群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

147 彼等の絆4

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「失礼します! ただ今、巣を発見したと知らせがありました!」
 若い竜騎士が息せき切ってブロワディの執務室に飛び込んでくる。彼の大声が頭痛に響き、アスターは思わず頭を押さえていた。
「第4、第5大隊も向かわせろ。近隣にも援軍を要請するように」
「はっ」
 ブロワディの命令に若い竜騎士は敬礼して応える。続けて外からは巣を発見した事を知らせる太鼓が断続的にならされていた。
「くっ……」
「アスター?」
 アスターは頭を抱えてその場に膝をついていた。エドワルドもブロワディも慌てて声をかける。
「……すみません、大丈夫です。巣の掃討に行って参ります」
「待て!」
 太鼓が鳴りやむと、アスターはようやく立ち上がる。2人に頭を下げて再度出撃しようとするのだが、それをエドワルドが止める。
「指揮は私がとる。軍装をすぐに用意しろ」
 突然の事に知らせに来た若い竜騎士はおろおろと戸口に立ったままだった。その彼にエドワルドは鋭く命じると、他に侍官を呼び出す。
「私が行きますから」
 アスターはまだ本調子ではないエドワルドを行かせまいとするが、エドワルドは問答無用とばかりに彼の鳩尾に拳を叩き込んで気絶させる。
「部屋に連れて行け。あと、医者を呼べ」
 くずおれる体を片腕で受け止め、呼んだ侍官にアスターの身柄を預ける。きっと、彼の部屋にはマリーリアがいるだろうから、後の介抱は彼女に任せておけば問題ないだろう。
 入れ違いにエドワルドの軍装が届けられ、彼は手早くそれらを身に付けていく。新たにあつらえたそれを身に付けていくだけで気分が引き締まる。
「本当に出られるのですか? 私が行きますが……」
「腰を痛めているのだろう?」
 前日の討伐でブロワディは腰を痛めていた。それを指摘され、彼も黙り込むしかない。
「戦闘には加わらない。指揮を執るだけだ。私が出れば、近隣の領主も援軍を出すだろう」
「それはそうですが……」
 ブロワディは反論が出来ずに口籠る。
「後を頼む」
 支度が整ったエドワルドは長衣をひるがえして執務室を後にする。ブロワディはただ、その後ろ姿を見送るしかできなかった。



 着場に現れたエドワルドの姿を見て、出撃準備を整えた竜騎士達に緊張が走る。エドワルドが指揮を執ると、最初に聞いた時には誰もが耳を疑った。だが、装具を整えたグランシアードが着場に出て来ると、半信半疑ながらもそれを信じはじめた。そして、群青の最も高貴な意匠を施された長衣をまとったエドワルドが姿を現すと、その壮麗な姿に彼等は思わず息を飲む。
「全軍、準備整ってございます」
「飛行速度に優れた小隊は先行させております」
 第4、第5の大隊長がエドワルドに敬礼して報告すると、エドワルドはうなずき、身軽にグランシアードの背に跨った。全員、既に騎乗しており、エドワルドの命令で順次飛び立っていく。
「頼むぞ、グランシアード」
 久しぶりの討伐。しかも巣の掃討である。昨年の失敗が脳裏を過るが、エドワルドは気分を引き締めるとグランシアードを飛び立たせた。




