、道中の大半は心地よい揺れに指をしゃぶりながら眠っていた。それでもルイスは慎重を期し、特に子供達に配慮して徐々に高度を下げながら聖域を出るのに4日かけた。更にフォルビア南部に到着するまでに2日、そこから村や町を避けて飛び、7日目の夕刻に目的の館の跡に着いた。
 1年前の逃避行では聖域に着くまでに1月以上かかった。それなのにあの苦労は何だったのかと思いたくなるほどあっけなく故国に帰りつき、オリガもティムも何とも言えない表情を浮かべた。
 だが、そのもやもやとした気持ちは館の無残な姿を見て消し飛んでしまった。
「おうちが壊れてる……」
 館は火事で焼失したと聞いていた。だが、それでも館が瓦礫となり、美しく手入れされていた庭が荒れ放題になっているのを見るのは辛かった。近寄ることも出来ず、4人は呆然として敷地の外れから眺めていた。
「そろそろ日が落ちる。天幕に入った方が良い」
 タランテラに着いた報告の手紙をアレスに送ったルイスが彼女達に声をかける。ここに着くまで毎日、2人の竜騎士が先行して野営地を確保し、フレア達が着くまでに天幕を張り、夕食の支度までしてくれていた。
 今日も既に準備が整っているのだが、彼女達は変わり果てた館の光景にそれどころではない。
「ほら、ちびすけが泣いてる。フレア、彼女1人では気の毒だ」
 ルイスに声を掛けられ、ようやくフレアの耳にもエルヴィンの泣き声が届く。移動の間は寝ていても、赤子の体には負担がかかっていたのだろう。ぐずりだすとなかなか眠ってくれないのだ。
 フレアはコリンシアを促してようやく天幕の中に入った。起きてしまった事は今更代えられない。オリガもティムも諦めたように後に続く。



「代わりましょう」
おしめも取り換え、お腹も膨れたはずである。それでもエルヴィンはぐずって寝てくれない。女性陣が交互に抱いてあやし続け、ようやく寝たと思ってゆり籠に寝せるとまたぐずりだすのだ。
「眠れない……」
 コリンシアも一日飛竜の背に乗って疲れているのだ。眠りたいのだがエルヴィンが泣いていると彼女も気になって眠れなくなっている。
「少しお散歩に行きましょうか」
 フレアは諦めたようにエルヴィンを抱き上げ、女性陣の為だけに建てられた天幕を出る。
「フレア、どこへ?」
「このままだとコリンも眠れないでしょう? ちょっと歩いて来るわ」
 ルイスが慌てたように呼び止める。まだ安全が確認されていないところでフレアを一人きりにする訳にはいかない。散歩に行くのなら自分がついていきたいが、もうじき、アレスがこの場にやって来る。勝手な事をした自分の事を彼は相当怒っているはずで、責任をとると言った以上、その怒りを一身に受けるつもりでいるのにその場に自分がいないのはさすがにまずい。
「僕がお供します」
 そのやり取りを見ていたティムが名乗りでる。冬の間、時にはルイス自ら鍛えた甲斐もあり、その武技は目覚ましい上達を見せている。近隣の地理にも明るいし、任せても大丈夫だとは思うが、彼1人では心もとない
「あと2人つれていくならいい。それから、あまり遠くへは行くな」
「ありがとう」
 フレアはぐずるエルヴィンを宥めながら夜道を歩きだす。ティムが彼女を先導して足元に注意を払い、その後からルイスの部下がついていく。
 そして……それから半時ほどして超不機嫌なアレスが野営地に到着した。イルシオンから降りるなり彼は出迎えたルイスの頬に拳を叩き込み、更にフレアを散歩に行かせたと聞き、もう一撃を加える。
「顔の形変わったらどうするんだ」
「まだ足りないか?」
 続けて不毛な言い争いが始まったが、慌てた様子のティムが戻ってきてそれは中断される事となった。



 ラグラスが占拠していた砦で暴動が起きたと聞き、マーデ村にいたルークはすぐにエアリアルの背に飛び乗った。その後にジグムント率いる傭兵団も続く。砦に着き、状況を確認すると、ラグラスは僅かな手勢を連れて逃げだした後だった。ルークはラウルにヒースへの報告を任せると、火の手が上がった砦へ真っ先に突入していった。
 暴動を起こした方かそれに抵抗した方か、興奮した兵士が何人も武器を振りかざして彼等に襲い掛かってくる。それでも根っからの竜騎士であるルークは、無暗に相手を傷つけたくないばかりに訓練用の長い棒で応戦した。向かってくる相手をその棒で昏倒させていったのだが、途中で棒は折れて使い物にならなくなっていた。そして砦の最奥で無駄なあがきをする相手を取り押さえる時に、無茶苦茶に振り回していた相手の刃物で右腕を負傷していた。
「ルーク卿、砦の制圧が完了しました」
 捕縛した敵兵が連れ出され、ルークが自分で応急処置をしている所へシュテファンが報告に来る。飛竜達の助けもあって火災もすぐに鎮火し、砦の他の棟も傭兵達の見事な働きでほぼ同時に制圧が完了していた。
「負傷者は?」
「当方の負傷者は一名です」
 シュテファンがルークを指さす。無茶をする上官への皮肉だったのだが、どうやらそれには気付いておらず、ルークは一つうなずくとヒースへの報告を彼に任せた。シュテファンは諦めたように肩をすくめてその命令に従う。
「ルーク卿、もうすぐ殿下が到着されるのだろう? ここは任せてくれて構わないから、一度戻られたらどうか?」
 ジグムントが砦の後始末を申し出る。ルーク等フォルビア騎士団の仕事はここを制圧しただけでは終わらないのだ。肝心なラグラスに逃げられているので、その行方も追わなければならないし、今夜着く予定のエドワルドが到着すれば、その護衛もしなければならない。
 逃げたラグラスが引き返してくるかどうかは微妙だが、それでも幾分かの兵力は残しておく必要があり、後始末も含めてそれを傭兵団が引き受けてくれるのは非常にありがたかった。
「分かりました、それではお願いします。私はマーデ村に寄ってから城に戻ります」
 さすがに血で汚れた衣服のまま城に戻るのはまずいと思い、ルークはマーデ村で着替えてから城に戻ろうと考えた。だが、この時すでにヒースの命令で村には陣が敷かれ、ベルクの部下との面談を終えたヒースが村に向かっていた。そして2人が村に着くのはほぼ同時だった。
「お前、その腕どうした?」
 案の定、ヒースにその怪我を気付かれて咎められ、嘘がつけないルークは淡々と事実を正直に報告した。
「もう少し自分を大事にしろ」
 ヒースは己の補佐官に拳骨を一つ入れると、治療が済んだら陣で待機するように命じた。特にこういった非常時には何かしておきたい彼にはこれが一番きつい罰のようで、ルークは顔をひきつらせていた。



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