群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

165 策謀の果て1

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 腕の立つ10名の護衛に守られるようにしてオットーは馬の背に揺られて山道を登っていた。目指しているのは彼の上司であるベルクが婚約者と呼んではばからない女性が療養している聖域内の村だった。彼は大母補に懐かれて身動きの取れない上司に代わってその女性を迎えに行く途中だった。
「まだ着かないのか?」
「もう少しでございます」
 ベルクと離れて既に10日。聖域の山道に入って3日経っている。案内役はもうすぐだと言うが、なかなかたどり着けない現状と、なれない移動による疲れに彼は苛立っていた。
 今は既に更地と化しているあの集落では『名もなき魔薬』の原料となる薬草を10年近く前から栽培させていた。今回、ワールウェイド領の施設が完成したら人員と共に順次移転していく予定となっていたのだが、運の悪いことに盗賊共に襲われてしまった。保存してあった種は無事だったが、施設は壊滅状態。予定より早いが集落を遺棄することとなったのだ。だが、新たな薬草園もまだ完全ではなく、つなぎとして白羽の矢を立てたのがフォルビア正神殿だった。
 オットーはベルクから一任されて集落に向かったのだが、そこで偶然その集落へ慰問に訪れていた彼女を保護した。思わぬ手柄に舞い上がりそうになったが、報告は一先ずタランテラに着いてからと自戒した。無事に回収したあの薬草の種と共に、薬で眠らせた彼女をタランテラへ連れ去ったのだが、休憩に立ち寄ったリラ湖畔で妖魔に遭遇し、竜騎士共々彼女を見捨てて逃げ去ってしまった。
 自分の独断が原因で彼女を死なせたと上司に知られればただでは済まない。彼は慌てたが、まだベルクに伝えていなかった事が幸いした。更に彼にとって幸運だったのは、その件に関わった竜騎士達はあの薬の中毒によって随分と思考能力が低下しており、元々ベルクの命令で闇に葬るよう命じられていた事だった。依頼の報酬として特別な薬だと言って手渡したのは毒物だった。討伐前に服用するのが効果的だと伝え、それを信じた彼等は討伐中に体がマヒして妖魔に倒され、口封じが完了した。
「まさか生きていたとは……」
 見捨てた時点でもう生存は不可能だと思っていた。だが、それを生き延び、エドワルドの元に保護されていたのは、彼にとって計算外の事だった。記憶を失っていたのは幸いだったが、こうして聖域に戻って来たと言う事は記憶が戻りつつあるのかもしれない。
 あの一件とベルクを結びつけることは無いだろうが、彼女が行方不明になった経緯をベルクに知られるのだけは避けたかった。どの程度記憶が戻っているかを探る為に、身動きが取れないベルクの代わりに彼女を迎えに行くと自ら名乗りを上げたのだ。
「この先です」
 案内役が指差す道の先を見ると、村の門が僅かに見える。ようやく見えた目的地に一行の足取りも軽くなり、馬を操る速度も自然と上がる。
 ほどなくして頑丈な門の前に着く。話に聞いていた盗賊の仲間らしい屈強な男が2人、門を守っており、案内役の男が彼等と小声で何か会話を交わす。いかつい男達に怪訝けげんそうに睨まれるが、男は馬上で虚勢を張って待っていた。
「ベルクの側近っていうのはあんたか?」
 上司を呼び捨てにされ、思わずムッとする。護衛の男達も同様で腰間の長剣に手をかける者もいたが、オットーは片手でそれを制する。
「言葉遣いに気を付けよ。あの方はもうじき賢者となられる。不敬に値するぞ」
 相手が普通の人間であればこの脅しは有効なのだが、門番の男達は気にした様子も無い。苛立ち、声を荒げようとしたところで門が開き、学のない盗賊相手では仕方ないと思い直して馬を進める。
 粗末な小屋に囲まれた、ただ地面を均してあるだけの広場に全員が着くと、門は再び閉められる。おそらく聖域の竜騎士達を警戒しているのだろう。
「こんな所におられるのか?」
 こんな粗末な小屋に居たら治るものも治らないだろう。なかなか彼女の体調が良くならない理由はなんとなく理解できた。一刻も早く連れ帰り、上司を安堵させてやりたいが、何よりも自分が疲れているので先ずは一息入れたかった。
 先に馬から降りた護衛の手を借りて、オットーも馬の背から降りる。なかなか長時間馬の背に乗る事のない彼は、同じ姿勢でいたので体が強張ってしまっている。少し体を解し、一番大きな建物へ歩いていこうとすると、突然、その場にいた馬が皆、広場から走り去っていく。
「な……何だ?」
 そこへ大きな影が広場を横切る。振り仰げば何頭もの飛竜が空を舞っており、そののうちの3頭が広場に着地した。護衛達に促され、建物へ避難しようとするが、その行く手は旋回する飛竜から飛び降りた竜騎士に阻まれる。
「貴様ら、一隊何のつもりだ?」
「聞くまでも無いだろう?」
 行く手を阻む竜騎士の1人が意地悪く答える。そして彼が合図をすると、あっという間に護衛達は倒され、抵抗する間も無くオットーは拘束されていた。
「りゅ……竜騎士風情が……こ……こんな事をしてただで済むと思うな」
「へぇ……強気だね。準賢者殿の側近はそんなに偉いのか?」
 後ろ手に縛りあげられた男は竜騎士達の指揮官らしい男の前に連れ出された。こんな状態でも虚勢を張ってみせるのだが、いかんせん声が震えている。そんなオットーをからかいながら、竜騎士は被っていた騎竜帽を脱ぐ。見事な金髪が棚引き、その風貌が露わになると、彼は声を無くして固まった。
 直接会った事は無かったが、その顔は良く知る人物によく似ていた。上司が目の敵とするプルメリア王国連合の首座、ミハイルの若い頃を髣髴ほうふつとさせるその風貌に心当たりがあるのはただ1人だった。
「な、なぜ、ここに紅蓮の公子が……」
「へぇ……俺も案外有名人だな」
 ニヤリと笑い、若い竜騎士……ルイスはそれを肯定した。捕えられた男は彼を見上げ、更には周囲を固める男達の中に案内役の男と門番を見つけ、ようやく自分がおとしいれられた事に気付いた。
「さーて、詳しく話を聞かせてもらおうか」
「わ、私は何も知らない……」
「そう言う奴に限って隠し事が多いんだよな」
 ルイスはニヤリと笑うと、男が向かっていた大きな小屋に連れて行く様部下に命じた。


 結局……オットーは最初に軽く小突かれただけでペラペラとしゃべり始めた。聞いているうちにちょっとだけイラッとしたルイスが蹴りを入れると、力加減を間違えたらしくそのまま失神してしまい、尋問の続きは翌日となったのだった。
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