 マリーリアはバセットを訪ねていた。エドワルドの主治医を務め、その甲斐あって通常の生活を送れるまでに回復したが、冬が来てしまい彼はロベリアに戻り損ねてしまった。そこで今は本宮西棟で第1騎士団の軍医を手伝っていたのだ。マリーリアはそんな彼にアスターの体調を心配して相談しに来ていたのだ。
「少し効き目が弱い薬を頂いてからは、薬を飲む様になったのだけど……」
「ふむ、頭痛が起こる頻度が上がっておるのじゃな?」
「そうです」
 出されたお茶の器を両手で包む様に持ち、マリーリアはため息をついた。バセットは調合途中の薬を作ってしまうと、後片付けを若い医師に任せて彼女の向かいに座った。
「疲れが十分にとれておらんのじゃろう。討伐に出る頻度を抑えておるとはいえ、あれの仕事はそれだけではあるまい? 強い薬ならば半ば強制的に体を休ませられるが、それを厭うて弱い薬でごまかしておるから完全に疲れが取れぬ。立場上仕方がないのかもしれぬが、体の事を思うとやはり従来の薬を使って無理にでも休ませた方が良いな」
「根本的に治す事は出来ないのですか?」
「難しい所じゃのう。先日薬を渡す折に改めて診察をしたが、表面上は何の異常も見られぬ。やはり内部が傷つくか悪い物が溜まっているのやもしれぬ。手術によって改善されるかもしれんが、頭の中では詳しい状況を見えぬゆえ、無暗に受けてはかえって彼の命を縮める結果となる恐れがある」
「そんな……」
 タランテラでも有数の名医の診断結果にマリーリアはショックを受ける。
「こんな状況じゃが、今はともかく体への負担を極力減らすのが一番じゃ。当人は嫌がるだろうが、殿下にご相談してはどうかね?」
「でも、兄上は……」
「確かにまだ戦闘は無理じゃろうが、突出したがる小隊長を抑えるのは問題なかろう。あれからは絶対に言わんじゃろうから、そなたから言ってみると良い。説得は殿下自身がしてくれよう」
「……そうですね」
 バセットの提案にマリーリアは力なく頷いた。

 ドドドドドーン!

 激しく打ちならされる太鼓の音にマリーリアは顔を上げる。ファルクレインが討伐から戻ってきたのはカーマイン経由で知っていたが、巣が見つかったとなると、再び彼が指揮官として赴くことになる。だが、困った事にまたあの頭痛が起きているらしい。
「私、行かなきゃ。あの人、また無理してしまうわ」
「ワシも行こう」
 マリーリアが焦った様子で席を立つと、それとなく察したバセットが同行を申し出てくれる。彼が一緒ならば、少しは話を聞いてくれるかもしれない。逸る気持ちでバセットの部屋を出ると、ちょうど若い竜騎士がやってきた。
「アスター卿がご不調で、医師を呼べとのエドワルド殿下からのご命令です」
「アスターが?」
「巣の討伐は殿下が指揮されると……」
 マリーリアは最後まで話を聞かずに駆け出していた。走ってアスターの部屋に向かっていると、ちょうどブロワディの執務室からエドワルドが出てきた。最高司令官に相応しい軍装を纏った姿は神々しさすら感じる。
「兄上……アスター、倒れたって……」
「アイツを介抱してやれ。それから、後で話を聞かせてもらうぞ」
「は、はい……」
 バセットの提案通り、アスターの了承を得られなくても全てを話すしかない。マリーリアは力なくうなずいた。
「アイツの側に居てやれ。行ってくる」
 エドワルドに促され、マリーリアは頭を下げるとアスターの執務室に入る。慣れた足取りで奥の仮眠室に入ると、寝台にアスターが横たえられ、ここへ彼を運び込んだらしい侍官が彼の衣服を緩めている。
「後は私がします」
 マリーリアはそう言って侍官を下がらせる。既に上着は脱がされていたので、ぴっちりとボタンをはめているシャツの襟元を緩め、ズボンのベルトを外す。苦しげな表情は相変わらずだが、幾分これで呼吸は楽になった筈だ。
 アスターに上掛けをかけると、今度は手早く丸薬と水を用意する。寝ている状態で薬を飲ませるのは難しいのだが、負傷した彼の看病をしているうちにコツは掴んでいた。だが、薬を飲まそうと寝台に近寄ったところでアスターの意識が戻る。
「……殿下は?」
「先程、竜騎士を率いて出られました」
「行かないと……」
 体を起こそうとするが、とたんに頭痛が彼を襲い、寝台に倒れ込む。
「今日はもうゆっくり休んで。バセット先生も今はそれしか方法が無いって言ってたわ」
「だが……」
「お願い、もう今日は休んで。兄上も貴方の体調が普通では無いのは気づいておられるわ」
「……」
 アスターは観念したように深く息を吐くと、マリーリアから丸薬を受け取って飲み、寝台に体を横たえる。
「側にいるから……」
 マリーリアの呟きを耳にし、それに何か応えようとしたが、くたびれきった体にたちまち薬は効いたらしく、彼はそのまま深い眠りについた。


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